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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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できないことを無理にやる必要はない

「ツクモもユーヤと同タイプか?」


 私たちはすぐ近くにあった通路のように長い形の、何もない部屋に隠れて、ミオと九十九くんの会話を立ち聞いていた。


 そして、その一連の遣り取りを見ていたトルクは、どこか溜息交じりにそう口にする。


「いや、ユーヤは計算しているけど、九十九くんの方は無自覚だと思うよ」


 見事にがっちりと胃袋を掴まれているミオのチョロさになんとも言えない気分になりながらも、私はそう答えた。


 ミオも、この建物の中で、王族として最低限の教育を受けていたはずなんだけど、その成果はなかったらしい。


 確かにあの青年の料理は美味しいので、気持ちは分からなくもない。


 人間界の料理も美味しくて感動したのだが、この世界で、それを越えるほどの料理を毎日のように振舞ってくれるあの青年は凄すぎる。


 彼の料理を食べてしまったら、もうアリッサムの料理にも、カルセオラリアの料理にも戻れる気はしなかった。


 美味しい料理などできないと、だから、仕方ないと諦めることができたのに、その気になれば、この世界でもあれだけの料理が食べられると証明してくれたのだ。


 この部分に関しては、あの後輩が本当に羨ましいと思う。


「トルクは、料理ってできるっけ?」

「俺の立場的に料理の腕が必要だと思うか?」

「……だよね」


 私たちは王族だ。

 だから、料理人の仕事を奪うわけにはいかない。


 でも、アリッサムの料理人は、料理人を名乗ってはいけないと思うんだよ。


 この城から出て、他大陸のあちこちで料理を口にしてから、その気持ちは強くなった。


「だが、恐らく、お前たちよりはマシだ」

「良し! その喧嘩を言い値で買おうか?」

「王女が阿呆なことを言うな」


 トルクがそう言いながら、私の肩に手を乗せる。


「俺たちは俺たちの仕事がある。できないことを無理にやる必要はないのだ」

「でも、料理はできた方が良いと思うんだよ」


 後輩たちと共に過ごすようになってそう思うことが増えた。


「私もミオも、いつまでも王族気分ではいられないからね」


 すぐ近くの壁を撫でる。


 間違いなく、この建物はアリッサム城だった。

 この壁からはあの頃の魔力をほとんど感じなくなっているが、まだ少しだけその名残がある。


 神話の時代から存在すると言われた城。


 それは、王族たちを逃がさないための頑丈な籠。


 そして、強い魔力保持者を逃さないずば抜けた加護。


 ある程度、大気魔気の流れに敏感だった者たちなら分かったことだろう。


 アリッサム城のあった地は、間違いなくこの世界で一番、強力な神の力が宿った場所だったと。


「ここは、『女王の間』か」

「よく覚えているね。トルクは数回しか来てないはずなのに」


 この部屋は、壁一面に魔法国家の頂点に君臨していた女王たちの姿絵があった場所だった。


 でも、今は何もない。

 これが、魔法国家の末だと言われているような気がした。


「印象強い部屋だったからな」

「似たような顔ばかりだったからね」


 ここに飾られていたアリッサムの女王陛下たちは、本当に複写したかのように同じ顔ばかりだった。


 特にここ数代は本当にそっくりすぎて不気味なほどである。

 違いは瞳の色や髪の色、服装や、髪型ぐらいだろうか?


 実際、一番上の姉と、私たちの母親もよく似ていたと思う。


 それはまるで、同じ顔、同じ体型でなければ、あの国の女王にはなれないのだと思わせるほどに。


 遺伝子が強すぎるのかもしれない。

 初代から始まる数代は全く系統が違う顔だったのに。


 整っているのに誰からも親しまれ、愛される顔をした「初代(救国の神子)」。


 それが、完全に変わってしまうのは、約六千年前。


 強い魔力を持ちながら、その昔、魔法が使えなかった女王の代からだった。

 まるで、何かを忘れるなと言わんばかりにそこから顔の系統が変わってしまうのである。


 強い魔法使いだと分かっていても、周囲が可愛らしくて護ってあげたいような雰囲気を醸し出しているお姫様な女王から、人を寄せ付けない勝ち気で気の強さが前面に押し出された姫騎士のような女王に。


 後輩のようなタイプから、ミオのようなタイプに変わったといえば、分かりやすいか。


 いや、あの後輩もその小さくて平和そうなあの外見に騙されてしまうけど、その中身はしっかり戦うお姫様だけどね。


「この部屋で俺は自分の好みを自覚したんだよな~」

「そう」


 ……なるほど。


 トルクがカルセオラリア城に現れた姉に一目惚れをしたのも、この部屋の刷り込みがあったということか。


 威圧感、凄かったからね、ここの部屋に並ぶ歴代女王たちの姿絵。


 でも、私はここにあった数千枚を超える絵のほとんどは覚えていない。


 印象強く名前とともに記憶しているのは、端にあった初代から数代先と、当代から数代ほど前ぐらいだった。


 どちらも両端にあったのと端と端で印象が全く違ったためだろう。


 漠然と、自分の姉の絵も数年先に、この場所に並ぶのだろうなと思ったことだけは覚えているのに。


「マオ」


 トルクから声をかけられ、何故か額に口付けられた。


「大丈夫か?」

「何が?」


 口付けられたところを手で拭きながら答えると、トルクは困った顔をする。


「この部屋はマオにとっていろいろ辛いだろう?」

「別に。ただの部屋でしょう?」


 細長く広いだけの何もない部屋だ。


 そんな場所に思い入れなどあるはずがない。


「ここは昔、()()()()()()()()()だろう?」

「そんな昔のことなんか忘れたよ」


 いつまで引きずっていると思われたのだろうか。


 私がこの部屋に逃げ込んでいたのは、人間界に行く前までの話だ。


 人間界という見知らぬ世界に足を踏み入れる前日に来たのを最後に、この部屋には来なくなった。


 情報の更新がされていないと先輩(ユーヤ)なら笑うだろう。

 そう思っただけで、自然と笑みが零れる。


「こんな狭い世界に閉じ込められるのは二度とごめんだと思ったからね」


 人間界という「異世界」を知って、私は自分のいた場所がどれだけ閉ざされた世界だったかを理解したのだ。


 そして、女王陛下のためだけに生きるという目的の馬鹿らしさにも。


 この国の王族に生まれた以上、それは仕方のないことだと思っていた。

 だけど、それ以外の生き方も知ったのだ。


 自分がその選択をすることはないだろうけど、同じ境遇にあった誰かにその道を選ばせることはできる、とも。


「そうか」


 私の言葉に満足したわけではないのだろうけど、トルクも微笑んだ。


「それにしても、いきなり額にキスは()めてもらえるかな?」

「小さい頃はよくやっただろう?」

「そんなの10年も前の話でしょう?」


 本当に小さい時の話すぎて笑えてくる。

 それも、私が泣きそうな時に限って、この男はするのだ。


 幼い頃は、それに救われていたことは認めるけど……。


「もう必要ないよ」


 私はもう泣かないから。

 泣く必要もなくなったから。


 そう言うのに、トルクはまた額に口付ける。


「マオに必要なくても、俺がしたいだけなんだよ」


 その言い分に呆れてしまう。


 どれだけスキンシップが好きなんだろう。

 だけど、これに関しては、立場的に私が我慢するしかないのか。


「でも、高田にはしないでよ? あの子はトルクみたいにスキンシップの多い人間は苦手みたいだから」


 この世界では親愛の情を表すための接触自体は珍しくない。

 いや、人間界でも国によってはキスなど挨拶だった。


 それでも、そんな常識で生きてこなかった人間だっているのだ。


「分かってるつもりだ。ミオにも散々、釘を刺されている」

「トルクは誰かから釘を刺されても、その釘を刺したままの状態で、やりそうだから言ってるんだけど」

「いろいろ酷いな」

「事実でしょう?」


 勿論、本人に悪気はないと分かっている。


「シオリにはしないよ。手を伸ばすだけで、逃げられるからな」


 既に手を出そうとした後だったか。


 まあ、あの後輩と再会して一年近く。


 その間に、私の知らない場所での交流もあったようだし、何より、あの後輩はこの男が好みそうなタイプだったのだ。


 何もない方が不自然なのか。


「だからこそ、ここに来る前、シオリがツクモの腕に飛び込んだ時は、目を疑ったぞ。シオリがそんなことをするとは思ってなかったからな」

「その割に、その前にかなり下世話な質問をしていたよね?」


 あの主従が人前でそんなことをしたことは確かに驚いたけれど、「ゆめの郷」での関係性を思えば、そこまでの衝撃はない。


 どちらかと言えば、あれだけ好意を持っている相手と同じ布団で一緒に寝たというのに全く何もなかったことの方が、私には衝撃だった。


 そのおかげで、あの青年がそれだけ見た目よりもずっと公私の区別をしっかりと付けられる従者というのはよく分かったのだから悪くないだろう。


 だけど、トルクの問いかけは微妙な距離にいるお年頃の男女に対してはどうかと思う。


「あれは逆にヤってないと思ったからこそ聞いたんだよ。あの全身を覆うツクモの気配と、下腹部に残る気配は気にならなかったか?」

「私は治癒魔法の残留魔気だと分かってたからね」

「誰でも、お前みたいに他人の魔気の鑑定ができると思うなよ?」


 そう言いながらもトルクは笑った。


 その顔を見て、10年以上も変わらなかったことの男は、この先、何十年も変わらないのだろうとなんとなく思ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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