狙ったかのような出来事
突然、現れた謎の女に対して……。
「アッコは本当に昔から、高田好きだよな」
水尾さんは、オレにも分かりやすい紹介をしてくれた。
「当の然じゃないですか!! シオちゃん先輩は永遠の小動物ですよ!? あの可愛らしい姿、声、動き、どれをとっても一級品の愛玩動……、いや、愛でるべき対象!!」
ああ、分かった。
出会って数分で理解できた。
しかも今、「愛玩動物」って言いかけたよな?
「ずっとシオちゃん先輩の横は若宮先輩に占拠されていたんですよね~。唯一、接触できるのは、部活の時のみ!! もう、悔しくって、悔しくって!!」
それって、若宮が高田のことを護っていたってことなんじゃねえか?
明らかに、あぶねえもんな、この女。
「でも、若宮先輩がいない今! 富良野先輩がいなければ、シオちゃん先輩の横は私がいただけるはず!!」
「その当人を前によくも、そんなことを言えるな」
水尾さんは溜息を吐いた。
しかも、直前まで張り付いていたような相手なのにな。
「だが、高田の横は既に埋まっている。アッコの割り込む隙はないぞ」
「へ?」
「そこの男が、割と四六時中高田の横にいる」
水尾さんは笑いながら、オレを見る。
頼むから、巻き込まないでください。
「なななななななななななななななななっ!?」
驚きの余り、後ずさる女。
「男じゃないですかあああああああああああっ!!」
「いや、高田だって近くに男の一人や二人いてもおかしくない年代だぞ?」
あと一人は兄貴のことですかね?
それ以外なら、トルクスタン王子か?
「そんな穢れを知らない無垢でねんねなシオちゃん先輩が!!」
そして、いちいち言い回しが微妙に古いな、この女。
今時「ねんね」って言葉は使わないだろう?
せいぜい、「世間知らず」とかじゃないのか?
「こんな明らかに粗野で乱暴そうな男の魔の手に!!」
しかも、オレはまだ言葉を発してすらいないのに、この言われ様。
いろいろ酷くないか?
「この男は粗野でも乱暴でもないぞ?」
「いいえ、富良野先輩は騙されているんです!! 男は皆オオカミって言うじゃないですか!!」
本当に古いな、この女。
そして、オレの認識が間違っていなければ、この場所は露店区画。
つまりは人通りもある往来と呼ばれる場所のはずだが、先ほどから、何てことを叫んでいやがるのだ?
「オオカミ……」
しかも、そこに反応して、こっちを見ないでください、水尾さん。
その点については、多少、自分自身に心当たりがあるだけに気まずくなるじゃないですか。
「しかも、あの愛らしいシオちゃん先輩から離れて、綺麗な富良野先輩の横にいる。女なら誰も良いってことでしょう!?」
護衛だからな。
仕事を選んでいたら駄目だよな?
「……ってちょっと待って!? まさか、シオちゃん先輩がこの町に?! え!? ヤダ!? うっそおおおっ!!」
だが、女はそこに気付いてしまったらしい。
「こうしちゃ、いられない!! 富良野先輩、情報提供、ありがとうございます!!」
「アッコはどうする気なんだ?」
「決まっているじゃないですか!! 身体を清めてシオちゃん先輩にお会いするんですよ!! それじゃあ!!」
嵐のように現れた謎の女は、そのまま嵐のように去っていった。
オレと水尾さんはそこに残される。
なんだったんだ?
一体……。
そして、捨て台詞にも突っ込みどころしかなかったぞ?
「水尾さん?」
事情を説明して欲しくて、女を見送ったままの水尾さんに声をかける。
「害はないから大丈夫だ。それに、先輩とマオがいるから、大丈夫だろう。だから、多分、大丈夫だ」
オレと目を合わさず、水尾さんはそう言うが……。
「その言葉で大丈夫だと思える要素がないのですが……」
寧ろ「大丈夫」と何度も言われているために、かえって不安になる。
「まさか、また会うなんて思っていなかったから、ビックリした」
水尾さんは自分の胸を撫で下ろしている。
「それで、栞に何かあったらどうする気ですか!?」
「高田にとっては煩い生き物でしかないけど、それ以上の害はないよ」
「は?」
栞にとって「煩い生き物」?
どういうことだ?
「私が記憶している限りだけどな」
なんとなく、水尾さんはこれ以上、この話題を続けて欲しくないような気がした。
仕方なく、オレは別のことを尋ねる。
「あの女はなんなんですか?」
「私と高田の……、部活の後輩だな」
「それはなんとなく分かりますけれど……」
会話の途中で、「部活」という言葉が出てきた。
「栞のことを『先輩』と言っていたのだから、オレたちの一学年下ですよね?」
水尾さんのことも知っていたのだから、そうなるよな?
「そう。ただアッコは、運動神経が皆無だったらしくてな。私たちが引退した後に選手じゃなくて、途中でマネージャーに転向したとは聞いている」
「運動神経が皆無なのに、なんで。ソフトボールなんてものを選んだんですか?」
「そこに理想の存在がいたらしい」
その言葉に嫌な予感しかしない。
聞きたくないけれど、先を聞いておかなければ、対策もとれないと、オレの中の何かが言っている。
「当人から聞いた話では、新入学生に対する部活動紹介で理想に出会ったそうだ」
「まさかの自己申告!?」
そこは噂とかではないのか?
本人が言っていたなら、確定じゃねえか!?
「えっと、性別は女ですよね?」
「女子ソフトボール部に男がいたら、かなりの問題だな」
「それで、アレ」
「あのノリと勢いと言動で男だったら、やっぱり問題だな」
なんだろう?
水尾さんは気にしていないようだけど、オレには何かが引っかかるのだ。
確かにノリと勢いと言動は痛々しいけれど、そこに籠められている熱は……、本物に近い気がする。
何より、あの女の言葉に一切の嘘がなかった。
そこが一番の問題なのだ。
普通の人間は、友人に対してそこまでの情熱は燃やさない。
あの阿呆なことに情熱を燃やすストレリチアの王女殿下だって、せいぜい、自分の手が届く城下しか捜索させていなかったのだ。
それなのに、大陸中を探したという熱は、明らかに普通じゃない。
「そんなに気になるなら、様子を見に行くか?」
「いえ、先にメシを買いましょう」
もともとそのつもりでこの区画に来たのだ。
万一、あの女が栞の前に現れたとしても、兄貴が適当にあしらってくれるだろう。
「良いのか?」
「あの女が栞に何かすることはないのでしょう? 水尾さんの言葉を信じます」
いろいろと気になる点はある。
だが、少なくとも、さっき出会ったばかりのオレの判断よりは、あの女のことを知っている水尾さんの言葉の方が信じられるだろう。
それに、あの勢いで、栞に対して害意を抱けば、人間界にいた頃はともかく、今なら確実に栞の「魔気の護り」が発動する。
この町に魔法制限の結界があっても、それは栞に関係ない。
アレは、魔法ではないのだから。
「まあ、九十九が良いなら良いけど……」
水尾さんはそう言いつつも、気になるらしい。
あの女の向かった方をずっと見ている。
「身体を清めてとか言っていたから、すぐに探しに行くわけではないのでしょう」
あの女は洗浄魔法やそれに似た魔法は使えないのだろう。
だが、身体を清めてナニする気だ?
そんな不安は拭えないが、栞の防御は無意識の方が強いし、兄貴だって傍にいる。
そこにオレが入り込む隙などない。
「でも、そんなに心配なら、先に連絡しておきますか?」
そう言って、オレは通信珠を取り出して、水尾さんに渡した。
「私が連絡するのか?」
水尾さんは兄貴に苦手意識がある。
話す分にはかなりマシになったが、流石に直接通信するのは嫌なのか。
電話みたいなもんだからな。
「あの女のことをよく知らないオレが連絡したら、『人間界時代の高田のストーカーがそっちに向かった』と身も蓋もないような通信になりますよ?」
「うぐっ!!」
その反応……。
本当にあの女は「ストーカー」と称しても問題ないってことか。
やはり、不安になってしまう。
「私が連絡する」
そう言って、観念したように水尾さんはオレに向かって手を差し出した。
しかし、なんでたまたま滞在しようと思った場所で、狙ったかのように次々とハプニングが起きるんだろうな?
オレは肩を落として溜息を吐くしかないのだった。
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