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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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自分の選択の結果だから

 これまでの二十年にも満たない人生の中で、自分の選択全てが正しいなんて、そんな傲慢なことを口にするつもりはない。


 いつだって、選択すること自体に迷いもある。

 だが、自分で選んだ以上、その結果から逃げることだけはしたくない。


 それでも、心優しくどこまでも甘い主人が、自分のことで胸を痛めることだけはどうしても嫌だった。


 彼女に嫌われてしまうのは嫌だけど、仕方ない。

 それが自分の選択の結果だから。


 誰も恨むつもりもない。

 それが最善だと自分は信じたのだから。


 だから、身近な女性が涙したように、自分の行動を知った時、そのことで彼女が大粒の涙を零すのは何かが違うのだ。


 アレはオレの選択だ。

 そのことで、誰にも文句を言わせるつもりはない。


 例え、主人が泣いたとしても、今回は一歩も退く気はなかった。


「九十九……」


 胸元で栞の微かな声が聞こえた。


 それは甘く心を揺らす呼びかけであり、決心を惑わす魅惑的な囁きでもある。


「大丈夫?」


 さらに続いた言葉に……。


「何のことだ?」


 心当たりがなく、問い返した。


 栞は、オレの体内魔気の変化に敏感になった。

 だが、感情までは読めないはずだ。


 オレの心を読めるなら、こんな状況にはなっていない。


 魔法力回復のためと言う名目があっても、自分に下心が有り余っているような相手と、ベッドの上でしかも身体に載せられた状態で休むなんてできないだろう。


 同時に、この主人はこんなにチョロくて大丈夫か? と本気で心配したくもなるのだが。


「九十九が、不安定だから」


 やはり体内魔気の変化で判断されたらしい。


「疲れているだけだ」


 実際、疲労は溜まっている。


 こんな状況なのでそれ以外のモノも溜まりそうだが、この居心地の良さには代えられない。


「いや、そんなんじゃなくて……」


 栞が少し考えて……。


「九十九の心臓の音が、ずっと、落ち着かない」

「――――っ!?」


 体内魔気には特に気を配った。


 アリッサム城で纏わりついた気配すら、水尾さんに確認してもらって、問題ない範囲に留めたのだ。


 栞はオレの体内魔気の些細な動きにも敏感になったから。


 その上で感情も制御して、栞に気付かせないようにしたのだ。

 だが、まさか生命維持に必要な器官の変化から気付かれるなんて、予想外過ぎる。


「この状況で落ち着ける方が変じゃないか?」


 そんな一般論を言ってみる。


 少し間違えれば、自分の想いが伝わってしまうような自爆発言だが、そんなに鋭い女なら、オレに苦労はない。


「九十九はこんな状況でも、いつだって、腹立たしいぐらいに落ち着いている音だよ」


 やはり気付くことはなかった。


 そして、オレが落ち着いているのは、栞にとって腹立たしいことなのか。

 そこは不思議だ。


 だが、あえて、それは否定してやろう。

 いつだって、オレが落ち着いているはずもない。


 たった指一本でも、栞に触れる時は緊張している。

 いや、触れなくても、栞の傍にいるだけで、オレの心臓はかなり激しく動いているはずだ。


 そんなこと、流石に口にできるはずもないのだけど。


「でも、今日の音はなんか、違う。不規則って言うか、何だろう? 音の迫力? 感覚的なものだからよく分からないのだけど……」


 音を聞いて、感覚的に判断するって、長耳族(リヒト)かよ。


 そして、オレの心臓の音を記憶しているのか?


 それはそれで、少しだけ気恥ずかしい気がするのは何故だろうか?


「何か、悪いことを隠しているような、そんな不規則な動き? なんだろう? 上手く言えない」


 もう一度強く思う。


 お前は長耳族(リヒト)か!?

 それって、もう勘じゃねえだろ?


 実は答えを分かっていて言ってねえか?


「兄貴から、何か聞いたか?」


 可能性があるとしたら、そこからの情報だが、そんな時間はないはずだった。


「へ? 雄也……、さんから?」


 なんだ?

 今、不自然な間があったぞ?


「あれ? 音が変化した」


 何度でも思う。


 お前は心を読める長耳族(リヒト)か!?


 いつもはオレの気持ち(変化)に気付きやしないのに、なんで、今日に限って的確に読むんだよ!?


「これは、わたしの気のせい?」


 そんなオレの葛藤に気付かず、栞は言葉を続けた。


 いや、気付いた上で無視されているのか?

 そして、厄介なことに、ここで栞に「気のせいだ」と言うことはできない。


 彼女の言葉に間違いはないとオレ自身が知っている。


 そこで誤魔化すことは、栞に嘘を告げることになってしまう。

 それだけはできないし、したくない。


 ―――― やはり、逃げることはできない。


 ここで嘘を吐かなくても、何らかの形で栞の耳に届く可能性はある。


 その内容的に、兄貴は言わないと思うが、アリッサム城でのあの様子だと、水尾さんは黙っていられない気はした。


 それ以外でも、何かの弾みで、栞が気付いてしまうかもしれない。

 オレの下心には気付かないけれど、他人の痛みに敏感すぎる主人だから。


 ああ、だから、彼女は気付いてしまうのか。

 オレの些細な迷い(痛み)にも。


「気のせいじゃねえよ」


 オレは栞に向かって、そう言った。


「そっか……」


 それに対して、栞はポツリと零す。


「それは、わたしが聞いちゃダメなこと?」


 さらに迷いながらも、栞はそう問いかけてきた。


 これが、言いにくいことだって気付いている。

 だから、それ以上、強く言わない。


 オレが拒めば、彼女は無理に聞き出そうとはしないだろう。


 こいつはそんな女だ。


「言えば、お前はオレを軽蔑するだろう」

「軽蔑?」


 心底、不思議そうに栞は問い返した。


 彼女は思いもしていない。


 オレがあのアリッサム城で何をしたかなんて……。


 その無垢な瞳は、オレの穢れに気付かない。


「それだけのことをオレはした」

「なるほど」


 何故か、栞は納得した。


 いや、この段階で納得されても困る。


 だが、栞は次に容赦なくオレを叩きつける衝撃的な言葉を吐く。


「それは、『発情期』以上に酷いこと?」

「はっ!?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「ん~? 『発情期』とは、ちょっと違うか」


 オレの混乱を他所に……。


「婦女暴行とかそんな話?」


 世間話のようなノリで、かなり激しい言葉を続けられる。


「オレがそんな男に見えるか?」


 そうだとしたらかなり心外だ。


 いや、過去に似たようなことを栞に対してやらかしているからこその問いかけだと分かっている。


 だけど、惚れた女にそんな疑いをかけられるのはどうしようもなく胸が痛んだ。


「いや、見えないよ」


 まるで、オレの言葉を弄ぶかのような言葉。


「九十九は『発情期』にならない限り、女性に酷いことをする殿方ではないと信じている」


 さらに可愛い主人はオレを翻弄する。


「……『発情期』の時も、九十九は……って、いやいや、何でもない。何でもない。何でもない」

「――――」


 思考が完全に数秒停止した。

 もっと、ちゃんと動いていれば、その先を聞かせて欲しいと言えていただろう。


 「発情期」の時のオレは、栞にとってどうだったのか?


 少なくとも、アレは暴行に近い行いだったと自分では思っている。


 栞の唇を奪った上で押し倒し、力尽くでその身体を、いやいやいやいや! 今、この状況であの時のことを詳しく思い出すのはヤバい。


 今、その相手が自分の上にいるのだ。

 アレを意識して、理性を制御できる自信はなかった。


 話題を、話題を変えたい!!


 だが、そんな混乱した思考の中でも、身体は正直だった。


 思わず、栞を強く抱き締める。


「ふきゅっ!?」


 その珍妙な叫びで、いろいろなモノが少しだけ落ち着く。


「阿呆」

「ふ、ふえ?」

「こんな状態で、オレにあの時のことを思い出させるな」


 それは脅すような言葉。

 だが、事実だ。


 下手に刺激されれば、オレのような半童貞の理性など、簡単に吹っ飛ぶ。


「う、うん。ごめん」


 それ以上、余計なことを言わず、珍しく栞が引いた。


 流石にオレに対して、身の危険を感じたのかもしれない。

 それでも……、「魔気の護り(全力拒否)」はされなかった。


「誓って言う。オレは婦女暴行の(たぐい)はしていない」


 あの場所でそんな気が起きるのは紛れもない立派な変態だ。


 男たちに傷つけられた痛々しい女たちしかいなかった。

 薬によって正気である女が全くいない空間だった。


 ナニがどこまで狂えば、そんなことをして、()()できるのか?


「だが、女たちを傷つけるような行いはした。それだけは事実だ」


 オレはこの腕の中の女だけで満たされるのに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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