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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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好きな人が悪く言われるのは

「自分の言動一つでそんなに大事になるなんて思いもしなかったんだよ」


 言動には責任が伴う。

 それが分かっていたから、下手なことを言わない方が良いと思った。


 言いたいヤツには言わせておけ。

 どう取り繕っても、苦手だったり、相互理解は不可能だという相手はいるのだから。


 当時のわたしの心境としてはそんな感じだったのだ。


 だが、黙っていることが必ずしも正しいってではないことを知る。

 わたしは否定していたけど、周囲から見ればそう見えなかったことが原因なのだろう。


 生徒会への投書という大事になった。


 それも一人、二人の話ならあまり目立つこともなかっただろう。


 同じソフトボール部に所属していた当時、二年生の部員たちがわたしのいない場で話し合って、皆で投書することにしたと後から知ったのだ。


 それが一年生にも伝わったらしく、さらに投書が増えた。


 生徒会も頭を抱えたのだろう。

 結果として、教師たちも巻き込んで、取り調べのようなものも受けた覚えがある。


「昔の栞に聞きたい」

「へ?」


 九十九が不意に口を開いた。


「自分が大好きな人間のことを悪く言われ続けている状態を、お前は黙って見ていられたか?」


 ……無理。

 我慢できない。


 わたしの友人たちは強いし、反論どころか報復に乗り出すような武闘派が多いから放置ってことはないだろうけど、それでも……。


「好きな人が悪く言われるのは嫌だね」


 わたしはそう思う。


 どんなに強くても、やり返すことができるって分かっていても、傷付かないわけではないのだ。


 わたしの友人たちは強くて弱い人が多いから。


「当事者でもないから想像だけど、その話はそういうことだろ? 多分、お前を心配した友人たちも最初はあの女に直接言っていたんだと思うぞ?」

「へ?」


 思わず九十九の顔を見た。


 どこか呆れたような顔をして、彼は息を吐く。


「真央さんの話では、『部活の指導に応じない』、『何度言っても相手に酷いことを言うのをやめない生徒がいる』という意見があったらしいからな」

「そ、そうなの?」


 そこは知らなかった。


 でも、よくよく考えれば、確かに当事者に言わずにいきなり投書って変だよね?


 特に中学生だ。

 しかも女子中学生の集団だ。


 放課後に対象となる相手を直接、校舎裏や体育館裏などに呼び出して、文句を言う方が先だと思う。


 え?

 でも、現実にそんな漫画みたいなことがあったの?


「それでも、その女がお前に絡むのをやめようとする様子がなかったから、生徒会への投書に発展したんじゃねえのか?」

「そんな……」


 でも、わたしは九十九の言葉を否定できなかった。


 彼は真央先輩からも話を聞いたと言う。

 わたしが知らなかっただけで、その可能性はあるのだ。


「全ての人間がそうとは言わないが、自分が大好きな人間のことを悪く言われていることを知ったらその時点で怒る人間の方が多いし、止めさせたいと思ってもおかしくない」


 ぬ?

 その言葉で少し何かがひっかかった。

 

「お前はもっと自分を大事にしろ」


 さらに続けられた言葉。


 でも、それ以上の感情が今、わたしにあって、頭に入ってこない。


「えっと、わたしが悪く言われるのは、九十九も嫌?」

「嫌だから、こんな(ツラ)になってんだよ」


 その自覚はあったらしい。


 自身の眉間を撫でながらそう答えた。

 そこにはまだ縦皴が残っている。


「悪く言われたのは、昔の話だよ?」

「オレにとっては、さっき聞かされたばかりの最新の話なんだよ」


 えっと、それって……。


 ―――― わたしのことが、大好き、だから?


 そう口にしかかって、なんとか踏みとどまる。


 でも、話を総合するとそうなるだろう。


 九十九自身は、「自分が大好きな人間のことを悪く言われていることを知ったらその時点で怒る人間」だと思う。


 当人がそう考えているのだから、そうなのだろう。


 つまり、わたしの過去の話で、そこまで不機嫌になるってことは、少なくとも、友人としては「好き」ってことになる。


 だけど、そんな言葉をわざわざ当人に踏み込んでまで確認すべきかと言われたら、それはしない方が良い気がした。


 九十九が例に挙げたのは「大好き」な「友人」なのだ。

 そして、多分、ここでそう尋ねても、九十九は答えてくれない。


 そんな気がした。


 下手すると、数年前のように、自分だけが無駄に傷付くことになるだろう。


 それなら、少なくとも「友人」としては「大好き」だと思われている。

 そう思い込んだ方が、自分の精神衛生上、良い気がしてきた。


 まあ、九十九のことだから、そんな対象はいっぱいいそうだけどね。

 わたしは、そう納得した。


 それは、何の解決にもなっていないのに。


****


「お前はもっと自分を大事にしろ」


 それはずっと栞に言い続けている言葉だ。


「えっと、わたしが悪く言われるのは、九十九も嫌?」

「嫌だから、こんな(ツラ)になってんだよ」


 オレは自分の眉間を触りつつ、そう答えた。


 誰が、好きな女を悪く言われて喜ぶ男がいるのか?


 自分でわざと悪く言って悦に浸る男もいるみたいだが、オレの感情はそこまで捻じ曲がっていない。


 ただ、肝心の相手に伝えることができないだけだ。


「悪く言われたのは、昔の話だよ?」

「オレにとっては、さっき聞かされたばかりの最新の話なんだよ」


 会うことが許されなかった中学生時代。

 その間にひたすら自分を磨くことしかしてこなかった。


 そして、できるだけ「高田栞」の情報を耳にしないようにしていたのだ。


 知れば、どうしても様子を見たくなる。

 偶然を装って、会いたくなる。


 おいおい?

 オレはいつから「高田栞」のことが好きだったんだ!?


 だが、これまで情報を入れなくて正解だったと思う反面、今回のように人伝で状況を聞かされるのは少しばかり腹立たしい。


 自分の知らない「高田栞」を知っている人間が多すぎる。


 その最たる人間が法力国家の王女殿下で、次いで魔法国家の王女殿下だ。


 彼女たちが女で良かったと心底思うしかない。


 あのカルセオラリア城にいた「お絵描き同盟」の男は同じ中学だったみたいだけど、交流がなかったらしいからな。


 来島(くるしま)はオレと同じ中学だったのに、栞を見ていたらしい。


 そして、あの紅い髪の男なんか、隠し撮りまでしてやがった。

 しかも、ちゃっかり水着姿まで!!


「九十九」

「あ?」


 栞の声で我に返る。


「そんなに心配してくれて、ありがとう。でも、本当にあの当時も今も、なんとも思っていないことなんだよ」


 栞はそう言って、力なく笑う。

 そんな顔はあまりさせたくない。


「その女に会いたくは?」

「あっちも会いたがらないだろうからね」

「そうか? 若宮みたいに積極的に探していたらどうする?」

「ないない」


 笑いながらそう答えられた。


 本気でそう思っているらしい。

 だが、水尾さんの前で見せていたあの言葉から考えると、そんな簡単にはいかない気がする。


「彼女にとってわたしは『尊敬できない先輩』なんだよ? そんな相手にわざわざ労力は使わないって」

「そうか」


 恐らく、あの後輩が、水尾さんの前で見せていた言動を、栞は知らないのだろう。


 そうでなければ、ここまで呑気なことは言わない。


「どちらにしても、あまり出歩くなよ」

「へ?」

「巡回隊の数がいつもより多いらしい。何かあったのかもな」


 もしくは、これからあるのかもしれないが、そこは言う必要もない。


「巡回隊……、『ゆめの郷』にいた巡回警備員みたいなの?」


 なんとなく、嫌な言葉を聞いた気がする。

 赤い髪の男の笑みが頭の中に思い浮かんだ。


「見回って町の治安維持をする点は同じだな」

「つまりは人間界でいう警邏パトロール?」

「そうだな」

「うぬう……」


 栞が変な声を漏らす。


「少し、九十九と外を歩きたかったけれど、それじゃあ、無理だよね?」

「オレと?」


 胸の奥で何かが弾けたような気がした。


「昼間は古書店と食堂しか行ってないんだよ。いや、それはそれで楽しかったし満足なんだけど、もう少しいろいろ見たかったなと」


 残念ながら、特に意味はなかったらしい。

 相変わらずの小悪魔だ。


「今日は止めとけ」

「まあ、もう、夜だしね」


 夜は夜で町は別の顔をするが、危険を冒してまで行くようなものでもない。


「明るくなったら、出掛けるか?」

「え? 本当!?」


 そんなに嬉しそうな顔をするな。


「兄貴にも相談した上で……だけどな。どうせ、暫くは滞在することになるんだ。慌てて出歩く必要もないだろう?」

「そうだね」


 それでも、栞は嬉しそうで、その顔を見るだけで、オレは口元がニヤけそうになるのを必死に抑えるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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