表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1549/2805

名目上は治療行為

女性の生理的な現象に基づくような話があります。


苦手な方はご注意ください。

「じゃあ、それなら、傷付ける行為って何? それ以外だと相手を傷つける暴言とかそんなものしか思い浮かばないけれど、眠っている相手だったんだよね?」


 九十九は優しいけど、口が悪い。


 でも、眠っている相手への暴言なんて、ほとんど独り言のようなものだよね?


 そして、伝わらないのだから口にしたところで、傷付くはずもない。


「お前は『傷口に塩を塗る』って言葉を知ってるか?」


 ぬ?

 諺だっけ?


「災難が重なるって意味じゃないっけ? 弱り目に祟り目みたいな感じ?」


 一難去ってまた一難とか、踏んだり蹴ったりとか、泣きっ面に蜂とかよりも先に、これが出てくるのはどうかと思う。


 でも、傷口に塩。

 痛そうなイメージしかない。


「それと似たようなことを実践した」

「……は?」


 えっと?

 傷口に塩と似たようなこと?


「九十九は治癒魔法が使えるのに、傷口に塩を塗り込んじゃったの?」


 それはかなり痛いのではないか?


 やったことはないけど、そう聞いている。


「似たようなことと言ったが、本当に傷口に塩をふりかけたわけじゃねえ。傷口に塩なんて、痛みでのたうち回るだけで意味もねえし」

「まあ、『塩責め』って拷問があるぐらいだからねえ……」


 確か、義賊で有名な「鼠小僧」と呼ばれた人が、そんな拷問を受けたと人間界の本で読んだことがある。


「えっと、傷口に痛みを伴う何かをしたってことで良い?」

「そうなるな」

「それは治療のために?」

「名目上は治療だった」


 九十九は問いかければ答えてくれる。


 でも、自分の口からは言いたくないらしい。


 なんだろう?

 こう罪悪感と、使命感と、正義感の間で揺れ動いているような……?


 なんとなく、少年漫画の主人公っぽいね。


「ふむ……。妊娠しているかの身体検査とか?」


 アリッサム城がそういった目的で行われていたとしたら、気にするべきはそこだろう。


 そして、九十九なら特にその辺を気にしそうだ。


 女性の身体にとってはかなり大事なことなのだけど、それでも年頃の青年でもある。

 必要以上に気に掛けてしまいそうだ。


「オレは産科医じゃねえんだから、多少、見たり触ったりしたぐらいで妊婦かどうか診断できん」

「そうなの? 九十九なら分かるかと思ってた」


 九十九は薬師になりたかったためか、人間界でも医療とかそういった方向性のものをいろいろ勉強していたっぽいから。


 彼自身が治癒魔法を使えるのに、応急処置とかもしっかり覚えている。

 

 九十九はできて当然のような顔をしているけれど、それってかなり凄いことだよね?


「分かりやすい兆候があればともかく、妊婦を見たことも少ないオレが、分かるわけねえ」


 分かりやすい兆候?

 悪阻(つわり)かな?


 でも、わたしも身近で妊婦は見たことない。


「それ以外となると、傷口……、治療行為……、ぐぬぅ……」


 傷口に塩のような行為?

 でも、それが治療?


 結びつかなくて、変な声が出る。


「医療、治癒、薬、療治、診療、塗布、()()……て?」


 つらつらと似たような単語を並べていくと、あることに思い当たる。


 一般的な治癒魔法は、怪我をした場所、傷付いた箇所に手を当てて使う。


 実際、九十九も、再会して間もない頃はそうやって治癒魔法を使っていた。


 ストレリチア城にいた頃に、離れた場所からも治癒魔法を使えるようになったけれど、治癒効果はやはり触れた方が良いと言っていた気がする。


「傷口……に……、塩……」


 さらに、それらを繋ぎあわせると……。


「九十九は、手当てのために、その女性たちの傷口に触れた?」

「……多少は」


 戸惑いがちの返事。


 そして、さらに心臓が早くなった。


「それは男の人たちから酷いことをされた部分を含めて?」

「外からでも分かる傷は、触れても治癒魔法の効き目が悪かったな」


 外からでも分かる傷?


 ああ、そうか。

 そこにいた女性たちは、心無い男性たちから一方的に暴力を振るわれていたのだ。


 わたしの考えている部分以外だって傷付いていた。


 そして、触れながら施された治癒魔法の効き目が悪いなら、自己治癒能力の低下を意味している。


 外からでも分かるような傷でもそうならば……。


「中の……、傷は……?」


 外から見えない位置にある傷だって、できるだけ触れて治そうとするだろう。


「内臓とかは外からでも分かる範囲のものを確認した後に治癒魔法を使った。流石に腹を掻っ捌いてまでは内部の損壊状態を確認していない」


 おおう。

 内臓。

 内部の臓器。


 確かにそれは目に見えない。


 そして、損傷ではなく、損壊という辺りが怖い。

 でも、わたしが気にしたのはそれじゃない。


「えっと、その……内臓とかではなくて……」


 なんと言えば良い?

 そこにいた女性たちが心身ともに傷付いた箇所。


 一般的にはなんと呼ぶ?


「あっ……!」


 不意に閃いた。


「生殖器とかに触れて治療した?」


 この単語なら、言う方も聞く方も抵抗ないし、誤魔化してもないから誤解も生じない!


 完璧な回答だ!!


「手袋越しに」

「まあ、衛生的に手袋はするよね」


 この世界は病気になってもお医者さんがいないから、細菌感染はできるだけ避ける必要はある。


 だが、九十九は何故か、顔を顰めていた。


 あれ?

 もしかして、さっきの言葉も女性の発する言葉としては良くない?


 え?

 でも、それ以外の単語となると、女性器ぐらいしか思いつかないよ?


 そちらの方が言葉としては間違ってないけれど、耳にはよろしくないよね?

 医学用語的には他にも言い方があるのかな?


 多分、子宮や卵管はちょっと位置的に違うよね?

 それらは確か、もっと奥にあるはず。


 見たことはないからはっきりと分からないけれど、確か保健の教科書にはそう書いていた覚えがある。


 もっと身近な感覚としては、生理の時に血が出てくる場所?

 それも女性が男性に言う言葉ではない気がする。


 それだけは分かる。


「でも、手袋越しに治癒魔法は、ああ、使えるか。手袋していても風も炎も、治癒もできるね、この世界」


 とりあえず、誤魔化そう。

 そうしよう。


 九十九がなんか、ちょっとだけ怖い顔をしているから。


 アホな主人と思われているかもしれない。

 いや、本当に自分でもアホだと思うけど、仕方ないじゃないか。


 そんな単語の勉強なんかしてないもん!!


「お前は平気なのか?」

「ほへ?」


 だけど、九十九は変なことを聞いてきた。


「いや、その……、あ……、触れた……、こと」

「へ? でも、治療行為でしょう?」


 治癒魔法の使い手がそんなところで躊躇ったら、治せるものも治らない気がする。


 しかも、その場所は大袈裟な表現ではなく命に係わるような場所だ。


 対応を間違えれば、今後、子供ができなくなってしまう可能性だってあるって聞いたことがある。


 望まない妊娠は良くないけれど、望んだ時に妊娠できないのも多分、辛いと思う。


「それとも、それ以外の……、えっちな意図があった?」


 念のために確認してみる。


「あるわけねえ!! 手袋だけじゃなく、目隠しもしたし、それに、治癒魔法を施した薬みたいなやつを突っ込んだだけだ!!」


 かなり大きな声で反駁された。


 さらに一息で捲し立てられる。


「ああ、薬を使ったんだ。つまり、直接、治癒したわけじゃないんだね。しかも、見てすらいない。それって、かなり相手を気遣った治療行為じゃないの?」


 九十九の言葉に釣られるように、わたしの言葉も早くなる。


 でも、そんな緊急時に等しい状態だというのに、内部に触れず、さらにその場所を見ないでやろうとするほどの気遣いなんて、普通はできない。


 やっぱり九十九は凄いと思う。


「それでも……」


 でも、九十九の方は何かが納得できないらしい。


 さらに言葉を続けようとするので……。


「産婦人科医が男性だった時みたいなものでしょう? 九十九はお医者さんではないけれど、治療の意図があればセーフじゃない?」

「オレにとっては、アウトなんだよ」


 ぬう。

 九十九は真面目過ぎる。


 お医者さんみたいなことができるのに、同時に、お年頃の青年でもあるからだろうか?


 でも、産婦人科医だけじゃなくて、それ以外のお医者さんにだって、胸とかお腹とか見せることもあるけど、お互いにいちいち、そんなことを気にしていないと思うのです。


 まあ、内科検診時にこちらを気遣ったのか、服の上から触診してくれる男性医師もいたけど、それって逆に、ちゃんと正確な診断ができるのかって思ってしまったぐらいだ。


「それを水尾先輩にさせることもできた。それでも、九十九は水尾先輩だけに押し付けることはしなかったのでしょう?」


 この様子だと、九十九は喜んで実施したわけでもないだろう。


 でも、同じ女性である水尾先輩だけに任せることもできたのに、責任感の強い九十九は、それを選ばなかったのだ。


「水尾さんに、あんな危険なこと、させられるかよ」

「へ? その治療行為を九十九が全部、一人でやったの?」

「おお」


 あれ?

 その場所にいて傷付いた女性たちって、一人か二人の話じゃなかったよね?


 確か、数十人規模だったから、すぐに助けることができなかったはずだ。


「それって、かなり大変だったんじゃないの?」


 治癒魔法が使えるとか使えないではなく、単純に数が多すぎる。


 しかも、治癒魔法だけじゃ足りなくて、慣れない治療行為までやったとか……。


「強化魔法の影響で、疲れなんかなかったよ」


 九十九はそう言ってくれるが、そんな気遣いはわたしにまで必要ない。


「いや、肉体疲労じゃなく、精神的に……」


 わたしがそう言うと……。


「それは、まあ……」


 嘘を吐けない九十九は、流石に言い淀んだ。


「でも、そっか……。一人で、頑張ったのか」


 そんな彼に主人であるわたしができることは何か?


「お疲れ様、九十九」


 魔法力の回復のお手伝いぐらいだよね?


 そう思ったので、自分から九十九を強く抱きしめたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ