遺留物扱い
「中心国の王たちの毛髪をこの建物のあちこちに散らすのは面白いけど、後々、面倒なことになりそうだよね」
「少なくとも、このアリッサム城で王族たちの身に何があった? ……って話にはなりそうだよな」
「抜け落ちたものだから大丈夫だと思うけどね」
先ほどまでの王女らしい姿を見せてくれた方々とは思えない言葉の数々に、オレは額、トルクスタン王子は後頭部を撫でていた。
なんとなくだ。
深い意味はない。
絶対に。
「流石に、毛髪を原形のまま使いませんよ」
真央さんの言う通り、後々、面倒なことになりかねない。
「髪の毛は粉のようにしても、魔力を保有しています。魔石の粉に混ざれば、当人や真央さんのように魔力の識別すら可能なほどの鑑定能力を有していない限り、属性の判別ぐらいしかできません」
「髪の毛を粉……」
トルクスタン王子はさらに後頭部を気にする。
「へ~。髪の毛ってそこまでしつこいんだね」
「しつこいって言うな」
さらにトルクスタン王子はどこか感心したような真央さんの言葉に過敏な反応をする。
「それに、仮に魔石の粉とともに、鑑定されても、その結果はどこも公表はできないと思っています」
「それは、どうして?」
「まず、どの中心国も疑われたくないでしょう。魔力の残滓があるということは、その人間がアリッサム襲撃に関わっている可能性があるということです」
「ああ、そうか。犯人の遺留物扱いとして処理されるのか」
だが、そこにあるのはあのストレリチアの会合に参加した中心国の国王たちや、それに近しい人間たちの魔力だ。
大半は嵌められたと思うだろう。
そして、どこの国も自国の人間たちの魔力や、他の中心国の国王陛下たちの魔力はなんとなく分かっても、従者たちの魔力まで特定はできないと思う。
従者たちは文官だけでなく、身の回りの世話や護衛たちだっていたのだ。
その全てを知っているとしたら、情報国家ぐらいか?
「さらに、自分の国王たちの魔力を僅かとはいえ、盗まれたことにもなります。そんなことはどこの国でも堂々と公表はできないでしょうね」
普通なら、本当に微々たるものだろう。
だが、王族というのは血の一滴、髪の毛一本に至るまで、恐ろしいほどに魔力が強い。
その僅かな魔力の量でも、最低ランクのクズ錬石に魔力を込める程度まではできてしまうのだ。
「ところで、髪の毛を粉状にするって発想はどこからきたんだ? 調薬か?」
「薬で髪の毛はあまり使いたくないですね」
髪の毛を粉状にするという発想は、言わずと知れた情報国家の国王陛下から得たものだ。
あの国王陛下は自らの髪の毛を「印付け」として、栞の髪に振りまいて、その居場所を突き止めた。
粉状になった髪の毛はなかなかしぶとくしつこく、栞の髪から離れなかったので、本当に大変だったのだ。
まあ、結果として、その一部だけ回収はできてしまったわけだが……。
「いや、服用じゃなくて塗布用なら問題ないだろう?」
「ああ、そうですね」
オレは薬というと、飲むイメージが強すぎるらしい。
だが、逆に、治癒魔法などが使えない人間たちにとっては、血止めも、消毒も、皮膚の再生なども塗布が多いのだ。
それでも、衛生的にどうかと思ってしまうのは、髪の毛……、というより頭皮には、様々な細菌や真菌が存在するという人間界で得た知識の印象が強いからだろう。
「他人の髪の毛……、抜け毛予防になるだろうか?」
そこで阿呆な方向に食いつかないで欲しい。
そして、真面目に考え込まれると本当に困る。
「他人の髪の毛を自分の頭に塗布なんかしたら、互いの魔力が反発し合って禿げ上がるかもよ」
無情なる真央さんの言葉にトルクスタン王子は絶句した。
「そんなんでいちいち魔力が反発してたら、人毛でヅラなんて被れないと思うが……」
その様子を見ながら、水尾さんはどこか呆れたように呟いている。
この世界のウィッグは、人間界と同じように人毛でできたものと、人工的に作られたものがある。
だが、こんな話で盛り上がってしまうのは何故だろうか?
多分、トルクスタン王子が過剰に反応してしまうせいだろうと思う。
それに気付いているから、真央さんも水尾さんも揶揄いたくなるのだろう。
まだ20歳なのに、もう気になるのかと思もわれるかもしれないが、男というものは年齢に関係なく、頭髪、頭皮が気になってしまうものなのだと擁護したい。
「因みにそれ以外に案はある?」
トルクスタン王子を揶揄うことに、ある程度満足したのか、真央さんは再びオレを見る。
「時間を掛けて良いなら、空っぽの錬石を置くのが一番良いのですが、時間的に難しいかと」
「「錬石?」」
オレの言葉に、天然魔石に囲まれていた魔法国家の王族たちは揃って不思議そうな顔をして……。
「ああ、なるほど」
人工魔石が主体の機械国家の王族は一人、納得した。
「トルク! 説明!!」
真央さんは何故か、オレに確認せず、トルクスタン王子に説明させようとする。
「空錬石は、大気魔気が濃い場所に置くと、自然とその周囲の魔力を吸い込むんだよ。時間はかかるし、周囲の大気魔気に左右されるから、好きな属性は選ぶことはできない」
しかも、錬石の質に左右される。
「時間がかかるってどれくらい?」
「質によっては年単位だと聞いている」
「長っ!?」
ある意味天然魔石を作るようなものである。
だが、人間が意図的に魔力を込めるよりは、その錬石自らが相性の良い魔力を選んで吸いこむことが多く、劣化しにくくなり、魔石としての質は良くなる。
だから、馬鹿にはできないのだ。
「現実的には魔石の粉をばら撒くのが最善か」
水尾さんが考え込んだ。
「いえ、最善は違いますよ」
「「「え!? 」」」
オレの言葉に、三人の王族は固まった。
「ま、まさか、他にも案があるの?」
「それも、最善の?」
真央さんと水尾さんが恐る恐る確認する。
「マオとミオがここで魔力を解放するのでもなく、魔石や魔力の籠った髪の粉を撒くのでもなく、錬石に吸い取らせるのでもない方法があるのか?」
「はい」
腹案としていろいろ出しただけで、できなくはないけれど、あまり現実的ではないことは分かっている。
オレの本命はもともと別にあった。
だから、それ以上の方法を他に思いつけば御の字であっただけだ。
だが、残念ながら魔力に詳しい人間であっても、やはり短時間で結果を出す方法なんてどうしても限られてしまうらしい。
「もともと、今回の話は一部の下種な神官たちのやらかしなのですから、ちゃんと神官たちに責任は取らせましょう」
「「「あ? 」」」
また三人が声を揃えて固まった。
「事後処理の全ては大神官猊下を始めとするストレリチアの『大聖堂』に押し付けます」
オレもそう思ったし、兄貴もそう結論付けている。
自分たちの手に余る。
それだけ今回のことは面倒で厄介な話だったのだ。
「ここにオレたちの魔力が残っていても、それを浄化してくれるように大神官猊下にはお願いしています」
正しくは交渉だ。
今回、オレたちが持ち帰った情報やそれに伴う物的証拠たちと交換することでそれを願っている。
大聖堂からすれば、今回の話は一部の神官たちに対する管理、監督不足だ。
それを露呈させたくはないが、このまま不良神官たちを野放しにもできない。
その上、気の毒なことに、若く美形な大神官の命で、何の損得無しに動いてくれるような人間たちは限られている。
カリスマがないわけではない。
逆だ。
あの方は崇拝され過ぎて、危険思考を持つ部下が多いのだ。
大神官は最低限しか動けなかった。
そのためにオレたちが巻き込まれて、しかも、勝手に動いて大掃除を始めたのは、あの方にとっては計算外であっても、僥倖でもあったとは思う。
だから、後片付けの方はしてもらう。
一番、面倒な情報国家を押さえてもらうだけで良いのだ。
ある意味、大神官にとっては楽な仕事だと思っている。
いずれにしても、今回のことで、行方不明とされている「魔法国家の王族」も被害者の一人となったのだ。
その血縁である法力国家の王子殿下も、秘密裏に後処理には協力してくれることだろう。
「そんな手段があるなら、先に言え」
トルクスタン王子は呆気にとられながらもそう言い、水尾さんと真央さんも無言で頷いていた。
「オレたちは、あまり『大聖堂』に借りを作りたくないんですよ」
神官たちを統率する立場にある大神官は味方かもしれないが、それらを統括する「大聖堂」は、「聖女の卵」にとって、味方面した敵でしかない。
今回は利害関係が一致したが、できれば恩だけを一方的に押し付けたかった。
残念ながら、その点は自分たちの力不足だ。
そこは認めよう。
「だからと言って、これ以上『大聖堂』に貸しを作るつもりなのか?」
だが、水尾さんは何故か、呆れたようにそう言ったのだった。
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