そんな話になってもおかしくはない
「少し前にトルクから結婚相手の斡旋をされた」
わたしがそう口にした時……。
「そんな職業紹介のような言い方をするなよ」
どこか呆れたように九十九はそう言った。
しかし、他になんと言えば良いのか?
「それじゃあ、婚姻先の口入れ?」
「なんで、お前の発想はいちいち時代劇風味なんだ?」
そういう九十九は、「風味」という辺り、料理人っぽいと思う。
でも、そのこと自体に驚きはないらしい。
「驚かないんだね」
雄也さんから先に聞いたかな?
「年齢的に、もっと早くにあってもおかしくはない話だからな」
「そうなの? わたし、まだ18歳だよ?」
人間界なら、早すぎると思う。
いや、古風な家なら幼い頃に決められた許嫁とかそんな話もあるかもしれないけど。
「この世界はどの国も15歳で成人だ。本来なら、セントポーリア国王陛下にお会いした時に、そんな話になってもおかしくはなかったんだよ。実際、情報国家の国王陛下からも軽く打診があっただろ?」
「おおぅ」
言われてみればそうだった。
情報国家の国王陛下から最初に冗談っぽく「寵姫にならないか? 」と問われて、その直後に、息子の「正妃にならないか? 」とまで言われていたんだった。
あの時、九十九も傍にいたっけ。
それなら、驚かないのも無理はないのか。
「あれ? そうなると、この世界では、わたしは行き遅れ?」
英語で言えば、一昔前に使われた「老嬢」ってやつ?
「いや、婚姻はそれぞれの事情もあるから、18歳ならそこまで遅くもない。幼児期に婚約だけして、30歳に婚儀という話もある」
「それはそれでどうなの?」
確かにそれぞれの事情があるにしても、幼児期からの約束にしては、遅すぎないかな?
「婚姻はタイミングらしいからな」
それは人間界でもよく耳にするけど、やっぱりどこか納得できない。
「それで、お前はどうしたいんだ?」
「正直、会ってから考えたいとは思うけど、カルセオラリアの王子命だからね~。受けざるを得ないんじゃないかな?」
対するわたしは一般人だ。
まあ「聖女の卵」という肩書や、セントポーリア国王陛下の血を引いているという問題はあるけれど、それを知らない相手にとっては、関係ないに等しい話だろう。
「お前が嫌がるなら、兄貴もオレも阻止するぞ」
そんなとんでもないことをさらりと言ってくれる護衛。
「九十九や雄也さんにそれをさせたくないんだよ」
そんなことをしたら、今よりもずっと状況が悪くなる。
カルセオラリアの王族に貸しを作ってはいるものの、それが逆らって良いと言う免罪符にはならないのだ。
「トルクも無理強いはしないと言っているだろ?」
「でも、ローダンセの王族に仕える人が相手だよ? カルセオラリアの王族が持ち掛けた時点である程度決まっていると思って向こうも動いているんじゃないかな?」
だから、トルクスタン王子はわたしを連れてローダンセに行こうとしているのだとも思う。
「そうすることで、あの会合でカルセオラリアの中心国に留まることを積極的に賛成しなかったローダンセに少しだけ、注意を向けられるからね」
ローダンセが賛成しなかった理由は単純に明確な利がないからだ。
特に反対する理由もなさそうに見えた。
ウォルダンテ大陸の中心国であるローダンセからすれば、別の大陸であるスカルウォーク大陸の中心国がどの国であろうと関係ないのだろう。
だが、今回のこの島のことで、カルセオラリアの王子から余計な口出しもあった。
ローダンセは内心穏やかではないだろう。
そのカルセオラリアの王子が自国の王族に仕える人の婚姻相手を世話してやるという言を反対せずに呑むことで、逆にカルセオラリアの王族に貸しを作ろうと考えているかもしれない。
わたしがそれを含めて説明すると……。
「あ~、なるほどな~」
九十九も納得したようだ。
「まあ、逆にわたしを引き受けないで、仲介役であるトルクの顔を潰すことも考えられるけどね」
「そっちの可能性の方が強そうだな」
「ただその相手って、魔法耐性が一般的な王族並みに強い相手というのが婚姻相手に望む最大の要件らしいから、案外、あっさり承知されるかもしれないとも思っている」
トルクスタン王子の話ではそんな感じだった。
他国の人間であっても、そこが一番重要な部分らしいからね。
魔法耐性が無駄に強いわたしはその相手にとっては、「理想」として受け入れられると思っている。
「あ?」
「性格とか顔の美醜とか容姿とか、出身、身分、立場よりも魔法耐性が重視される婚姻らしい」
ある意味、中身を重視されている。
まあ、嬉しくもないけど。
「お前はそれでも良いのか?」
九十九が鋭い目を向けるが……。
「わたしも婚姻相手を選べる立場にないからね。大神官さまの話では、その方は法力の才もあまり持っていないらしいから、『聖女の卵』の相手としては悪くないらしい」
わたしが誰かを選ぶなら、法力の素養を持たない人の方が良いらしい。
一応、僅かながらもわたしは、「神力」を持っているのだ。
だから、婚姻相手に対して、不自然なまでに、その法力を増大させてしまう可能性が高いことが理由に上げられる。
「お前の父親と母親には?」
「母親はともかく、父親はいないものとして育っているからね。決まったら伝えるかもしれないけど、まだ何も決まっていない現時点では言うつもりは全くないよ」
まあ、雄也さんから伝えられることにはなると思っている。
もしくは、母親から伝えられることになるかもしれないけど、わたしは直接、伝える立場にないのだ。
そこは、父とされる人間も分かっていることだろう。
「先に伝えておけ」
だが、九十九はそんなことを言った。
「決まった後から聞かされた方が、もっとずっと問題だ」
「そうなのか」
そう言いつつも、九十九の言葉には妙に説得力があった。
「セントポーリア国王陛下は『俺が認めぬ限り、誰にもやらん』と言っていたぐらいだからな」
「何、それ。誰かにやるとかやらないとか、わたしはセントポーリア国王陛下の所有物ではないのだけど?」
ちょっと呆れてしまう。
でも、確かに、一応、その血が流れているって分かっているのだから、国の間でのいろいろなものもあるだろう。
わたしが勝手に決めるわけにはいかないのかもしれない。
「単純にその場にいた情報国家の国王陛下に対する牽制だったと思いたいが、酒の席の話だったからな。真意は分からん」
「なんで、国王陛下たちのお酒の席に九十九が立ち合っているの!?」
「千歳さんもいたぞ」
「いや、そこに驚きはないよ」
母だから、「なんでもあり」なのだろう。
でも、九十九がその中にいるのは何か違う気がするのだ。
「オレだって、なんであんなことに巻き込まれたのか分からないんだよ」
「ああ、『どうしてこうなった? 』ってやつか」
この世界ではそれがあまりにも多すぎる。
「因みにその相手がどんな男かは聞いているのか?」
「まあ、その人の血縁であるトルク視点、雄也さん視点、あと大神官さま視点で一応聞いている。悪くはない人らしいよ」
「そうか……」
「あと、自分視点でも少々?」
「あ?」
ここで、これまでほとんど表情を崩さなかった九十九に変化があった。
「雄也さんの話では、わたしが人間界で会ったことがある人らしい」
「マジか!?」
「中学のアルバムでも確認してもらったから間違いないかな」
実際に九十九がいないところで対面もしていた。
だから、ほぼ確定だと思っている。
「まあ、あまり話したことはない人だったけれどね」
いや、実際、あの人と会話した同級生ってどれくらいいるんだろう?
無口にもほどがあるというような感じだった。
それでも、かなりモテモテだったのだから、顔が良いってそれだけでお得なのだろうね。
「それで、九十九はどう思う?」
「最終的にはお前の意思に従う。自分の目でちゃんと見極めろ」
そうだよね。
九十九はそう言うと思っていた。
そして、雄也さんも、恭哉兄ちゃんも反対はしないような相手だ。
だから、九十九だって反対してくれるとは思っていなかった。
「だが、お前が嫌なら、オレは王族命であっても全力で止めてやる」
「ほ?」
それでも、九十九はそんなことを言ってくれた。
「あとのことは気にするな。」
「でも、話が進んだら、『やっぱりなし! 』なんてできないよ?」
「大丈夫だ」
わたしに甘い護衛はそんなことを言った。
だけど、この時のわたしたちは知らない。
この話を全力で推し進めようとするのが、この青年になることを。
それを知るのは、ほんの少しだけ先の話。
わたしに甘い護衛は、どこまでもわたしの気持ちを無視して、わたしの未来しか考えてくれないのだった。
今回出てきた「老嬢」という単語は、明治時代の和製英語です。
一昔前以上の話ですね。
現代では死語だと思います。
最近の若者どころか、年配の方でもご存じはないかもしれません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




