回復のためなら仕方ない
「ん……っ?」
夢と現実の狭間。
優しい温もりを感じながら、ゆっくりと目を開く。
「ん~~~~~?」
でも、視界があまりよくない。
頭から少し圧迫されていた何かがなくなったので、少しだけ身体を起こそうとすると……。
「九十九……?」
超至近距離で、見慣れた黒髪の青年の顔が目に入った。
「目が覚めたか?」
「ん~~~?」
そう問いかけられて、ぼんやりした思考を総動員して、いろいろなものの稼働を開始させる。
「ふぐ?」
あ、あれ?
ちょっと待って?
そのまま、九十九の胸部に頭を強打した。
九十九もそれなりに痛かっただろうけど、それを深く考えるよりも先に……。
「ほげええええええっ!?」
わたしは叫ぶことを優先させてしまった。
「うっせえ」
そして、そんな無情なる一言で片付けられるわたしの奇声。
「あ……、ごめん」
だが、今のはわたしが悪い。
胸部にヘッドバットした上に大音量発生。
特に大声をあげたのは、耳の良い九十九には辛いことだろう。
「ど、どうしてこうなってる?」
それが理解できない。
え?
どこからが夢?
これも夢?
「相打ちだったからじゃないか?」
相打ち?
ああ、そっか。
九十九といつものように、睡眠魔法勝負して……。
でも、相打ち?
「相打ちって、ベッドの上で?」
なんでこんな場所で?
確か、勝負した時は、もう少し広い場所だったような?
「ああ、それはオレが運んだからな」
「ほあっ!?」
運んだって何!?
しかも、何で九十九がセットになってるの?
え?
また一緒に寝たってこと?
「床に寝たままってわけにはいかないだろう?」
「だ、だからって……、その……、ベッドというのもどうかと思うのです」
いくら何でも、それはマズい気がする。
わたしが九十九と一緒に寝たことは何度かあるが、一応、理由はあったのだ。
不可抗力だったり、自分たちが逆らえないような相手から、そうしなさいと申しつけられたり。
でも、相打ちで寝てしまっただけならともかく、その後に九十九がこの場所にと運んだのなら、それらとは違うということになる。
彼は、一体、何を考えているのか?
「オレを寝具にする女が今更何を言う?」
はうわっ!?
そうだけど、確かにそうなのだけど!!
何の心構えの無い状態で、起き抜けに、すぐ九十九の顔があるってかなり心臓に悪いのですよ!!
せめて寝る前に予告があったならば、まだマシだったのだろうけど……。
「と、とりあえず、降りる」
このままじゃ、九十九が重たいと思う。
それ以上にこの状況がかなり恥ずかしい。
「もう少し乗ってろ」
だけど、そう言いながら九十九はわたしの身体を捕まえる。
「ひあああああああっ!?」
予想外の仕打ちに我ながら、あまりにも情けない声が出てしまった。
「うっせえ」
この時点で、この行動が、好意とかそんな甘い感情から来るものじゃないと理解する。
少しでもわたしに対して、そんな感情があるのなら、こんな酷い言葉なんて出ないと思うのです。
いや、これでこそ、九十九って感じがするのだけど!!
「嫌なのか?」
さらに、そんなことを問われました。
嫌?
そんなわけがないじゃないか。
「い、嫌ってわけじゃないけど、この状態はあまりよろしくないと思うのです」
一応、年頃の男女なのだ。
九十九がわたしにそんな感情を抱くことがないのはこれまでのことで分かり切っているけれど、それでも、これは何か違う。
だが……。
「お前が嫌じゃないなら、少しだけ回復させろ」
そんな不可解なことを言われた。
「……回復?」
回復とはなんぞや?
治癒とは違うよね?
「体内魔気の感応症。ただ近くにいるだけよりも、張り付いている方が、魔法力の回復が早いみたいだ」
「そ、そうなのか……」
そんな理由があったとは……。
でも、確かにそれはわたしにも感じられる。
実際、何度かそれを経験しているし。
九十九や雄也さんの傍で休んでいると、魔法力の回復が早くなるのだ。
それが体内魔気の感応症の効果だとは知っていたけれど、ただ近くにいるだけより、張り付いている方が良いのか。
そうなのか。
思い起こせば、あの「ゆめの郷」で、同じ布団の中に入って寝ていた時も確かに違ったっけ。
それなら、仕方ない。
それでなくても九十九はお疲れモードなのだ。
「魔法力の回復のためなら、仕方ない……よね?」
年頃の乙女として思うところはある。
それでも、いつも頑張ってくれている護衛に対して、わたしにできることがあれば何でもするのが、主人の務めだろう。
別にえっちなことをするわけでもされるわけでもない。
九十九にその気はないのだから。
これは、医療行為の一種なのだ!!
「おお、我慢しろ」
「我慢……、かぁ」
九十九はそう言ったが、わたしにとっては別に我慢というほどのことではない。
こうして、九十九に張り付くのも嫌いじゃないのだから。
体内魔気の感応症の効果か、寧ろ、居心地が良くて、安心する。
何よりも、これだけ身体を無防備に預けていても、彼の両腕は余計な動きを見せないからだろう。
それを信用できないほど、わたしは疑り深い性格ではない。
でも、九十九にとっては魔法力の回復のためにやっていることで我慢しなければいけないことなのだろう。
そして、「発情期」の時に、あれだけ彼の手や指や舌は器用に動いたのだから、九十九はそういう行為自体は、実は嫌いじゃないと思っている。
別にして欲しいわけじゃない。
逆に九十九が正気の今、そんなことをされても困るだけだ。
それって、好きでもない相手にでもそういうことができるってことだから。
そんな男性がいることは知っているけれど、それでも九十九がそんな人とは思いたくなかった。
友人として嫌われているとは思っていない。
主人として大事にされているという自覚もある。
だけど、それは厳重警備しなければならない貴重品扱いであって、女の子扱いは欠片ぐらいしかされていない。
だが、女の子扱いを欠片ぐらいしてくれるようになっただけマシだ。
一頃は、その扱いすらされなかったし。
いや、耳元で甘く囁かれるのは女の子扱いと言って良いだろうけれど、その大半は揶揄ったり、わたしの隙を突くための手段でしかないのだから、本当に女の子扱い扱いされているのかは謎かもしれない。
わたしの護衛たちはいつだって、手段を選ばない。
ああ、だから、今、この状況なんだ。
わたしの乙女心を振り回しているけれど、求められているのは魔法力の回復と言うなんとも色気のない話である。
なんだろう?
これって、ゲームで言う魔法力回復薬品?
確かにこの世界では、魔法力や肉体的な疲労を一瞬で回復させるようなものは存在しないらしい。
治癒魔法というものはあるけれど、それはもともと本人が持っている自己治癒能力の促進でしかない。
だから、生命力が低下している時とか、瀕死の重傷時にはほとんど効果がなかったりする。
カルセオラリア城が崩壊した時に、わたしのズタボロ状態がすぐに治らなかったのはそのためだ。
但し、真央先輩の魔法は除く。
アレは本当の意味で規格外だった。
わたしが祖神変化を起こした直後に、精霊族たち相手にやらかした状況すらひっくり返して、元通りにしてしまったのだから。
まあ、魔法力回復薬品扱いでも、九十九の役に立っているみたいだから良いんだけどね。
それでも、精神的な疲労までは回復できない。
それが簡単なら、わたしがいつまでも「発情期」のことを思い出しては唸るなんてことをしなくても良いのだ。
同じような被害に遭ったことのある水尾先輩だって教えてくれた。
あの時の恐怖は、十年以上経っても消えてくれないって。
何度も繰り返し襲ってくる感情の揺らぎ。
それでも、わたしにとっての救いは、その恐怖を与えたのが九十九だったこと……なのだろう。
それ以外の人間から、例えば、見知らぬ男の人からそういった目的で襲われていたのなら、無事だったとしても、今、こうして九十九の近くにすら居られない気がする。
神官たちからそういう目を向けられたり、初めて会った男の人から腕を掴まれたりしたことはあるけど、そこまでの行為に及ばれたことは幸いにしてない。
強いて言えば、「ゆめの郷」で再会したソウが、近い状態ではあったけれど、あの人の場合は分かりやすく好意を向けられたし、わたし自身もそこまで嫌じゃなかった。
それにあの人は、わたしの状況も、わたし自身が気付いていなかったような気持ちすら考えてくれたから。
それでも、その後に、九十九とどんな顔をして会えば良いのか分からなくなった。
それ以上に衝撃的なことがあって、それらが全て吹っ飛んで、その迷いすら有耶無耶になってしまった感はあるけれど。
「どうした?」
「なんでもないよ」
身体から力を抜き、九十九に自分の重さを委ねながら、わたしはぼんやりと答える。
うん、でも……、まあ……そろそろ?
認めるべきなのかなとは自分でも思っている。
でも、それを誰にも言うつもりはないのだけど。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




