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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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一夜明けて

 ふうっ……、と雄也は大きく息を吐いた。


 そろそろここから離れなければならない。


 多少のけだるさは残っているが、いくら暗黙の了解であっても、決定的な現場を押さえられてしまっては、後々厄介なことになるのは目に見えている。


 雄也は軽く目を擦った後、手早く身支度を整えた。


 お相手もリスクがないわけではないのに呑気に寝息をたてている。

 尤も、事が露見したところで、責任の所在を男に渡してしまえば済むことなのだ。


 今回のような場合、共犯者が完全に被害者面してしまえば、どのように言い繕ったことで男側に有利になることなど全くない。


 醜聞を揉み消すことができるほどの高い身分と、このような状況下において簡単に被害者になることができる女性という立場から、彼女は何らかの形で周りから守られるようになってしまうのだ。


 だからこその余裕なのだろう。


 そんなわけでご指名を受けた男性は、出世への近道がセットになった高貴な女性のお相手という魅惑的な一夜と引き換えに、こそこそ行動しなければいけない間男な気分も味わうことができるのである。


「休憩室を借りるか……」


 こんな半端な時間に家に戻るのはさすがに躊躇われた。

 自分を家で待っているのは、弟だけだった以前までとは違うのだ。


 そして、城住まいの人間の私室にお邪魔できる時間でもない。


 そんな理由から、通いの使用人たちが休憩に使う部屋で眠ることにした。

 今の時間なら夜の勤務当番でも仕事をしているだろう。


 もし、夜勤以外で誰かいたとしても、それは城内のどこかの私室にお邪魔していたお仲間である確率が高い。


 通常、城住まいではない使用人たちはちゃんと仕事が終われば転移魔法や移動魔法などを使って城下に眠るための家が戻るのだから。


 ゆっくりとした足取りで雄也は王妃の私室を後にする。

 そして、そのまま静かに移動をし、誰にも見つからずに休憩室で横になることができた。


 いろいろ今後のことを彼は思案する。


 弟の報告が事実なら、あの少女は家に無事帰り着いたことに安堵する間もなかったことだろう。


 その後の顛末を見届けたくもあったが、今は時間的な余裕はない。

 仕方なく弟からの報告で我慢することにする。


 少し前のやり取りから、あの少女に対して王妃はかなりの猜疑心を抱いていることになる。


 だが、確信することができないのも確かだろう。

 勘が根拠というだけで下手な行動に出るとは思えない。


 完全に誤魔化すことはできないだろうが、時間稼ぎ程度のことはしておかねばならない。


 城内の人間たちの好奇心に対しても、少女本人が場にいなければ、これ以上の盛り上がりはないだろう。


 それを簡単に覆い隠すほどの事件も発生した。


 数日後には、城中がその話題で持ちきりになり、ほんの少しの時間いただけの少女のことなど、すぐに頭から抜け落ちてしまうこととなる。


 そして、事件の発端となった王子の方は、放っておいても問題はないように思われる。


 あの少女に対する不思議な執着心は完全に消えないまでも、時間が経てば薄れてくれるはずだ。


 そのためにアリッサムの名を……、少女から王子の意識を逸らすために、意図的に機密を漏らしたのだ。


 勿論、事前に国王の許可は得ていたのだが。


 あの王子は昔から、アリッサム……、魔法国家と呼ばれる国に対して、かなりの劣等感を抱いていた。


 中心国での王族の年齢をみてみると、魔法国家アリッサムの第二、第三王女、情報国家イースターカクタスの第一王子、法力国家ストレリチアの第一王女、弓術国家ローダンセの第五、第六王子、機械国家カルセオラリアの第二王子等が公式的な記録上は剣術国家セントポーリアの第一王子の前後2歳以内の範囲に収まっている。


 だが、その中でもダルエスラーム王子は最も魔力が弱いと噂されていた。


 過去の歴史を参考に見てみると、機械国家の王族が一番弱いことが多いのだが、当代は違ったようである。


 だが、普通ならそこまで気にするほどのことではない。


 剣術国家セントポーリアの王族にその昔、アリッサムの王族を凌駕してしまうほどの魔法の遣い手が誕生した。


 それが、俗に言う「聖女」と呼ばれる王族のことなのだが、そのことが影響しているのか、幼い頃に幾度となくアリッサムの女王陛下やその配偶者である王配(おうはい)殿下から当て擦られたこともあったそうだ。


 特に王配殿下は、女王陛下と違って血筋で選ばれた存在ではないため、魔力に関しての言葉は強かったそうだ。


 それ故、ダルエスラーム王子は魔法国家に対して、かなりの苦手意識を持ってしまったらしい。


 尤も、雄也自身がその現場に立ち会ったわけではないので、王子の性格等から想像するしかできないのだが、魔法国家の女王や王配が嫌味や皮肉を言ったわけではなく、自分で思い込んで、勝手にそう受け止めてしまっている可能性が高い気がする。


 話に聞こえるアリッサムの女王はさっぱりとした性格で、自分の夫や三人の娘たちを誇りに思っているということだ。


 そして、第一王女は強大な防護魔法に優れ、第二王女は比類なき魔力の持ち主、第三王女は多大な魔法の遣い手として、魔法国家の将来を楽しみにされていたらしい。


 つまりはどこにでもある娘自慢なわけだが、それを聞いて、王子が悪いほうに自己判断したという気がしてならなかった。


 しかし、それを口にしても王子の性格が変わるわけではないだろうし、自分にとって何の特にもならない助言をしたところで益はない。


 そんなわけで、その魔法国家の崩壊の話は……、言葉は悪くなってしまうのだが、王子にとっては朗報だったのだろう。


 他国の壊滅を喜ぶ心理は分からないが、自分のことしか考えられない幼い考えでは、その結論に至ってもおかしくはないのかもしれない。


 結果として、少女を招き入れるよりも、今は突然の吉報に胸を躍らせる方を優先したくなったのだろう。


 その考えが誤っていなければ、上に立つ気があるとは到底、思えない。


 アリッサムの不幸という形に助けられた結果ではあるのだが、それらのことから城の方は時間を稼ぐことでなんとかなりそうな感じではある。


 計画に大幅な狂いは生じているが、修復不可能なほどではなかったことは幸いだった。


 そうなると、問題は今後の動きということになってくる。


 雄也の当初の計画では、王の仕事がもう少し落ち着いた頃、あの親子を周囲に気付かれないように王へと近付け、ゆっくりと対面させようとしていた。


 そして、少女の記憶と魔力の封印を解除できる法力国家への手配を図り、万全の状態で向かう予定だったのだ。


 ところが、事態は急変してしまった。


 国王陛下と少女との対面はその準備もろくにできず、会話もそこそこになるという結果だった。


 事前に打ち合わせていた衣装だけはあったので、最低限の役目はなんとか果たしたが、雄也にとっては最低限でしかなかった。


 そればかりではない。


 中心国の崩壊、それも何者かの襲撃ともなれば、国王の親書を携えたところで、他国へ入国すること自体が難しくなる。


 どの国だって外部からの出入りを警戒するというのは当然の判断だ。


 他国の城へ移動することが可能な転移門も、暫くの間は相応の理由がなければ使用許可は出せなくなるだろう。


 今回のように、非公式な形で城への訪問することは困難だと考えるべきだ。


 そして、民間で利用されている輸送船と呼ばれる定期船も暫くは動かせなくなったと考えておく必要がある。


 少女がこの世界へ来たのは、封印を解除するためだった。


 王の血を引く彼女が、自分の意思で魔法を制御できない状態では、これから先の日常生活において、確実に大きな障害となる。


 状況次第では魔界人が相手といえども死傷者が出る可能性も否定できないのだ。


 王族の魔力の暴走というのはそれほど恐ろしいものである。


 あの少女自身がそれをどこまで理解しているかは分からない。


 だが、彼女は周りを巻き込まないためにも今までの生活を全て捨てるという決断をしてくれた。


 その想いには、答えなければならない。


「尤も……」


 本音を言えば、彼女の魔法を再び見たいという個人的な願望も、雄也自身にはあったのだけれど。

本日、三回目の更新。

明日からはいつものように二回更新に戻ります。


そして、ここで第8章は終わりです。

次話から第9章「合縁奇縁」となります。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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