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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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行先を決めよう

「真央さんはどこから見たい?」

「そこはまず普通、主人である高田に意見を聞くものじゃないの?」


 真央先輩は苦笑しながら雄也さんにそう言った。


「我らが主人は他の人間を気遣って遠慮してしまうからね。先に真央さんの意見を聞いた方が良いと思ったんだ」


 答える雄也さんもどこか苦笑いをしている。


 その話題の主であるわたしは、見たい場所や行きたい場所以前に、この町に何があるのかも分からず、オロオロしていた。


 いや、この町に何があるか分からないのに分かるはずがないよね?

 とりあえず、わたしにガイドマップをください。


「それなら、ユーヤが例に挙げた『魔法書屋』というのがかなり気になっている」

「そうなると、古書店が良いかな。貴女が今更、基本的な魔法書を読むとも思えないからね」

「他大陸の基本的な魔法書というのも気になるけど、確かに古書はもっと心惹かれるかね」


 古書……、古本かな?

 流石にストレリチアの大聖堂にあったような古文書みたいなものではないと思う。


 あれは本というよりも、巻物だった。


 今みたいに記録するという文化もなかったため、複数の紙を順番の並べて纏めた上で綴じるという技術も必要なかったのだろう。


「栞ちゃんはどうだい? 古書店なら、普通の書物もあるよ」

「でも、文字はウォルダンテ大陸言語……、ですよね?」


 正直、ウォルダンテ大陸言語については、まだ読み書きに自信は全くない。


 シルヴァーレン大陸言語、グランフィルト大陸言語、スカルウォーク大陸言語はボチボチ読める。


 ライファス大陸言語は英語によく似ているからなんとか読める。


 でも、ウォルダンテ大陸言語とフレイミアム大陸言語はまだまだ勉強中なのだ。


 ローダンセに行くって分かっていたから、ウォルダンテ大陸言語を優先的に勉強していたのに、どうしても覚えるのが難しい。


 ウォルダンテ大陸言語は、アルファベットに似たものはあるけど、そのほとんどが変な記号にしか見えないので困る。


「古書店だから、この大陸の本ばかりとは限らないよ。旅先で、自分の持ち物を売るのは、資金繰りの基本だからね」

「資金繰り……」


 そうか。

 誰もが行く先々でお金があるわけではない。


 人間界のゲームですらそうだ。

 自分たちの所持品を売って装備を買い替えるなんて、ごく普通のことだった。


 わたしのように、生活に困らないように、お金を出してくれる人間がいることの方が現実的にも稀なのだろう。


「資金の運用とか調達という言葉なら、そこまで違和感ないのだけど、『資金繰り』って聞くと金銭の遣り繰りにかなり苦労しているイメージがあるのって何故だろうね?」


 真央先輩も似たようなことを覚えたのか、そんなことを口にしている。


「実際、苦労しているから、慣れた地元ではなく不慣れな旅先で、自身の所持品を売ることになるのだと思うよ」


 雄也さんの言葉で自分は本当に恵まれているのだと実感する。


 少なくとも、所持品を売るようなことは、まだしたことがないから。


「ユーヤも何か売ったことはあるの?」

「書物はないけれど、魔石はよく売るかな」

「それって、錬石に魔力を込めるヤツ?」

「アレが一番、割が良いんだよ」


 そう言えば、カルセオラリア城下にいた時に、九十九がそんなことを言っていた気がする。


 錬石を購入して、魔力を込めてから売るという方法がある、と。


 わたしの快適な生活の裏側には、彼らの人知れぬ苦労があるのかもしれない。


 でも、九十九や雄也さんなら、そんなことをいなくても良い気がするのだけど、やっぱり、雇い主から出る給金だけじゃ生活は難しいのかな?


「ユーヤも九十九くんもそんなに稼いでどうするの?」

「俺たちは贅沢だからね。与えられるだけでは満足できないんだよ」


 ぬ?

 与えられるだけでは満足できない?


 雄也さんのその言葉がやけに耳に残った。


「確かに現状で満足するような2人ではないよね」


 真央先輩は苦笑する。


 なんだろう?


 ずっとこの兄弟の傍にいるわたしよりも、真央先輩の方が彼らのことを理解している気がした。


「高田は?」

「はい?」


 急に問いかけられて、変な声を返す。


「現状で満足?」

「割と?」


 更なる質問に対して何故か疑問形で返してしまった。


 でも、正直、現状に不満はない。


 彼らから「おんぶにだっこ」という情けない状態ではあるが、だからこそ不満だとは思っていないのだ。


「え~? もっとユーヤや九十九くんに構われたいとか思わない?」


 なんか、考えている方向と違う言葉が返ってきた気がするけど……。


「現状が異常で過剰なほど構われているので十分です」


 寧ろこれ以上、構われたら、心臓が体内から脱出を図ると思うのです。


 この兄弟の主人に対する尽くし方は、絶対におかしいよね?


 九十九は真っすぐすぎるほど感情を突き付けてくるし、雄也さんは遠回しだけど確実に狙ってくる。


「高田は、そんなに構われているのか」


 どこか呆れたように雄也さんを見る真央先輩。


 でも、雄也さんはいつものように笑っていた。


 うん。

 本当に読めないし、食えない人だよね。


「ここが、この町で一番、選択肢の多い古書店かな」

「……選択肢?」


 なんだろう?

 その古本屋として不思議な単語は。


「店主が種別、分類に拘らない人らしく、人気のある本だけでなく、珍しい本も多く取り揃えている古書店だよ。無名の作家の本も買い取ってくれるそうだ。だから……、流行りに関係なく好みのものが見つかるかもね」

「ああ、売れ筋の本だけじゃなく、マイナーなのも取り扱っているわけか」


 雄也さんの言葉に真央先輩が納得した。


 えっと、あまり人気のないものも取り扱っているってことかな?


 この世界の流行り廃りはよく分からないけれど、自分の目で探せるのは良いかもしれない。


 何より、わたしにとって人間界での本屋は新品、中古に限らず、出会いの場だった。

 自分の手に取ってみないと、本の良し悪しなんて分からないと思っている。


 だから、本屋に行くのは昔から好きだった。


 この世界では文字が読めないこともあるから、こんな風に本屋に来ることはなかったけど、ちょっと何かの血が騒ぐ気がした。


「検索システムはある?」

「どこの国でも露店、行商ではない書店にはあるはずだよ。特にこの店は、膨大な量の書物が所狭しと並んでいるからね。劣化の危険がある本以外は、検索システムが使えるようになっている」


 この世界の書物庫……、図書館とかでは「検索システム」という不思議な機能が備わっている。


 その空間に入ってどんなものが欲しいと考えるだけでその条件に該当する本の背表紙がにょきっと本棚から飛び出してくれるのだ。


 人間界の本屋にもこのシステムがあれば良いのにね。


 でも、検索システムを使うと新たな本との出会いは減っちゃうかな?

 自分の欲しい本しか見つからなくなるから、新境地の開拓には向かないのだ。


「じゃあ、一時間(こく)後にこの場所で」

「へ?」


 真央先輩の申し出に奇妙な言葉が漏れた。


「本屋なら自由に動きたいから。危険はないでしょう?」

「古書店で危険があるとしたら、一度に大量の本を購入しようとして、本に潰されるぐらいかな?」


 なんとなく、人間界の自分の部屋を思い出す。


 あの部屋は確実に震度5ぐらいの地震で死ねたかもしれない。


 因みに震度4では全く崩れなかった。

 びっちり隙間なく詰めていたためだろう。


 倒れる時はあの本棚ごとなんだろうなと思ったものである。


「本屋で護衛って困るんだよね~。自分の趣味がバレバレになるじゃない?」


 真央先輩のその気持ちも分かってしまう。


 好きな本というものは自分の趣味や嗜好が反映されてしまう。


「だから、少しだけ別行動させてくれると嬉しいかな。ユーヤからの『御守り』もあるし、基本的には同じ空間にいれば大丈夫でしょう? それに、ユーヤもいろいろと探したいものがあるんじゃないの?」

「この国は、ローダンセではないから大丈夫だと思うけど、一応、通信珠を渡しておこうか」


 そう言って雄也さんは真央先輩に丸い珠を渡した。


「栞ちゃんにも」

「ありがとうございます」


 わたしは九十九直通の通信珠は持っているけど、雄也さんと通信できるものはなかった。


 一緒の袋に入れておこう。


 九十九の通信珠と雄也さんの通信珠は色が違うので慌てない限りは大丈夫だと思う。


 九十九の通信珠は琥珀色に近い色をしているけど、雄也さんから渡されたばかりのものはまだ使用していないためか、白かった。


「あれ? ユーヤは高田と行動しないの?」

「基本はそうするつもりだけど、離れて欲しい時もあるだろう?」


 ああ、具体的にはお手洗いとかですね。

 確かにそこまで付いてこられるのは困る。


「それに栞ちゃんは、本に夢中になると、周りが見えなくなるみたいだからね。念のためかな」

「……おおう」


 その言葉に心当たりがあり過ぎて困る。


 わたしは人間界で、友人たちと本屋に行っても、気が付いたら、離れていることが多かったのだ。


 ワカも同じ特性を持っているためか、一緒に本屋に行った時は始めから別行動をして後で落ち合うようにしていた。


 そのことを言われている気がしたのだ。

 でも、この世界ではそこまで夢中になって本を探した覚えはないのだけどね。


「それでは、久しぶりに古書を漁ってみますか」


 真央先輩は嬉しそうにそう言ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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