証拠隠滅
「さて、仕上げといきますか」
真央さんが、そう言いながら、玉座の間だった場所に立った。
玉座はない。
この場所は吹き抜けになっており、その黒い天井には色とりどりの着色玻璃が細かく張り巡らされている。
それは天窓としての採光の意味はないようで、玻璃っぽいのは分かるが、透けていなかった。
そして、人間界の教会にあるステンドグラスように宗教画や、何かを表しているようには見えない。
その配置に意味や法則性を見出せないのだ。
ただ様々な形や色の着色玻璃を、無造作に天井に張り付けているだけのように見える。
だが、妙に気になった。
ここにカメラがあれば、兄貴にもこの図を見せて判断して貰えるのだが、残念ながらこの世界のカメラはオレが知る限り、法力国家の王女殿下しか持っていない。
できる限り、覚えて帰るしかないのか。
メモを取り出すと、できる限り図案化するが、どうやら、オレには絵の才能がないらしい。
「仕上げ?」
真央さんの言葉に水尾さんはきょとんとしている。
「残留魔気の排除。ここを無人とするなら、この状態のままにしておくわけにはいかないでしょう? ちゃんと証拠隠滅しておかなければね」
「証拠隠滅……」
そのどこか物騒な響きをする単語に、水尾さんは顔を顰めた。
実際、周囲に漂っている気配は、オレがいろいろやったせいで、風属性の大気魔気が非常に強くなっている。
このまま、別の人間がこの場所へ現れたら、まず、間違いなくシルヴァーレン大陸の人間たちが、世界中から疑いの目を向けられることになるだろう。
アリッサムという国の消失に関わったとして。
「だから、この周囲の大気魔気だけでも上書きしておきましょうという話だよ」
「どうやるんだよ?」
「特別なことはしないよ。でも、私とミオが体内魔気を解放するだけで、この建物にある雑多な大気魔気は外に放出されるとは思う。元がアリッサム城だから、火属性の魔力が染み付いていることは問題ないでしょう?」
「雑多……?」
水尾さんがオレとトルクスタン王子の方を見る。
「トルクはともかく、九十九の魔気は雑多じゃないだろ?」
「酷い!! 一応、俺はカルセオラリアの王族だぞ!?」
「この建物で様々な魔法を使いまくった九十九くんはともかく、トルクはほぼ何もしてないから仕方ないね」
トルクスタン王子は今回、オレ以上に働いていた気がするのだが、幼馴染の評価は厳しいらしい。
しかも、心を落ち着かせる薬草を飲ませた方法はともかく、ほとんどの女の口に薬草を突っ込んだのはオレではなく、トルクスタン王子だってこともちゃんと伝えているのに。
でも、その表情から、本心から言っているわけではなく、トルクスタン王子を揶揄っているだけだということも分かる。
「でも、ずっとアリッサム城に人の気配がなければ、その火属性の気配が残っているのも不自然じゃないか?」
「変に他国の人たちの気配があるよりはずっとマシだよ。それに、アリッサムの王族は、まだ行方不明でしょう? 発見直前までこの場所で捕らえられていたと思われる可能性もあるんじゃない?」
「あの情報国家がそんなに甘いと思うか?」
水尾さんはここに情報国家が入ってくることを予想している。
まあ、この建物はアリッサム消失の重要な手掛かりだ。
来ないはずがない。
そして、オレたちの考える以上に情報を集めようとすることも。
「思っていないけれど、確実な証拠が少ない状況ならば、世界各国に不確定な情報を公にすることはしないとは思うよ」
真央さんもここに来るとは思っているらしい。
だが、確かに情報国家の名に懸けて、不確実な情報を他国に公表することはないだろう。
どちらの言い分も分かる。
「でも、マオの案だと、アリッサムの王族がこの城を浮かばせていたと疑われないか?」
そこで、トルクスタン王子は別視点の問題点を指摘する。
確かに火属性の濃い魔力が、この空間にあれば、そう思われる可能性が高いだろう。
真央さんにしても、水尾さんにしても、その纏っている火属性魔力が強すぎて、確実にアリッサムと分からないまでも、フレイミアム大陸の王族がここにいたことは伝わってしまうのは間違いない。
「でも、他の国の人間たちを巻き込むよりは良いと思うんだよね。私たちがここにいたことがバレても、どこにいるかが分からなければ、これまでと同じじゃない?」
「王女たちの生存について半信半疑と確定ではその意味が変わる。生きていると分かれば、お前たちに対する追跡の手が増えるぞ」
トルクスタン王子はこの二人に追跡の手がかかる可能性があるのを避けたいらしい。
「この城の発見の報が伝わった時点で増えるでしょう。同じことだよ」
真央さんはそう言って笑った。
「ところで、九十九はさっきから何してるんだ?」
「上の天井の写しを少々」
三人から離れて、上を見ていたことが気になったのだろう。
水尾さんが声をかけてきた。
いや、これは話し合いに参加しろと言うことか?
「天井の写し? ああ、上にある『宝珠天道図』のこと?」
真央さんもそれに反応する。
「『宝珠天道図』……?」
「この世界の魔力の流れらしいよ。全てが『宝珠』によって作られているって聞いている」
それは良いことを聞いた。
だが、この世界の魔力の流れ?
壮大すぎて、よく分からん。
「あれが全て『宝珠』だと?」
トルクスタン王子は茫然とする。
確かに「宝珠」は、天然の「魔石」の中でも最上級の「宝石」と呼ばれるものをさらに磨いたものだ。
この世界でも、かなりの金を持っていると言われているカルセオラリアの王族でも呆けたくなるのは分かる。
「アレを作るために、数年規模じゃなく気の遠くなるほどの年月をかけたとは聞いているけどね」
「でも、未完成なんだよな?」
「それを言わないの、ミオ」
しかも、完成していないらしい。
今、聞いてはいけないことを聞いてしまった気さえする。
「だが、あれだけの量だ。ここを利用していたヤツらによくも、盗まれなかったな」
「気付かなかったんじゃないの? 実際、トルクも気付いていなかったし」
「トルクは鈍いから」
「お前ら毎回、酷いぞ」
これだけの規模だ。
すぐに気付かれなかったとしても、これまで一度も誰にも気付かれなかったとは思えない。
しかも、あの玻璃に見えるものは「宝珠」らしい。
たった一粒でもかなりの価値がある鉱石を研磨したもの。
少なくとも、手を伸ばそうとしたヤツはいたんじゃないだろうか?
「九十九くんは、アレに触れたいと思う?」
「いえ、全く」
真央さんから問われて即答する。
どれだけ価値があるかは分からないが、アレに手を伸ばしたいとは思わない。
それは、綺麗である程度完成されている物を自分の手で崩したくないと言うよりも、どちらかというと……。
「死にたくなければ手を出さない方が利口だからね」
真央さんはそう言った。
「アレって、実は、多重構造になっていて、天井板に黒い玻璃に散りばめられた様々な宝珠となっているのだけど、その手前に薄い『魔封石』と、『吸魔石』と『吸命石』で織った布で覆っているんだよ」
魔法封じ、魔法力吸引、生命力吸引の効果がある魔石か。
織ったと言うことは、それらの魔石を細い糸状にしたときことだろう。
見事に盗人を過剰攻撃するためだな。
しかも、そう説明されても、本当にそこにその布があるかどうかも分かりにくいほどの高さだ。
あの天井はなんとなく嫌な気分がしていたから、浮遊してまで近付こうとは思わなかったが、そんなものがあれば、近付くだけでそれらの効果を発揮されていた可能性がある。
好奇心に負けなくて良かった。
「それが、盗難対策というのは分かるが、それは取り付けるだけでも命懸けではないのか?」
「そうだね。大変だったらしいよ。まあ、それ以上は一応、私からは言えないけどね」
トルクスタン王子の言葉に真央さんは笑いながらそう答えた。
これ以上は極秘事項らしい。
「ところで、残留魔気の方は……」
水尾さんが再び話題を戻そうとして声をかけるが……。
「ああ、それは大丈夫ですよ」
オレはそれを途中で止めさせた。
「「「は? 」」」
三人の王族からの注目。
「その辺り、何も考えずにオレが魔法を使っていたと思いますか?」
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