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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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本との出会い

 古書店は様々な本で溢れていた。

 思ったよりもわたしが読める文字で書かれた本が多くて目移りしてしまうほどだったのだ。


 だが、我慢だ。

 無駄遣いはいけない。


 そう考えていたのに、思わず買ってしまったのが、ライファス大陸言語で書かれた「暗闇の中で光を求めて」という本だった。


 かなり分厚い本だったが、自分に与えられている小遣いの範囲内に収まる価格の本で良かったと思う。


 後ろにずっと付いていてくれた雄也さんは苦笑していたけど、やはり、気に入った本ぐらいは自分で買いたいと思うのは、本好きなら賛同してくれることだろう。


 この世界では珍しい女性の旅行記で、今よりも100年ほど昔の人らしいのだけど、なんとなく文章の表現が面白いのだ。


 激しい風雨に見舞われた時なんか『神々の夫婦喧嘩のしわ寄せが人の世にまで押し寄せて本当に迷惑極まりない』とか、文語表現は間違いなくライファス大陸言語なのに、ちょっと日本語の比喩表現に近くて笑ってしまった。


 それだけじゃなく、景色の描写が特に凄くて、水平線に見える朝焼けとかも、目を閉じればわたしにもその色合いが見えるような気がするほどのものだった。


 そして、挿絵も風景が描かれていて、本当にうっとりとしてしまうほどのものだったのだ。

 なんで古書店にあったのだろう?


 しかも無造作に、書棚の上に置かれていたのだ。

 だから、余計に心が惹かれたのかもしれないのだけど。


「高田は珍しい本を見つけたね」

「珍しい?」


 真央先輩の言葉に首を傾げる。


「書棚に魔法をかけていることは珍しくないけれど、本自体に魔法がかかっているのは個人の所有物ぐらいのものなんだよ」


 そう言われてから改めて確認してみると、確かにこの本から何かの力を感じた。


 でも、わたしにはこれが何の魔法なのかも分からないし、何よりもいつもは最低限分かる属性すら分からない。


 本自体の魔法で考えられるのは「印付け(マーキング)」だけど、流石に古本を買い取る時に消失させるそうだ。


 だから、その気配ではないと思う。


「なんだか不思議な魔法だね。多分、品質とか状態保存系のものだとは思うけど、ちょっと古い魔法かも?」


 真央先輩も首を捻っている。


「古代魔法ということですか?」


 古い魔法というと、やはり思い浮かぶのは古い時代の魔法である。


「いや、それとはちょっと違うかな。単純に使われたのが数十年昔ってだけ」

「数十年……」


 100年前の人の話を書いた本が、数十年前に施された魔法によって守られている。


 それだけでも、十分、壮大な物語だと思う。

 歴史のロマン?


「でも、書棚ならともかく、本そのものにそんな魔法を……。しかも、長い年月の効果があるもの……。どんな人が使った魔法なんだろう」


 真央先輩が考え込んでしまった。


 わたしの手にあるのは人間界では珍しくもない旅行記。

 だが、この世界ではかなり珍しいものだ。


 しかも、女性の一人旅っぽい。


 でも、この本に価値があるか? と問われたら、一部の人間にしかその価値は分からないだろう。


 大衆的な視点においては旅行記など娯楽でしかなく、古典的な視点においても100年前なら歴史としては浅い。


 まあ、近年史を知るなら良いかもしれないけれど、そこまで歴史や文化が書かれているわけでもなかった。


 しかも、書いた人間は多分、無名の女性だ。


 この本の中に、『自分が自分を意識した瞬間からワタシは一人だった。生まれや育ちどころか親すら近くにいなかった。だから、ワタシは自然派生したのだろう。自分の意思など関係なく、この世界に必要とされたから生まれただけだ』……などと、ちょっと悲しい文面がある。


 だから、恐らく身寄りもない人だったのだと思う。


 この世界では孤児たちは聖堂にある「教護の間」という孤児院のような施設で保護される。


 だが、この女性はそこに頼らなかった。


 その時代にそんなものがなかったのか。

 それとも、単純に聖堂というものを知らなかったのかは分からない。


 九十九が言うには、聖堂に保護される孤児は、周囲に恵まれた運の良い孤児らしい。


 本当の孤児(みなしご)は、その知識すら周囲から与えられない。


 九十九や雄也さんの親のように血縁関係を絶って、孤立無援の状態で子供を残していなくなれば、その子供たちは寄る辺もないのだ。


 そして、明らかに厄介ごとだと分かるような子供に関わろうとする奇特な人間も多くはない。


 少しでも心あれば、聖堂に連れて行くこともあるだろうが、他人にそこまで心を砕くような人間ばかりではないのだろう。


 しかも、聖堂は、その中にいる神官の質に左右される。


 その「教護の間」がちゃんと子供たちを教え、導くものとして存在していれば孤児たちは救われるだろうけど、そうでなければ、あの島のような場所となってしまう可能性もあるだろう。


 何も知らない無垢な子供たちを騙して、人の道から外れた行いをさせようとする人たちの温床にもなりかねない。


 この本にも書いてある。


『昨今の「聖堂」の腐敗は目に余るものがある。それも昨日今日の話ではなく緩やかに堕落している。だが、古より伝わる「聖女」と、その手助けをする「大神女」が、この現状を目にすれば、嘆くどころかいつも以上に妖艶な笑みを浮かべたまま「裁きの雷」を落とすことになるだろう。時を越えた願いが叶うその日が楽しみである』


 因みにわたしが購入しようと思ったのは、この文章が決め手だったりする。


 ここに「聖女の手助けをする『大神女』」と、さりげなく書かれているけど、その当時は「大神官」ではなく、「大神女」だったらしい。


 そして、その言葉が自分のよく知るとある美貌の大神官さまに重なっちゃったわけです。


 中性的だし、身長はちょっと高いけど、絶対、女装が似合うよね?


 普段は「聖女」って言葉自体に忌避感があるけど、この場合は「大神女」のインパクトが勝ってしまった。


 それに恭哉兄ちゃんなら、過去に女性が頂点に立ったことは知っていると思う。

 今よりも女性が生き辛い時代だっただろうに、凄いことだよね。


「まあ、考えても仕方ないか」


 真央先輩がそう言った。


「私も面白そうな本、何冊か手に入ったし。ユーヤは何かあった?」


 真央先輩はわたしの背後で気配を消していた雄也さんにも声をかける。


「何冊か興味深い本はあったよ」


 雄也さん笑顔で答える。


 だが、一緒に書棚巡りをしていたわたしは知っている。

 雄也さんが購入したのは数冊規模ではなく、数十冊だったことを。


 十数冊ではない。

 本当に数十冊だったのだ。


 わたしは雄也さんが手にした本が、24冊目以降から数えるのをやめたので数十冊に誤りはない。


 雄也さんは、本のジャンルに拘りがないのか、わたしの背後から手を伸ばし、ひょいひょいと見つけては手に取っていった。


 しかも、この世界の書店によくある検索システムはほぼ使ってないっぽい。


 わたしも本は好きだけど、ある程度中身を確認しつつ、悩みに悩んで買うかどうか決めるのに。


 そして、購入後にはお約束の収納魔法を使うので、わたしと違って手には何も持っていない。


 購入した本の中には、ウォルダンテ大陸言語の絵本っぽいのもあったから、後でわたしの課題になる本もあるのだろう。


 今から、覚悟しておこう。

 真央先輩も、今はその手に何も持っていない。


 わたしと同じように自分で収納魔法が使えないから、雄也さんに収納してもらうことにしたようだ。


 でも、ずっと雄也さんに持たせたままなのは心苦しいので、トルクスタン王子が合流したら、彼に渡すと言っている。


 それはそれでどうなのだろうか?

 この辺りは深く考えてはいけない気がするね。


 でも、これで暫くは退屈しないだろう。


 宿泊する部屋に籠って集中できれば、ライファス大陸言語であることと、この分厚さから考えて、3時間(こく)もあれば完読できるかな?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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