そんな顔をさせたいわけじゃない
無理矢理、事に及ぼうとする描写があります。
苦手な方は、今回の話は読み飛ばしても大丈夫です。
この白い人間は嫌いだ。
アタシは心からそう思う。
シオリやそれに付いている人間たちだって普通じゃない。
シオリ自身が「橙の王族」であるけど、それ以外の黒い兄弟は「黄の王族」と、黒くて同じ顔した女たちは「赤の王族」、茶色の男だって「藍の王族」だ。
これだけ色の濃い王族たちがこの島に来たのは初めてだって、一番、この島にいるのが長いヤツが言っていた。
だから、絶対に逆らうなと。
実際に逆らおうとした結果、「赤の王族」であるマオと言う名の黒い女によって、れ~ぞくさせられた男たちがいる。
あの姿勢は神にしかしないと聞かされていたのに、人間にしたのは「紫の王族」であるオージ以来だ。
あの時はよく分からなかったけれど、今なら分かる。
王族という色付きの人間たちに近付いたら危ないってことが。
だけど、新しく来た人間は、白かった。
王族は「赤」、「橙」、「黄」、「緑」、「青」、「藍」、「紫」の七色しか持たないって聞いていたのに、その人間の背中には、時々、大きな白い穴が視える。
色じゃなくて、白い穴。
そんな人間は初めて見た。
だけど、その人間には王族以上に逆らってはいけない存在だと、島の男たちは言った。
その背中に視える穴は「シンビ」と呼ばれるらしい。
その「シンビ」と呼ばれる穴は役目を果たす時に黒く染まると言っていた。
それを語る島の男たちが頬を染めているのが気持ち悪い。
その「シンビ」が黒く染まると言うのは、シオリが歌っている時に視えた、黒い穴みたいなのだろうか?
周囲の光が「もんわか」しながら吸い込まれるように消えていく姿は本当に凄かった。
いつもは悪戯ばかりする光すら「もんわか」したのだ。
あんな凄いことができるシオリは本当に凄い。
悔しいけど、リヒトが好きになったのはよく分かる。
そして、あの白い男はアタシのリヒトを迎えに来たらしい。
それだけでもすごく嫌なのに、あの男が来てからリヒトは全然、アタシを見てくれなくなった。
しかも、あの白い男の傍にずっといるんだ。
まるで、「番い」のように。
それはアタシの役目なのに!
シオリならまだ良い。
まだ許せる。
シオリは凄いんだ。
光を「もんわか」させるのだ。
リヒトが「シオリが凄い」とよく言っているのも当然だ。
ただ「橙の王族」というだけでなく、シオリは「女神の化身」でもあると島のヤツらが認めていた。
アタシは知らなかったけれど、金色の髪、橙の瞳を持つ綺麗な女神というのが、シオリの本当の姿らしい。
島の男たちが何人も見たと言っていた。
それなら、アタシが殺そうとしたら怒られたのは分かる。
羽を毟られたのなんて生まれて初めてのことだった。
黒くて強くて冷たい「ツクゥモ」と呼ばれる人間に。
でも、「黄の王族」って言葉をその時に口にしなくて良かった。
もっと冷たくて鋭い「ユーヤ」って人間に、間違いなく殺されていただろうって、リヒトから聞いた。
島にいた男たちを全て叩き伏せた「ユーヤ」なら、それも可能だろうって、アタシも今なら分かる。
その黒い兄弟たちにとって「王族」は嬉しくない言葉らしい。
確か、「紫の王族」である「オージ」も「俺をそう呼ぶな」と言っていた。
ずっと昔、一度だけ見た、薄いけど「青の王族」だった人間は、そう呼ばれることを喜んでいたのに、変だな。
人間たちと一緒に過ごしてきたリヒトが言うには『人間にもいろいろいる』って。
確かにいろいろいる。
ここに来たシオリたちだって全然違うからな。
「何か御用ですか?」
白の人間はアタシに声をかけてきた。
『お前に用はない。アタシはリヒトの「番い」だ』
アタシは胸を張って答えた。
身体が大きくなったのは嬉しいが、この胸は本当に邪魔だと思う。
大きいだけじゃなく重いし、少し動いただけで身体にくっついている部分からちぎれそうになるぐらい痛むのだ。
「それでは、リヒトさんをお返しいたしましょうか」
意外にも白い男はリヒトの背を押した。
『待ってください。まだ私は……』
「『番い』は、大事にされてください」
『それは、スヴィエートが勝手に言っているだけで……』
そんなことはない。
リヒトだって分かっているはずだ。
精霊族にとって「番い」は魂の繋がり。
互いを見た瞬間、離れたくなくなるほど強く縛られる。
それを全く感じないはずがないんだ。
アタシは適齢期に入り、身体が大きくなった。
そして、これほどまでにリヒトから離れたくないんだ。
だから、リヒトがそれを感じていないはずがないんだ。
『リヒトはその白い人間が好きなのか? アタシよりも?』
『そう言う話はしていない』
『アタシはリヒトと一緒にいたいんだ!!』
少し離れただけでもこんなに淋しいんだ。
『スヴィエート……』
リヒトが困った顔をする。
そんな顔をさせたいわけじゃない。
シオリに向ける時のように優しい顔を見たいのに、何故か、リヒトはアタシにその顔をしてくれないんだ。
アタシはリヒトの「番い」なのに。
「リヒトさん。私は別の準備もあります。お話は存分にしてあげてください」
白い人間はそう言って、ユーヤたちがいる建物の方へと向かった。
『スヴィエート……。俺の邪魔をしないでくれ』
『アタシは「番い」だ。邪魔なのはあの白い人間の方だ』
シオリたちはアタシがリヒトと一緒にいることに反対はしない。
だから、ずっと一緒にいれた。
でも、あの白い人間は違う。
あの人間は、アタシは嫌いだ。
あの人間と一緒にいると、リヒトがおかしくなる。
『スヴィエート……』
ほら、また困った顔をする。
絶対、あの白い人間のせいだ。
『あの人間はアタシからリヒトを奪う』
それが許せない。
そんなことされるぐらいなら、あの人間を殺す!
『スヴィエート、あの方は、精霊族に殺されない』
まるで、アタシの心を見たような言葉だ。
流石「番い」だ。
アタシもリヒトの心を知りたい。
だけど、あの白い人間を庇うのは許せない。
『そんなことはない! 確かにツクゥモは強かった。光が強すぎて勝てない。だけど、あの人間からは強い光は感じない。ただ白い穴があるだけだ』
『その白い穴が、精霊族たちの天敵だ』
リヒトが大きく息を吐いた。
『頼むから、余計なことをするな』
『余計なこと? アタシはリヒトのためなら何でもするんだ。リヒトはまだ分かっていない。アタシは身も心もリヒトの物なのに』
リヒトはアタシを子ども扱いする。
アタシはもう大人なのに。
今すぐにだって、リヒトから種付けだってして欲しいのに。
「番い」がいれば、「小屋籠り」をして、他のヤツから種付けされる必要はない。
リヒトだけで良いんだ。
「小屋籠り」した女たちのように、泣いて喜ぶようなことをリヒトからして欲しいし、何よりも……。
『アタシはリヒトの子が欲しいんだ』
『スヴィエート……』
それがアタシの役目で、生まれてきた意味になる。
『それは邪魔なことなのか?』
『そうじゃない。だが……』
『リヒトはアタシが嫌いか? どうしてもシオリやあの白い人間が良いのか?』
シオリはともかく、あの白い人間は……男……だと思う。
女みたいな顔をしているけど、身体も大きいし、声も低い。
気配だって男だから間違いはない。
でも、男相手に種付けしたくなる男だって人間にはいるらしいと、聞いたことはあった。
それは困る。
アタシはリヒトのモノで、リヒトはアタシのモノなんだ。
『スヴィエートのことは嫌いじゃない』
『じゃあ、好きだな?』
『その答えは俺にも分からない』
リヒトは迷いを見せる。
『大丈夫だ!! アタシが分かってる。リヒトはアタシが好きなんだ!!』
『だから、それは……』
これ以上、余計なことを言わせまいと、アタシはリヒトの口を塞いだ。
そのまま、何度も啄むみたいに口を吸う。
「小屋籠り」で男たちが何度も、女たちにいろいろな場所にこんなことをしていた。
後は……。
『スヴィッ!!』
逃げようとするリヒトの口が外れた。
だけど、逃がさない。
やっと見つけた「番い」なのだ。
それにずっと我慢していた。
もう我慢できないのだ。
リヒトを求める気持ちが大きくてあふれ出しそうで、ずっと辛かったのだから。
アタシはリヒトの種が欲しい。
そして、それは今だと身体が言っている。
だから、我慢する理由はない。
それが証拠に……。
『ちゃんと、リヒトもその気じゃないか』
アタシがそう言うと、リヒトはその褐色肌を蒼褪めさせた。
大丈夫だ。
その顔がすぐに紅くなることを、アタシはちゃんと知っているから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




