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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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別れの言葉

「リヒト殿。あちら側も準備ができたようですよ」


 そう言いながら、聖堂から一人の若い女が顔を出した。


『感謝いたします、リーヴェさま』


 リヒトが跪いて神官としての礼をとると、女が満足そうに微笑んだ。


 この少しだけ偉そうな女は、あのアリッサム城で捉えられていた一人だ。


 そして、新たにこの島の聖堂に配属された正神官「シンアン=リド=フゥマイル」の娘で「リーヴェ=シード=フゥマイル」という名だったと思う。


 栞があの港町で歌姫なんてものになるきっかけになった女でもある。


 この女はあのアリッサム城から運び出された後、手当てを受けた大聖堂でそのまま再神導をし、再び下神女となったそうだ。


 そのため、見習神官からスタートするリヒトよりは確かにその神位(かんい)は高い。


 くりくりした瞳と小柄な所はどこか栞と似たようなものを感じるが、その強かさと図太さでは確実に栞を凌駕すると言っても差し支えはないだろう。


 オレの主人はもっと遠慮というものを知っている。


 この女は、大聖堂に保護された時、普通なら忘れたいはずのアリッサム城での記憶を、消すことも封印することも選ばなかったそうだ。


 その理由は、驚くべきことに、「若く美麗な大神官に少しでも関心を抱かせるため」らしい。


 それをオレや兄貴だけでなく、栞や水尾さんと真央さんの前でも口にしやがった時は、どうするべきか判断に困った。


 それを聞いた彼女たちの目は、揃って「理解できない」と言っていた。


 だが、確かに記憶の封印をしなかったことで、大神官が気に掛けるようになったことは確かだろう。


 しかも、この島に常駐する父親の手助けをするとなれば、聖堂の建立者である大神官も、この女のことを無視できなくなる。


 尤も、大神官から多少の同情を買ったからといって、自分の立場や状況が変わるわけでもないことは当人も分かっているらしい。


 それでも、かの大神官から少しでも気に掛けてもらっているというだけで、周囲の見る眼は変わるそうだ。


 大神官は大層な女嫌いと噂もあるため、女の身である自分が寵愛を得ることは不可能だと思っているとも言っていた。


 それを大神官が知ったら、苦笑いするだろう。

 大神官は女嫌いではないから、定期的な「禊」が必要なのだから。


 もともと、女はその容姿と法力の才能で、正神官辺りを捕まえ、自分の将来を保証してもらうために神女になったと言っていた。


 だが、聖堂以外の世間を知らなかった女が、薄汚い神官たちを手玉に取ることなどできるはずもなかった。


 逆に良いように利用され、その挙句に、あんな場所で捉えられる羽目になったそうだ。


 その経緯を聞いた限りでは、あまり同情の余地もないが、一応、被害者ではある。


 しかも、この島の管理も手伝ってくれるのだから、あまり雑に扱えない。


 そして、今はトルクスタン王子がお気に入りのようだ。

 今も、リヒトを案内に来たはずなのに、トルクスタン王子に纏わりついている。


 今回、島の管理についてウォルダンテ大陸から使者に対応するためにトルクスタン王子が残ると知って、露骨に喜んだらしい。


 この女がトルクスタン王子のことをカルセオラリアの王族であることを知っているとは思えないが、万一、口説き落とすことができれば、当人の望み通り、将来が保証された玉の輿に乗ることができるだろう。


 カルセオラリアは各国に機械というものを提供しているため、世界で一番、財産を保有している国だと言われているから。


 尤も、ある意味、兄貴以上に女慣れしているトルクスタン王子はかなり手強いと思うけどな。


「リーヴェ」


 聖堂からさらに別の声がする。


「はい!」


 トルクスタン王子に纏わりついていた女は、背筋を伸ばして元気よく応答した。


「それ以上、シオリ様にご迷惑をかけないように」

「はい!!」


 姿こそ見えないが、声の主は、この聖堂を預かることになった正神官だ。


 そこの女の父親でもあるが、この様子を見ると、身内の気安さは全くなく、上司と部下といった印象しかない。


 そして、この正神官は、何故か、栞にかなり傾倒している。


 以前、港町で別れた時はここまでなかったはずだが、この島に来てからずっとそんな感じだった。


 そこにどんな心境の変化があったか分からない。

 栞に心当たりを尋ねたが、困った顔で笑っただけだった。


 なんとなく、その理由は分かっているのだけど、当人が納得できていないような笑み。

 その表情に、オレが知らない間にまた何かやらかしたとしか思えなかった。


『それでは、俺もそろそろ向かう』


 いよいよ、リヒトが大聖堂に行く時間となった。


 栞が、自身の手をぎゅっと握りしめているのが見える。


 オレの場所からは背中しか見えないが、恐らく唇を噛み締めて、いろいろなものを呑み込んで我慢をしているのだと思う。


『シオリ』


 リヒトが栞の前に立った。


『俺を救ってくれてありがとう。お前のおかげで、俺は自分の道を選ぶことができた』


 その言葉と表情に迷いはない。


 オレは、いつか来る栞との別れにあんな顔ができるだろうか?

 できないだろうな。


 恐らく、もっと無様な顔をしてしまうだろう。


「リヒトは、後悔はない?」

『ない』


 栞の言葉にも即答した。


「そっか」


 それを見て、栞は笑ったのだろう。


 リヒトの表情も緩んだ。


 その表情に胸が痛まないはずもない。


 リヒトは間違いなく、栞に好意を持っていた。


 それも、オレが栞に抱くような種類の好意だったのだと思う。

 だが、種族の違い、精霊族の本能がそれを許さなかった。


 栞は「聖女の卵」で、中心国の王族の血を引いて、その上、「祖神変化」までしてしまうという精霊族の天敵だったから。


 その苦悩を、オレはヤツ自身から聞かされている。

 だから、余計に複雑な気分になってしまうのだろう。


『ミオもマオも、トルクにも世話になったな』

「私もリヒトの世話にはなったからお互い様だ」

「私も、随分、世話になったよ。特に、カルセオラリア城では感謝しても足りないぐらいだね」

「俺も世話になった。助けが必要な時は、また呼んでくれ」


 水尾さんも真央さんも、トルクスタン王子もリヒトの言葉にそれぞれ笑顔で応じる。


 そこに湿っぽさは全くなくあっさりとしたものだった。


 この三人は王族だ。

 出会いと別れはオレたち以上に何度も繰り返していることだろう。


 だから、別れに対してもそこまでの感傷はないのかもしれない。


 栞相手に一度は大泣きしたどこかの法力国家の王女だって、二度目の別れの時は随分、落ち着いたものだった。


『ユーヤ、また会おう』

「ああ、また会える日を楽しみにしている」


 兄貴と語るべきことも、もう十分に語ったのだろう。


 意外なほど、短く言葉を交わし合った。


 そして……。


『ツクモ……、俺の気持ちはお前にも十分伝えた』

「おお、十分聞いた」


 余計な言葉まで存分に聞いた。


 だが、この一年間、リヒトの言葉と存在がなければ気付くこともできなかったことは本当に多かったのだ。


『これからもずっとシオリを護ってくれ』

「おお」


 そんなことは言われるまでもない。


 そして、それも伝わっていることだろう。


 だが、リヒトは一瞬だけ、耳に着けていた抑制石を外して……。


『Mach's gut!』


 不敵に笑ってそう告げた後、再び抑制石を耳に戻す。


「あ?」


 だが、文字ならともかく、このオレが耳で聞くスカルウォーク大陸言語を理解できるはずもない。


 マハスグッ……? そう聞こえたが、自信もない。


「おい?」

『気にするな。別れの挨拶だ』

「それなら、抑制石を外す必要ねえだろ!?」


 しかも意味ありげに言いやがったよな?


「まあ、友人に対して使うごく普通の別れの挨拶だな」

「そうだな」


 スカルウォーク大陸言語が主流のトルクスタン王子は頷き、兄貴も応じている。


 だが、別の意味があったように思えてならない。

 何故、オレだけそんな扱いをするんだ?


 他のヤツらにはもっと素直だったよな?


兄弟子(あに)に対して、弟弟子(おとうと)の態度が素直なはずがないだろう?』

「「なるほど」」


 リヒトの言葉に兄貴だけでなく、何故か栞も納得した。


「リヒトくんの場合、九十九くんに対して素直に言わなかったのは、別の要因だと思うけどね」

「そうだよな」


 そして、真央さんと水尾さんは背後でそんな不思議な会話を交わしている。


 なんだ?

 この()け者感。


『ツクモ』

「なんだよ?」

『俺はお前を信じているからな』


 まるで兄貴のような笑顔でそう口にするから……。


「その表情と、これまでの遣り取りがなければ、その言葉を素直に受け止められたと思うんだけどな」


 オレは素直に苦笑するしかなかったのだった。


 こうして、リヒトはオレたちと別れた。


 その再会まで、かなりの年月を要することになるだろうが、オレは弟弟子(おとうと)の信頼を裏切るようなことだけはするまいと心に誓ったのだった。

「Mach's gut!」は「元気でね」のような友人に対する別れの挨拶ですが、直訳すると「上手くやれよ」みたいな意味にもなります。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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