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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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お付き合いしましょう

「なんか、変だな?」


 オレが水尾さんと一緒に会った女と、栞が口にした女。


 同一人物だとは思えなかった。


 栞は向こうの方が会いたくないだろうと言っていたが、向こうは草の根を分けてでも探し出すような勢いだったのだ。


 まさか、二重人格ってやつか?

 まあ、かなり病的な印象はあった。


 そう考えると、やはり会わせない方が良い気がしてきた。


「お困りのようだね、青年」


 オレが宿泊施設の通路で悩んでいると、声をかけてくる女性。


 最近、声だけでも区別がつくようになった。


 似ているだけで、その顔も全然違うと思えるようになったは、それだけ付き合いが長くなったからだろう。


「どうしたんですか? 真央さん」

「ユーヤに少しばかり散歩に付き合ってもらおうかと思って尋ねてきたのだけど、もしかして、お邪魔だった?」

「いえ、大丈夫だと思いますよ」


 この宿泊施設では、女たちは個室を選んだが、オレと兄貴は同室にした。


 その方が何かと都合が良いのだ。

 狭くはなるが、寝台もちゃんと二つ入れてもらっている。


 宿の女将(おかみ)からは「ダブルベッドじゃなくても良いのか? 」と、何やらしつこいぐらいに聞かれたが、男二人のダブルベッドってただの地獄絵図じゃねえか?


「それで、何が変だって?」

「いえ、大したことじゃないのですが……」


 この人に言っても良いものかは迷う。


「ユーヤの替わりに散歩に付き合ってくれるなら、私が相談に乗っても良いよ? ミオや高田に確認しにくいこともあるでしょう?」


 そう言われて考える。


 あの女は水尾さんや高田と同じソフトボール部だったと聞いている。

 そして、この目の前にいる人は楽器好きな……、確か、吹奏楽部だったはずだ。


 それに同じ学校に通っていたとしても、二学年も違う後輩のことなど、はたして、覚えているものだろうか?


 オレが迷っていると……。


「『アッコ』のことなら、私も知ってると言えば良い?」

「え?」


 不意に出てきた呼び名は、先ほどからオレが考えていた女のことだったと思う。


「大方、今のキミの悩みなんてその辺でしょう?」


 そう言って真央さんが笑った。


 オレはそんなに分かりやすいのか?


「いや、ミオから『アッコ』のことを聞いていたのだけど、四年経っても変わってないっぽいからね、あの子」

「か、変わってない?」


 水尾さんの話と栞の話は矛盾しないのか?


「その辺の話は外で話そ」


 そう言いながら真央さんから腕をとられた。


「ま、真央さん!?」

「ミオがさ~、自慢してきたんだよ」

「自慢?」

「この町の露店区画で買って、九十九くんと歩きながら食べた串焼きがかなり美味しかったって」


 ああ、栞のことを気に掛けていたため、オレにとっては食べた気がしなかったヤツか。


 でも、水尾さんの舌が満足したなら、美味しかったのだろう。


「食い歩きって良いよね?」


 水尾さんも真央さんも王女殿下だ。


 人間界ならともかく、この世界でもそこまで食い歩き経験がないのだろう。


「承知しました。お付き合いいたしましょう」


 オレはそう言って、一礼すると……。


「あら? 告白?」


 真央さんがおどけてそう言った。


「御冗談を」


 揶揄われているのが分かるので、オレもそう返す。


「残念、振られたか」


 真央さんはまた笑った。


 同じ顔だというのに、双子である水尾さんとは随分違う笑顔だ。

 この笑い方は少しだけ兄貴に似てるよな。


 どこか、作ったような、防御的な意味がある笑み。

 これ以上、他人を近づけたくないようなそんな笑顔を、真央さんはよくするのだ。


「いいえ、お供はしますよ、王女殿下」


 そう言いながら、オレはアリッサム式の礼をする。


「そこで、その言葉とその礼の仕方。流石、ユーヤの弟だね」


 褒められている気はしないが、その表情から彼女なりに褒めているのだろう。


「オレの行儀、礼節のほとんどは兄仕込みなので」


 そして、それは今も続いている。


 現在は、ローダンセの礼法を勉強中なのだ。

 礼と振る舞いは、書物からだけではどうしても足りない。


 時間がある時に、兄貴から見てもらって、容赦のない駄目出しを食らっている。


「兄は弟の使い方をよく知っているわけだね」


 そこで、兄貴にとってオレは道具だとあっさり見ることができる辺り、やはりこの人は王族なのだろう。


 その辺りの割り切りは水尾さんにはないものだ。

 そして、栞にも。


 オレは兄貴よりも、主人である栞にこそ道具として見て欲しいのだがな。


「定番の肉の串焼きも良いけど、それ以外に美味しそうなものもある?」


 肉の串焼きは、外れが少ない。

 焼くだけ、調味料をかけるだけだからだ。


 相当、相性の悪いもの同士の組み合わせでない限りは安全牌と言えるだろう。


 だから、露店だけではなく、どこの料理店に行っても肉を焼いて調味料ふりかけただけという料理は存在する。


「料理工程を見ることができる露店なら、ある程度は分かります」

「なるほど。流石だ」


 そう言ってニヤリと真央さんは笑った。


 今の笑いは、水尾さんによく似ている。

 この双子の共通点は食い物らしい。


「中央広場の通りを突っ切ろうとかと思いましたが、()めましょう。なんとなく嫌な予感がしますから」

「嫌な予感?」


 特別な気配を察したとかではない。


 これは本当に予感だった。

 この先に行くと嫌な思いをする……、と。


「私からは特に嫌な気配は感じないけれど、ここは護衛くんの第六感を信じましょうかね」


 そう言って、真央さんはちょっと遠回りになる道を承知してくれた。


 そして、迂回中の時のことだった。


 ―――― 今日は巡回隊が多いな


 ―――― ああ、この町を管理する御方より特別巡邏のお達しがあったらしい


 ―――― ここは他所から入り込む人間が多いからね


 ―――― いやいや、あの方のことだから、また面白いものでも見つけたんじゃないか?


 周囲から漏れ聞こえる声。


「嫌な予感が強まった」

「奇遇だね。私もちょっと嫌な予感が湧き起こったよ」


 真央さんにも聞こえているらしい。


「このアベリア国は、女性が土地の管理をすることは可能ですか?」

「いや、このウォルダンテ大陸は全体的に女性の地位が低いから無理」


 そうなると、あの厄介そうな女が女領主という線はないか。


「この町を管理する者に面識は?」

「ないね。アベリア城下まで行けば、私の顔を知っている人間がいるかもだけど」


 少し、情報を仕入れた方が良さそうだな。

 タイミング的に無関係だとは思えない。


「ただ、この地の領主は妻子だけじゃなく、年の離れた妹たちを溺愛しているっていうのは、トルクから聞いたことがある」

「嫌な予感指数が上がりました」


 オレがそう言うと、真央さんはクッと笑った。


 土地の管理者……、領主は、国によっては、王族の血を引いている可能性もある。


 しかも、その子や兄妹なら他大陸へ滞在する5年間の期間に人間界に行っていても不思議ではない。


 人間界にいた以上、高位の貴族である可能性は高かったのだ。


 後から、その正体が明かされるというのも嫌だが、先に予測を立てるのもちょっと嫌なもんだな。


 しかし、溺愛か?

 どれぐらいのものだ?


 法力国家の王子殿下ぐらいなら、まあ、人前で押さえる分別はあるから良い。


 その対象となっている王女殿下は「病気」と言っていたが、あの方の愛情表現はまだ可愛い方だ。


「九十九くんは、『アッコ』がその領主の身内だと、その可能性を考えたわけだね」

「タイミング的に可能性が高いとは思いました」

「なるほど……」


 真央さんは少し考えていたようだけど……。


「ま、それは今、考えても仕方なくない?」

「対策は考えておくべきでしょう」

「九十九くんは真面目だね~」


 この町に来てから妙に「真面目」と言われる回数が増えた気がするのは気のせいか?


「でも、真面目で慎重なのは良いことだ。失敗が少なくなるからね」


 真央さんはそう言って笑いながら……。


「だけどさ、世の中には事前準備も無意味にしてしまう予想もできない人種ってやつもいるんだよ」


 そんなことを言った。


「ご忠告、感謝します」


 だからオレは、それに該当する人種からの有難い言葉だと思って、素直に受け止めたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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