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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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朝食を買おう

 結局、あれこれと悩みに悩んでも自分が変わるわけではないし、選べる服が増えるわけでもなかった。


 結果、いつもと大差のない服装である。

 そして、九十九も当然、それを気にした様子もなかった。


 うん、期待はしてなかったから大丈夫。


「どこに行くの?」

「とりあえずは露店区画だな。そこで、メシを買う」

「ほほう」


 つまり、食べ歩きかな?

 動きやすいこの格好で良かったらしい。


「お前はどこか行きたいところがあるか?」

「そうだね~。広場かな」

「広場?」

「宿泊施設の窓から見た広場が、ちょっと楽しそうだったんだよね」


 読書の切れ間とかで顔を上げた時、ふと目に入ったのだ。


「歌ってるっぽい人とか、絵を描いている人とか、踊っている人もいて、見ているだけでも面白そうだったからそこに行きたいかな」


 この世界では娯楽が少ない。

 だから、特に歌に興味があった。


 わたしはこの世界で「聖歌」以外の歌をまともに聞いたことがないのだ。


 あの島で、正神官の娘さんに歌ってもらったけど、その歌はやっぱり、聖歌のアレンジだった。


 難しい言い回しや節を、誰もが分かりやすくしている所は凄いと思ったけどね。


 わたしができるのはせいぜい、人間界で聴いた歌の歌詞を変える、替え歌と呼ばれる歌ぐらいだろう。


「楽器を弾いたり吹いたりしている人もいたっぽいよ」


 遠目だったから自信はないけれど、あれで楽器の演奏ではなかったら、逆に見事な無言劇(パントマイム)ともいえるだろう。


「商業区画は良いのか?」

「ん~? 買い物なら、商業区画にあるお店より、露店でいろいろ見たいかな」


 商業区画にあるお店は一度入ったら、何か買わないと出にくくなる。


 その点、露店なら、ひょいっと覗いて、興味があるものがなければ、次の所へ行ける気楽さがあるのだ。


「まあ、オレも露店でいろいろ見たいから、それで良いけど」

「いろいろ?」

「例の魔石売りを探したいのと、それ以外の掘り出し物探しだな」


 例の魔石売り……とは、九十九と水尾先輩が出会ったという占術師のことだろう。


「でも、本当に相手が占術師なら会えないと思うよ」


 店ごと姿を消したなら、それは役目が終わったということだと思う。


「それは分かっているけど、兄貴がな」

「ああ」


 雄也さんから探してこいと言われたのだろう。


 でも、雄也さんにだって分かっているはずだ。

 占術師は、自分で「神言」を告げる相手を選ぶって。


 ジギタリスの占術師がそうだった。


 水尾先輩に告げた言葉は、楓夜兄ちゃんからの依頼だったが、わたしは占術師自身からのご指名だったのだ。


「質の良い魔石を探して来いって……」

「そっちなの!?」


 まさかの魔石目当てとな!?


 流石は雄也さん。

 いろいろ予想外過ぎる。


「兄貴も占術師の方は探しても無駄だって分かってる。でも、魔石はもう少し買っておくべきだったと言われたんだ」

「でも、そんなに質の良い魔石ってゴロゴロはしてないよね?」

「そうなんだよな」


 九十九は溜息を吐いた。


「まずは、腹ごしらえするか。あまり、オレから離れるなよ」

「巡回隊はまだ多い?」


 昨日、そんな話をしていた。


「いや、まだ朝も早いせいか。……見ないな」


 九十九は周囲を見回してそう結論付けた。


「私服警官みたいな人たちもいるのかな?」

「漫画の読み過ぎだ」


 ぬう。

 あっさり否定された。


 でも、巡回隊が警察みたいな役割をしているなら、制服でうろうろし続けるは九十九のように警戒する人だっている。


 それ自体が犯罪抑止の効果を持っているかもしれないけれど、悪いことをする人たちって、その裏をかくような気がするのだ。


「何を食いたい?」

「朝だから、ガッツリしたものは無理。できれば、野菜中心で」

「朝だから、ガッツリしたものを食いたくはならないのか?」

「そこまでエネルギッシュな生活はしてないな~」


 確かに朝食は一日の活力だとは思うけれど、エンジンのかかる前に消化しきれる自信はない。

 わたしとしては、九十九が迎えに来る前に起きていただけ凄いことなのだ。


 尤も、ちゃんと出かける時間を決めていなかったのだから、九十九も、わたしの気配で起きてからどれだけ時間が経っているのかを計りはしただろうけどね。


「野菜中心なら、昨日食った野菜スープの店は良いかもな」

「ほ?」


 昨日、食った野菜スープ?


「真央さんと一緒にいる時に見つけたんだよ。どことなく、人間界にあった『具だくさんのスープ(minestrone)』みたいで美味かったぞ」

「それって、昨日、九十九が夕食に作ってくれたスープ?」


 あれは確かにミネストローネスープによく似ていたと思う。

 そして、美味しかったし。


「いや、あれとは味が違う。でも、参考にはした」


 この世界の料理は何故か不思議な法則で変質してしまう。

 だから、お店の人が作ったものと九十九が作ったものが同じになる可能性の方が低い。


 同じ手順であっても変わるのは本当に不可思議だし、作る側に回った時は本当に困るのだ。


「じゃあ、そこが良い」


 九十九が参考にしたくなるなら、本当に美味しかったのだろう。


「ただ、露店だからな~。契約期間、契約時間にもよるから、絶対に同じ場所で店を構えているとは限らん」

「そうだね~。でも、なければ他の店を探すだけの話だよ」


 朝食前のお散歩も程よくお腹を空かせるのには良いよね。

 それに、ちょっと気分がウキウキする。


「確かこの辺に……」


 九十九が足を止めて、周囲を見ると……。


「おう、昨日の料理が趣味の兄ちゃんじゃねえか」


 そう声をかけられた。


「あ……。やっぱりこの辺で間違いなかったか」

「昨日連れていた姉ちゃんも別嬪さんだったが、今日、連れてる姉ちゃんもなかなか可愛いな」


 ぬ?

 昨日、連れていた姉ちゃんは真央先輩のことだろう。


 あの人と水尾先輩は本当に整った顔立ちをしてなさるから。


 そして、わたしには「可愛い」……。

 身長的な話だろうね。


 それにしても、気さくな店員さんである。


「逆ですよ。オレの方が、連れられています」

「へ~……ってことは、今日の雇い主はその姉ちゃんかい?」

「そうですね。スープを二つお願いします」


 相手の言葉もさして、気にせず、九十九は注文する。


「今日は二種類あるが、どうする?」

「二種類?」

「昨日の兄ちゃんからの言葉で、いつものスープに『寒冷芋(レイクーリン)』を加えてみたんだよ。そしたら、いつもと違った味になったじゃねえか。これは味を調えて売る必要があると思ってな」


 九十九から言われただけで、新たな料理を作った上で、味を調えることができるのは凄いと思う。


 わたしは、スープの味を調えようとしたら、メチャクチャ固い固形物ができたことがあったよ。


「昨日の今日ですぐに売り物レベルに完成させるのは凄いですね。それでは、二種類を一つずつと、昨日と同じスープを一つ」

「あいよ」


 そう言いながら、陶器製の器に入ったスープを3つ差し出された。


「こっちは熱いから気をつけろよ」


 そう言って九十九から手渡される。


(あつ)っ!!」


 一口飲もうとして、思ったより熱かった。

 猫舌というわけではないけれど、ちょっと火傷したかも?


「ばっ!? 先にオレ、『熱い』って言ったよな?」


 わたしの反応を見て、九十九も慌てる。


「言われたけど、九十九は本体部分を平気な顔して持っていたから、大丈夫かと思ったんだよ」

「熱い物を渡す時に、オレがハンドル部分を握ってどうするんだよ? それに、オレは熱耐性もあるんだ」

「わたしもあるはずなんだけどな~」


 日頃、わたしが食らう魔法は火属性魔法である。

 だから、熱耐性は必然的に上がるのだ。


 上がらなければ、死んでいる気がする。

 魔法国家の王女殿下の魔法は熱くて激しいのだ。


「口の中まで熱耐性が働くわけねえだろ。舌を見せろ」


 そう言われて、まだヒリヒリしている舌を出す。


「……っ!! 治癒魔法は頬からするぞ」

「お願いします」


 そう言われて、目を閉じる。

 至近距離で九十九の顔を見るのは心臓に悪いのだ。


 暫くすると、治癒魔法の気配がして舌のヒリヒリ感が消えていく。


「へ~、兄ちゃん、治癒魔法の使い手か。珍しいな」

「よく言われます」


 なるほど。

 このウォルダンテ大陸でも治癒魔法の使い手は多くないらしい。


「しかし、なかなか役得だな」

「……そうですね」


 そんな会話が聞こえてきた。


 役得?

 なんじゃ、そりゃ。


「しかも()()()()()()()()()()だ」

()()()()()なんですよ」

「大変? ああ、なるほど。確かに大変そうだな」


 どんな顔でされているか分からない会話だけど、今、目を開けると間違いなく九十九のドアップが目に入る。


 もう少し我慢しよう。


「店先であまりいちゃつくなよ。営業妨害になるぞ」

「不可抗力なので、見逃してください」


 まあ、わたしの今回のうっかりミスだけど、九十九にとっては不可抗力ではあるよね。


 治癒魔法を使って舌が癒された後に、改めて飲んだスープは確かに九十九の味とは違うけど、美味しかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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