表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
154/2772

暗黙のルール

 王妃が手を差し出し、それを城に仕える男が取る。


 この光景はこの城において珍しいことではない。

 そして、そこに拒絶の色を出す人間もいなかった。


 皆、知っているからだ。

 その行為を拒むことが何を意味するのかを……。


 どの国、どの場所にも暗黙のルール、共通認識というものは存在する。


 そして、それ自体はその境界線から一歩でも外に出てしまえば、何の役にも立たない知識でしかない。


 だが、逆に言えば、特殊な領域ではどんな約束事よりも重要視されてしまうこともある。

 それがどんなに理不尽なことでも。


 この状況はその特例の一つ。


 この城で、王妃が差し出した手をとるということは、単なるエスコート以上の意味があるのだ。


 これは王妃の私室への招待状とされている。

 もっと深く言えば、一晩、王妃のお相手をするというもの。


 いつからこの行いが始まったのかは、実は雄也も知らない。


 彼は今から数年前に、初めて王妃の部屋へと誘われたのだ。

 そのため、それ以前からの慣習であることは間違いないのだろう。


 王妃という存在は、この城において地位が高い。


 国王に次ぐ第二位の権力保持者は本来世継ぎとされる王子なのだが、この城に仕えている者たちは皆、知っている。


 王子は母である王妃の言い成りに近い状態にあることを。


 当の王子すら、王妃が本気で命令するならば、その膝を折ってしまうと自覚していることだろう。


 つまり、対外的にはどうであっても、実質的には国王の次に高い権力を持っていると言えるのだ。


 そんなことから、王妃の言動がどんなに不条理なものであっても、身分が劣る城内の家臣たちは黙って受け入れるしかないのである。


 少しでも長く、そして五体満足でこの国にいたいと願うなら、そうして生きていくより他になかった。


 彼女の命令を拒否できるのは国王(ちょうてん)しかいないのだから。


 実際、王妃に逆らった後、意味なく僻地に飛ばされたり、城内で不審な死を遂げたり、城下の森で物言えぬ状態になって発見されている。


 そして、そのような人間は一人や二人ではなかった。

 一度や二度ならともかく、何度も続けば、偶然の言葉で片付けることは難しくなる。


 相手が完全に口を封じられるか、あるいは口がきけない状況に追い込まれているのかは分からないが、そこには「一度でも王妃に逆らったことがある」という事実だけが残っている。


 それを知って、彼女に表立って逆らうことができる人間はいないだろう。

 真実が分からない状況というのは、それだけ恐ろしいのだ。


 尤も、野心を持っている人間にとっては都合が良いことなのかもしれない。


 最近、国王が定めた能力主義という点においても、少しでも地位の高い人間の目に留まり、自分を認めさせるということが大切になってきた。


 王妃に目を付けられる……、もとい、目をかけられるというのは、手っ取り早い出世への足がかりとすることができるというわけだ。


 幸い、王妃は多少性格に難はあるものの、容姿はそこまで悪くない。


 その鋭い目つきと、きつい物言いに耐えられる人間ならば、そこまで大きな問題はないことだろう。


 そうは言っても勿論、王妃側にも好みというものはある。

 選べる立場にあるのだから、それなりに吟味するのは当然だろう。


 その傾向としては、平均以上に見目がよく、能力も高い将来有望そうな若者が多いようだ。

 その中でも特に容姿が重要だと思われる。


 だが、自分の息子と変わらない年代の少年にまで手を出している辺り、まともな性癖であるとは言い難い。


 そして、彼女に選ばれたからといって、自分が有能だとか、優秀だとか錯覚はしないほうが良いだろう。


 女の目線で選ばれた容姿や能力など、同じ男の中では誇れないことの方が多かったりするのだから。


 彼女に目をかけられた人間は、王妃や王子の親衛騎士になることが多い。


 例え、王の近衛兵だったとしても、城の守護兵だったとしても、何故か昇格の際に配属が変わるのだ。


 確かに一兵から騎士へ上がるということは、それだけで十分な昇進といえるのだが、そのことについて、あまり深く考えずに従属してしまうというのはそれだけでその人間の程度が知れてしまう。


 配属部署が変わることの意味を。


 因みに、雄也本人は、城仕えをしているものの、その身分はただの使用人である。

 だから、他の家臣たちのような兵や騎士たちのような縛りが存在しない。


 近衛、親衛、守護のそれぞれの派閥から時折、熱烈な勧誘はあるものの、全て自身が不相応だという理由をもって断っているのだ。


 そして、例え、どんなに破格の条件を出されたとしても彼は、微塵たりとも心が揺らぐことはないだろう。


 彼自身の目的のためには、制限の多い公的な身分など邪魔にしかならないのだから。


 それに身分に拘らずとも、生活の保障はされている。

 城仕えの使用人としては、かなりの好待遇を受けている自覚は雄也にあった。


 それはある意味、国王のアキレスを抑えているということでもあるのだが、これらに関しては本当に運が良かったとしか言いようがない。


 そして、王妃にとってはその異例とも言える厚遇が、雄也のことを苦々しく思う一因でもある。


 彼は元々、目障りな人間の下にいた少年の一人だった。


 その人間から捨てられ、この城にただ一人取り残されたとしてもその事実が変わることはない。


 その幼い心と身体を傷つけてしまえば間接的にあの人間への復讐となるはずだった。

 肝心の相手には大した傷を与えられないまでも、王妃自身の気は晴れる気がしたのだ。


 だが、忌々しいことに彼の心は折れなかった。


 どんな行為や言動に対しても屈服しなかったのだ。普通ならおぞましいような危害を加えた時でさえ、雄也は平然として見えたのである。


 それどころか、彼は息子である王子に取り入り、その上、多大な信用を獲得するというどんな魔法を使ったのか疑いたくなるような状況を作り出してしまった。


 そうなってくると逆に下手な手は出せなくなる。

 本当に彼は己の才能だけで、この城に居場所を作り上げることに成功したのだ。


 勿論、城内にも雄也を良く思わない人間は少なくない。


 王や王子から厚い信頼を得て、王妃からも目をかけられているように見えるのだ。

 この城内で、そんな立場にいることのできる人間は城内の食事を支配する料理長くらいのものだろう。


 誰もが羨むような状況にある者を、自分の才覚を棚上げした上で、妬まずにはいられないのが人間というものなのだ。


 だが、意外なことに、彼に対して特別悪く思うことがない立ち位置の者たちも、それなりの数がいたりする。


 その理由としては、彼が、周囲にいる人間の邪魔を一切しないという点が大きいのだろう。


 足を引っ張ることもせず、前に立ちはだかろうともしない。


 競うような状況にあっても、必ず一歩、後ろに引き、譲ってくれる。


 その上、相手をしっかりと立ててくれることも忘れない。


 自分に害がないどころか、逆に利益を与えてくれるような自身にとって都合が良い人間を嫌い続けることを難しく思うのも人間である。


 そして、王妃も少し毒気を抜かれてしまったというのは否定できない。


 どんなに憎い人間に仕えていたとは言え、それ以外の非が彼にはないのだ。


 彼女の嫌う人間がいなくなって早10年。

 逆恨みを続けるのも、八つ当たりをし続けるのもあまりにも長い年月が経っている。


 何度も身体を重ねることで多少の情が移ったこともあるかもしれない。


 それに、彼が言うように本当に連絡を取り合っていないのなら、既に接点はなくなったと考えるべきだっただろう。


 しかし、そんな時、怪しい少女が城に現れた。

 その娘は、どことなく以前、城にいた女に似ていたのだ。


 外見はまったく似ていなかったのだが、その少女は、あの日、城に来た女とちょっとした仕草や表情がそっくりだった。


 そして、王妃は、10年経って再びあの頃のように自身の平穏な生活を乱す者が現れたと確信してしまったのだ。


 このまま放置するのは、かなり危険な存在だと王妃の勘は告げていた。

 せっかくここまで問題なくやってくることができていたというのに。


 そう思ったからこそ、雄也を問い詰めるべく、待っていた。


 だが、少しの尋問や脅迫ぐらいで簡単に尻尾を出すような男なら、王妃だってここまで苦戦してはいないだろう。


 雄也は、情報国家の人間のように強かで油断や隙を簡単には見せることがない。


 本当に、相手にするのが面倒な青年に育ってしまったものであると王妃は内心、苦々しく思っていた。


 彼がそのように成長した一因は、王妃自身にあることも知っていたのだけど。

次話は本日22時に更新します。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ