選択肢は与えよう
「確かこの辺に……」
昨日の店があったと記憶している。
オレが少し周囲を伺っていると……。
「おう、昨日の料理が趣味の兄ちゃんじゃねえか」
幸いにして、向こうから声をかけてきた。
「あ……。やっぱりこの辺で間違いなかったか」
「昨日連れていた姉ちゃんも別嬪さんだったが、今日、連れてる姉ちゃんもなかなか可愛いな」
その言葉に引っかかりを覚える。
男が別の女を連れていても、それを比較するかのように口にするのは店員としてはどうなのか。
そして、今日連れている女の方が本命であれば、今の言葉が原因で振られることもあるのだ。
まあ、昨日、真央さん自身が、「雇い主」と言ってくれたから、少なくともどちらかが仕事だと思って普通に声をかけてくれているのだと思うが。
いや、そんなことはどうでもいい。
オレが気になったのは、小柄な栞も「嬢ちゃん」ではなく、「姉ちゃん」扱いをされるようになったところだった。
さらに、オレ以外の異性が見ても「可愛い」に属すると判断された点も気になる。
多少、社交辞令があるとはいえ、見る目のある店員……、違う! 栞の年代を看破していることに驚きだ。
「逆ですよ。オレの方が、連れられています」
「へ~……ってことは、今日の雇い主はその姉ちゃんかい?」
どちらも仕事と判断されたらしい。
まあ、間違ってねえけど。
「そうですね。スープを二つお願いします」
「今日は二種類あるが、どうする?」
「二種類?」
昨日は一種類だったはずだ。
でも、その一種類が美味かったから栞にも食わせたかったのだが……。
「昨日の兄ちゃんからの言葉で、いつものスープに『寒冷芋』を加えてみたんだよ。そしたら、いつもと違った味になったじゃねえか。これは味を調えて売る必要があると思ってな」
素人の言葉を鵜呑みにするなよ。
いろいろ危険だぞ?
オレが嘘を吐いて、とんでもない料理になったらどうするんだ?
だが、オレは嘘を言っていない。
店員にとってはプラスとなったのだろう。
だから、立ち止まってこの店を探していたオレに声をかけてくれたのかもしれん。
そして、改良できる点は素直に凄えと思う。
オレが言ったのは夕方だった。
それからそんなに時間は経っていないというのに。
「昨日の今日ですぐに売り物レベルに完成させるのは凄いですね。それでは、二種類を一つずつと、昨日と同じスープを一つ」
「あいよ」
そう言いながら、陶器製の器に入ったスープを3つ差し出された。
流石に売り物になっているとは言え、まだ試行錯誤をしていると思われる料理を栞に食わせるわけにはいかない。
「こっちは熱いから気をつけろよ」
そう言いながら、持ち手部分を持たせる。
栞は嬉しそうに受け取って口を付けると……。
「熱っ!!」
「ばっ!?」
栞は、器こそ落とさなかったが、そんな珍しい反応をされたので、少し焦ってしまった。
「先にオレ、『熱い』って言ったよな?」
今の反応は口内を火傷したか?
「言われたけど、九十九は本体部分を平気な顔して持っていたから、大丈夫かと思ったんだよ」
「熱い物を渡す時に、オレがハンドル部分を握ってどうするんだよ? それに、オレは熱耐性もあるんだ」
「わたしもあるはずなんだけどな~」
確かに栞は熱耐性……というより火属性魔法耐性がどこかの王女殿下のおかげで、かなり強い。
だが……。
「口の中まで熱耐性が働くわけねえだろ。舌を見せろ」
オレがそう言うと、栞は目を潤ませながら可愛らしい舌を出した。
「……っ!!」
やべぇ、本命の破壊力、マジで凄え。
違う!!
栞の舌は少しだけ赤くなっているが、水膨れとかはなかった。
火傷としては軽傷だ。
だから見ながら、少しだけ冷気を送って冷やしながら……。
「治癒魔法は頬からするぞ」
素直に治癒魔法を使うことにした。
舌の火傷は放置しがちだが、実は、あまり良くないことなのだ。
「お願いします」
そう言って、栞は舌を出したまま、その両目を閉じる。
往来でなければ、思わずその桜色の唇と赤い舌ごと食いつきたくなるような仕草に生唾を呑み込みかけ……、我慢する。
いつも思うけど、なんで、この女はここまでオレを信用するんだ?
ここまで下心がある護衛ってどう考えても危険だよな?
「へ~、兄ちゃん、治癒魔法の使い手か。珍しいな」
「よく言われます」
治癒魔法には適性が存在する。
幼い頃から使っていたオレにはよく分からないけれど、治癒魔法は契約するだけではうまく使えないのは、魔法を使う人間たちにとっては常識的な話なのだ。
治癒魔法が使える人間は、国やその土地を管理する人間に認められれば、治療院などの病院に似た施設を作ることが許されるらしい。
だが、聖堂にも法力によって治癒術を使える正神官がいたりするから、施設を作る時は、棲み分けのための話し合いは必須になるそうだ。
「しかし、なかなか役得だな」
「……そうですね」
店員、あまり覗き込むな。
この顔を見ても良いのは、オレだけだ!!
「しかも昨日より食いやすそうだ」
食いやすそうって……、他に表現はなかったのか?
そして、昨日より……、というのは真央さんのことだろう。
あの人は栞のように無防備ではないからな。
こんな隙は見せないし、見せたとしたら、罠を疑うしかない。
「だから、大変なんですよ」
ここまで無防備だと、自分の理性を試されるというのもあるが、周囲の男たちに対してもより、警戒しなければならなくなる。
まあ、意外と栞は知らない男たちに対する警戒心は強いのだが、一度、心を許すと無防備になるので、知らない男たちよりも、知っている男たちに警戒しなければならないのが頭の痛いところだと最近思うようになった。
「大変? ああ、なるほど。確かに大変そうだな」
なんとなく、同情された気がする。
男として理解されてしまったか?
「店先であまりいちゃつくなよ。営業妨害になるぞ」
「不可抗力なので、見逃してください」
この状態はオレの苦行の時間であって、決して、いちゃついている時間ではない。
役得であることは認めるが、相手からは何とも思われていないのだ。
男として、こんな哀しい話もないだろう。
「治ったぞ」
「ありがとう」
少し冷めてしまったが、栞は再びスープを口に付ける。
「まだ熱いけど、美味しい」
「それは良かった」
栞が美味しそうにスープを飲む姿を見るだけで頬が緩みそうになってしまう。
だが、それは護衛や従者として褒められた表情ではないので、必死に我慢する。
「昨日の姉ちゃんも美味そうに飲んでくれたが、今日の姉ちゃんも丁寧に味わって飲んでくれるな~」
「美味しいですから」
無防備にそう答える栞。
店員といえど、相手は男だ。
できれば、そんな顔は見せて欲しくない。
「姉ちゃん、実はかなり良い所のお嬢だろう? おっさんとはいえ、知らない男にそんな可愛い顔を向けちゃ駄目だぜ」
さらに初めて会ったばかりの店員から言われる始末。
それだけ、栞が無防備すぎて心配になるほどなのだろう。
「可愛いかは分かりませんが、知らない殿方に笑いかけるのはいけないことですか?」
栞はきょとんとした顔をする。
その顔が悪いと言っているんだ。
気付け!
理解しろ!!
「さては、姉ちゃん。この大陸の人間ですらないな」
さらに続けてそう言われた。
今の言葉だけで何故、そこまで分かる?
「この大陸では、黒い髪、黒く大きな瞳、小柄で胸のある女が好まれるんだ。姉ちゃんはちょっと胸が足りないが、それを気にしなければ、割と人気のあるタイプだな」
「……微妙に嬉しくない」
はっきりと胸が足りないって言われているからな。
まあ、オレはそれぐらいあれば十分だと思うけど。
「護衛の兄ちゃんも、この危なっかしい姉ちゃんが、悪い男どもに攫われないようにしっかりと見張っとけよ」
「はい。いろいろありがとうございます」
「ごちそうさまでした」
そう言って、オレたちは一礼して、店を後にしたのだった。
「つまり、わたしはこの大陸ではモテる方?」
少し歩いたところで、栞がポツリと呟いた。
「さっきの店員の話を鵜呑みにすればそうなるな」
「黒髪はともかく、小柄は……、水尾先輩も真央先輩も該当しないよね?」
「それでも、あの店員は真央さんのことを『綺麗』と認識しているから、危険がないわけではないな」
だが、明らかに危険なのは、この主人だと言うことに間違いもない。
「手でも繋いでおくか?」
「へ?」
「万一のためだ。流石にいきなり他人に対して移動魔法をやるバカがいるとは思えんが、オレが握っていれば、知らない所に移動させられても、まあ、なんとかなるだろう」
そして、男除けにもなる。
勿論、多少の下心はあるが、大義名分があるので問題はない。
「それとも、腕組むか? それなら危険はもっと減ると思うが……」
「……ほげ?」
いつものように叫ばなかったが、その顔は明らかに赤い。
これは男慣れをしていないせいだと思う。
多分、兄貴からの申し出でも同じ反応をされる気がした。
「好きな方を選べ」
だから、せめて選択肢を与えてやる。
オレにとってはどちらを選ばれても、損のない選択肢を。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




