この時間だけは本物
相手にそんな意識は全くない。
だが、通信で約束を取り付け、相手の寝起きしている空間に迎えに行った上で出かけるのは、間違いなく、世間ではこう呼ばれるだろう。
デートというやつだと。
疑似恋愛でも良いんだよ。
それでも、その時間だけは本物なんだから。
オレはそう思って、栞が起きて行動するのを待つ。
時間にして半刻あれば、栞は出かける準備を整えられる。
化粧とかをしないから、最低限で済むのは待つ側にとっては有難い。
まあ、栞はあまり化粧をしなくてもその肌は綺麗だし、もともとが可愛いからできることだとは思っている。
世の女性たちを敵に回す気がするから、これ以上、余計なことは考えまい。
「どこに行くの?」
「とりあえずは露店区画だな。そこで、メシを買う」
「ほほう」
オレはこの町の商業区画にある食堂には詳しくない。
この町に来ること自体、初めてなのだから仕方ないだろう。
だから、露店の方が外すことはないと思う。
計画性がないように見えるのはちょっと残念だが、そこは諦めることにした。
兄貴のように女と出かけるための綿密な計画を、何種類も立てられるほど、オレは出来の良い男ではないのだ。
「お前はどこか行きたいところがあるか?」
メシを食った後は、栞自身もいろいろ回りたいだろう。
古書店は昨日行ったようだから、普通の書店でも良い。
ああ、絵を描くための画材を見に行きたいかもしれんな。
「そうだね~。広場かな」
「広場?」
だが、ちょっと意外な場所を選択された。
「宿泊施設の窓から見た広場が、ちょっと楽しそうだったんだよね。歌ってるっぽい人とか、絵を描いている人とか、踊っている人もいて、見ているだけでも面白そうだったからそこに行きたいかな。楽器を弾いたり吹いたりしている人もいたっぽいよ」
ああ、そう言えば、あの広場を見た時、栞は好きそうな光景だと思ったな。
そして、宿泊施設の窓からもその様子を確認していた、と。
やはり、あんな空間が好きなのか。
「商業区画は良いのか?」
商業区画にある店の方が間違いなくプロが作った物が多い。
露店は行商人が主なので、たまに素人作品も売られているのだ。
だが、たまに素人作品と馬鹿にできないような掘り出し物もあったりするので、それはそれで見応えはある。
「ん~? 買い物なら、商業区画にあるお店より、露店でいろいろ見たいかな」
「まあ、オレも露店でいろいろ見たいから、それで良いけど」
寧ろ、自分の行きたいところを回れそうだから好都合だ。
栞の願いを優先したいが、オレにも望みはあるのだからな。
「いろいろ?」
「例の魔石売りを探したいのと、それ以外の掘り出し物探しだな」
流石に昨日ほどの掘り出し物に巡り合えることはないだろう。
それでも、栞と一緒に歩けることが大事なのだ。
昨日は全くできなかった。
だから、まあ、栞が兄貴から通信珠を渡されたのを良いことに、夜に通信してみるということもしたのだが。
本当は、朝にするつもりだった。
だが、事前に約束した方が、心も踊るというものである。
「でも、本当に相手が占術師なら会えないと思うよ」
栞が困った顔をした。
「それは分かっているけど、兄貴がな」
「ああ」
「質の良い魔石を探して来いって……」
「そっちなの!?」
寧ろ、そっち以外はないだろう。
そして、自分でもいろいろ探しているはずだ。
「兄貴も占術師の方は探しても無駄だって分かってる。でも、魔石はもう少し買っておくべきだったと言われたんだ」
「でも、そんなに質の良い魔石ってゴロゴロはしてないよね?」
「そうなんだよな」
思わず、溜息を吐く。
昨日の占術師が持っている質と量が異常だったのだ。
普通の露店の魔石、天然石売り屋にあんな高品質のものは転がっていない。
「まずは、腹ごしらえするか。あまり、オレから離れるなよ」
朝も早い時間帯だというのに、思ったより人の行き来がある。
「巡回隊はまだ多い?」
「いや、まだ朝も早いせいか。……見ないな」
昨日とは打って変わって、静かなものだ。
逆に不安になるぐらい、巡回隊の姿はなかった。
だが、昨日の午後から一気に動員しすぎていたとすれば、無計画にも程があるだろう。
「私服警官みたいな人たちもいるのかな?」
「……漫画の読み過ぎだ」
思わずそう言っていた。
この女の思考はどうして、漫画が参考資料なんだろうな?
そして、時々、それが役に立ってしまうから複雑な気持ちになってしまうのだが。
確かに必ず巡回隊が制服を着ているとは限らない。
国の法律でそう定めているわけではなく、揃いの制服は、関係のない人間たちを安心させるために作られているだけだ。
そして、法を犯そうとする人間たちへの警告、威圧にもなる。
だが、警戒態勢をとる相手がはっきりしていて、その目的次第では、私服で行動していてもおかしくはないかもしれない。
一応、頭に入れておくか。
「何を食いたい?」
「朝だから、ガッツリしたものは無理。できれば、野菜中心で」
こんな時、栞はあまり「何でも良い」とは言わない。
オレや兄貴の判断に「任せる」ということはあるが、基本的には自分である程度の方向性を固めてくれるから、本当に助かる。
「朝だから、ガッツリしたものを食いたくはならないのか?」
「そこまでエネルギッシュな生活はしてないな~」
栞の魔力を考えれば、もっと食ってもおかしくはないと思う。
実際、水尾さんも真央さんも朝からよく食うのだ。
これは魔法を使うとかは関係なく、体内を巡る魔力の循環や、常に自分の周囲に放出されている「防護膜」にもよるだろう。
でも、野菜スープか。
それなら、丁度良い店があるな。
「野菜中心なら、昨日食った野菜スープの店は良いかもな」
「ほ?」
「真央さんと一緒にいる時に見つけたんだよ。どことなく、人間界にあった『具だくさんのスープ』みたいで美味かったぞ」
「それって、昨日、九十九が夕食に作ってくれたスープ?」
それだけの話で、すぐに昨日、オレが作った料理に思い当ってくれたことは少し嬉しかった。
「いや、あれとは味が違う。でも、参考にはした」
あの露店の店員から直接、調理法を聞いたわけではない。
だが、店に並んでいた食材と調味料、そして、自分の感覚で作ったら、昨日、栞に食わせた料理になっただけだ。
どうしても、料理は好みが出るよな。
「じゃあ、そこが良い」
栞は嬉しそうにそう言ってくれたが……。
「ただ、露店だからな~」
そこだけが気になる点だった。
「契約期間、契約時間にもよるから、絶対に同じ場所で店を構えているとは限らん」
露店区画は店の場所を一時的に借り受けているだけだ。
だから、必ず昨日と同じ場所に同じ店があるとは限らない。
それでも大半は月単位契約だ。
そして、借りた以上は元を取るために、できるだけ長い時間、営業しようとする。
「そうだね~。でも、なければ他の店を探すだけの話だよ」
護衛を雇うような女主人の中には、無駄に歩かせることになれば、それを咎めるヤツもいるだろう。
それでも、栞は気にせず笑って承知してくれる。
そういった意味では、オレは少し、護衛として栞に甘え過ぎている部分はあるかもしれない。
それは少し、反省すべき点だ。
栞以外の人間に仕える気などないが、栞自身ではなくその伴侶となる男が、男の護衛を望まない可能性は高いと思っている。
誰だって、自分の妻となる女の横に、自分以外の男の気配がするのは嫌だろう。
その妻となる相手に対して、好意が全くなかったとしても、自分以外の男に表向き妻とされる女が孕ませられたら笑い話にもならないからな。
尤も、この世界には、胎児が胎にいる段階、下手すれば、もっと前の段階から、当事者以外の気配を感じることができる。
だから、見逃さない限りは、「不義の子」は生まれる前から分かってしまうと聞いている。
それが、王族と呼ばれるほど魔力が強ければさらに分かりやすい。
だが、自分の妻が望んだ、望まないに限らず、姦通行為があったことを表沙汰にしたくないのも高位の方々の考えにもなるのでなんとも言えない話だ。
その結果、セントポーリア国王陛下の直系ではないはずの男が王子殿下として存在しているってことだからな。
そして、その男が国王陛下の直系ではないと露見してしまえば、国王陛下の実子である栞の立場は、「聖女の卵」と呼ばれている今よりもっと面倒なことにも間違いないのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




