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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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男たちに明日はない

「それでは、この島の聖堂は正神官であるシンアン殿にお任せすることになるが、近々、ウォルダンテ大陸の人間たちもこの島に足を踏み入れることになる点は承知か?」


 茶色い髪の青年は、念を押すかのように確認する。


「承知しております、トルクスタン王子殿下。私は矮小なる身ではありますが、身を粉にしてこの島のために尽くす所存でございます」


 それに対して、小豆色の髪をした壮年の神官は、カルセオラリアの最敬礼を取りながらそう応えた。


 相手がカルセオラリアの王族と分かった上で、臆することのないその姿を見て、黒髪の青年は出会った時との印象の違いを不思議に思っていた。


 黒髪の青年はこの壮年の神官と、港町で主人と弟を介して出会った。


 港町で酒場を切り盛りしている男など、さぞ、屈強で柄の悪い容姿だろうと思って会ってみれば、気が弱くおどおどした壮年しかそこにいなかったのだ。


 話を聞けば、神官を還俗し、酒場を経営していたのは良かったが、可愛がっていた娘が行方知れずになり、かなり気落ちしていたという。


 その点において、多少なりとも同情の余地はあったが、その娘が下種な神官手籠めにされ、それを知った後でも、その神官に対して何の行動していなかった。


 当人たちがいない所で一人憤るだけなら、誰にでもできるのだ。


 その一連の流れは、黒髪の青年としては嫌悪と軽蔑の対象であり、弟から報告を受けた時、かなりの腹立たしさを覚えていた。


 人の好い主人が望まなければ、その酒場の手伝いをしたことを後悔するほどに。


 尤も、その人の好い主人は、その娘がそんな目に遭った上、行方不明になったことまでは、知らなかったようだが。


 それら事実を知れば心を痛めると分かっているので、黒髪の青年もその弟も、今後もその詳細を言うつもりはないだろう。


 そして、その娘は、やはり今回の件に巻き込まれていたようだ。


 アリッサム城だった建物にて捉えられ、「穢れの祓い」と称して下種な輩たちの慰み者になっていた女たちの中にいたらしい。


 大神官が確認し、本人であると断定した。


 被害になった女たちの中でも法力の気配があった者たちは全て、行方不明とされていた元神女たちであったために、その特定は早かったらしい。


 精霊族の血を引いていた女たちは、この島の出身者だった。


 だが、全ての女の身元が分かったわけではない。


 女たち自身から話を聞きだした限りでは、身寄りのない者も少なくなかった。


 あの場所で生かされていた女たちは、全員、無事とは言い難い状態ではあったが救出され、大聖堂へと送り届けられている。


 そして、女たちは身体の傷は欠けた部分も含めて全て癒され、投与された薬の離脱症状までも完全に中和、解毒されている。


 身体の欠損まで癒されたと聞いた時は、茶髪の青年も黒髪の青年も自分の耳を疑ったが、高位の神官の中にはそういった治療を得意とする者もいるらしい。


 だが、その身体から薬が抜けた後も、心身ともに傷付いた女たちのほとんどは心を病み、社会復帰はままならないような状態だったらしい。


 だが、大聖堂内では自死も選べない。


 神々は、寿命以外の人間たちの死を喜ばないため、死に至るほどの傷を負っても、死にきれないのだ。


 そこで、大神官は女たちに選ばせた。


 このまま時が傷を癒すのを待つか。


 忌まわしい時期の記憶を封印するか。


 完全にこれまで生きてきた記憶を消して、新たな人間として歩むか。


 あるいは、自分たちに危害を与えた男たちを探し出して、自分の手で何らかの処置を行うか。


 ほとんどの女は記憶の封印を選んだ。

 絶望に陥った時期だけを忘れることができれば生きていけると判断したのだろう。


 身寄りのない女たちの中には記憶を真っ新にしたいと願った者もいた。


 これまで生きてきた人生を完全に消去(否定)したいらしい。


 精霊族の血を引く7人の女たちは、この島に戻らず、自分たちを穢した男たちを探し出し、自分の手で制裁を加えると意気込んでいたと聞いている。


 その男たちの手がかりも、大神官より与えられたために、見つかる可能性は格段に上がることだろう。


 その数は、予想以上に多かったのだが、精霊族の血を引く者たちから見れば、その全てが徒党を組んだ所で大した脅威にもならないらしい。


 もともと精霊族たちを含めて、女たちは、魔法や法力などの能力を封印された上で捉えられていたのだ。


 それらが解放されれば、「神の遣い」である精霊族の血を引く者たちは、普通の人間風情に簡単に負けることはなくなる。


 誇りの問題もあった。


 精霊族たちは「神の遣い」であるにも関わらず、みすみす相手の罠に嵌り、捕えられた上で、人間たちの食い物にされてしまったのだ。


 その屈辱は計り知れない。


 しかも、自分たちの手で制裁を与えると宣言した精霊族たちは、大神官より精霊族でも使えるような法具を与えられたそうだ。


 男たちに明日はない。

 誰も、同情することはないが。


 しかも、その日のうちに、大聖堂やストレリチア城下で血溜まりがいくつも発見されることになったとこの場にいる人間たちは聞いている。


 大聖堂にも城下にも、害意を持つ者に対して結界の存在があるはずだが、その日は何故か作動しなかったらしい。


 その理由はそれぞれの結界を管理しているストレリチアの王族と、大神官のみが知る事実だろう。


 この島に常駐することになった神官の娘は、意外にもこれまでの全てを抱えて生きていくことを選んだ。


 大神官は時折、起こるであろう忌まわしい出来事の逆行再現(フラッシュバック)の説明もしたが、娘のその考えは変わらなかったそうだ。


 そして、再神導(しんどう)をした後、下神女となってこの島で父親を手伝うことにしたらしい。


 確かに正神官の手伝いなら下神女でも十分だった。


 しかも、実の親子だ。


 身内に対する多少の甘えは出てしまうことはあっても、普通の神官と神女を二人きりにして過ちが起こる可能性があるよりはずっとマシだろう。


 因みに記憶を消すことなく、この島で正神官となった父親を手伝いたいと言うのは、純粋なる善意からではなかった。


 そして、その理由については、後日、それを聞いた大神官を除く人間たちを驚愕させることになる。


「ウォルダンテ大陸の人間たちばかりではありません。恐らく、それより先に情報国家イースターカクタスの人間たちもこの島に来ることでしょう」


 黒髪の青年は小豆色の神官にそう言葉を投げる。


「それについてはいかがお考えでしょうか?」


 それはどこか挑発的な笑みだった。

 その表情と投げかけられた問いに、小豆色の神官は穏やかな笑みを零しながら答える。


「好きなだけ、ご覧になっていただきましょう」

「何!?」


 驚きのあまり反応したのは茶髪の青年だった。


 それとは対照的に、黒髪の青年の方は落ち着いたものだ。

 寧ろ、その答えを予測していたかのようでもあった。


「この島のことを情報国家に知ってもらうのは好都合でしょう。ウォルダンテ大陸による管理の杜撰な常態が明らかになるだけのことです」

「既に大神官猊下による聖堂の建立がなされている上、そこに常駐している貴殿にもその手は及ぶとは思いませんか?」


 黒髪の青年はどこか楽しそうにそう確認する。


 その様を見て、茶髪の青年は肩を竦めた。

 明らかにこの言葉の遣り取りを楽しんでいるのが見て取れたからだ。


「愚拙如きを調べたところで、一度、還俗したことや娘のことぐらいしか分からないでしょう。それにストレリチアにはまだこの島の現状は伝わっておりません。大神官猊下が聖堂建立をなされたのは、娘可愛さでこの島を調べていた愚拙の言葉によるものです」


 茶髪の青年は素直に感心する。

 それらの言葉に嘘はないからだ。


 この茶髪の青年がこの島の現状を伝えたのは自国と、ウォルダンテ大陸の中心国であるローダンセのみ。


 ローダンセが他の5カ国に伝えてはいるようだが、当然ながら自大陸の不始末を全く関係のないグランフィルト大陸のストレリチアに伝えているとは思わない。


 この正神官は精霊族に興味があったが、この島は聖域であったために、自身は近付かず、島の外から資料や港町での噂話を収集していたらしい。


 黒髪の青年がこの島から神官に対して接触を図ったことは伏せた上で、大神官に提言したことも偽り部分がなかった。


 だが、黒髪の青年の評価は違った。


「大神官猊下より、情報国家に対する助言は受けているようですが、まだ隙があります。それでは、かの国の国王陛下には容易に見破られますよ」


 まるで、一般人であるはずのその青年が、情報国家の国王陛下と対面したことがあるかのように、そう口にしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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