表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1538/2805

無力さを悔やむ時期

 栞がリヒトを神官にさせたくない気持ちは嫌と言うほど伝わってくる。


 彼女にしては珍しいほどはっきりした否定的な感情。


 お互い、神官って職業に対して良い思い出は少ないからな。


 それでも……。


「オレにはリヒトの気持ちも分かる気がするから……、反対はしたくない」


 オレがそう言うと……。


「リヒトの……、気持ち……?」


 栞はきょとんとした顔でそう返した。


「本当は、オレよりもずっと、栞の方が分かっているとは思うけどな」


 そう言って笑ってやる。


「どういうこと?」

「栞も、リヒトと同じように自分の力の無さを悔やんでいる時期が何度もあったことを、オレは知っている」


 力なんて持たなくて良いのに。


 それでも、栞は自分の無力さを悔やむのだ。


「魔力の封印を解放した直後。水尾さんから指導をしてもらっても、栞は、魔法が使えないままだった」

「あ……」


 身体中に巡る強い魔力……、体内魔気を自在に操り、ただひたすらに防御を高めるだけの手段しか持たなかった。


 それでも、あれだけの魔法を向けられながら、ほとんど傷を負わないなんて、水尾さんからすればただの脅威でしかなかったことだろう。


 どれだけ防御特化型なのかと。

 それでも、栞は、魔法が使えないから自分は駄目だと思い込んでいた。


 だが、ある日、唐突に発想の転換をしやがった。


 普通の魔法が使えないものは使えないのだから仕方ない! と。


 そして、意識的に制御できるようになった「魔気の護り」を、相手にぶつける手段を思いつく。


 一手では駄目だと分かっていたから、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとばかりに滅多撃ちするのだ。


 あの発想はおかしい。

 物理的な盾を振り回して打撃武器として扱うのとはわけが違うのに。


 そして、その突飛な発想が、後のあの魔法に繋がっている気がしてならない。


「他にもあるぞ。リヒトと出会ったばかりの頃だ。あの『迷いの森』で『風魔法(Wind)』だけはできるようになったけれど、何故か、自分の意思で出力調整ができなくて、イライラしてたよな?」

「ああ、そうだったね」


 オレの言葉に栞は笑った。


 あの時のことは忘れられない。


 オレは、あの「迷いの森」で例の紅い髪の男が栞に対して何かしたから使えるようになったのでは? と、本気で疑っていたのだ。


 それとは全く関係のないところで、栞は自分で使えるようになっていたのに。


 今なら分かる。

 単なる嫉妬から来た状況把握の歪みじゃねえか!!


「リヒトも自分の能力を、自分の意思で使いこなせてはいない」


 オレは情けない自分の過去の埋めるかのように、言葉を続ける。


「心を読めるって能力は凄いけれど、それも自分の意思で読んでいるわけではなく、一方的で強制的に他人の思考が流れ込んでくるだけだ。それは知っているよな?」

「う、うん」


 リヒトからその能力を聞いたのは、カルセオラリア城が崩壊する前、栞がオレたちの近くから消えた時だった。


 それまで、ずっと当人は兄貴と栞にしか話していなかったらしい。

 兄貴に告げるまでは、ずっと一人で悩んでいたことも後からになって聞いたのだ。


 見も知らぬ他人の憎悪も欲望も、勝手に自分の中に流れ込んできて、抑制石を使わなくても言葉が分かってしまうカルセオラリア城にいた時よりも、ストレリチア城の大聖堂の方がその声が大きくて辛かったという話だった。


「大神官猊下は法力だけでなく、神の遣いである精霊族の能力についても詳しい。そういった意味でも、リヒトにとっては多くを学べる機会となる。オレたちは、法力だけでなく、精霊族についても無知だからな」


 それは、今回のことで嫌と言うほど思い知らされた。

 油断していたなんて言葉で許されるようなことではない。


 一歩間違えば、栞をこの上なく傷つけることになっていたのだ。


 だから、知識は喉から手が出るほど欲しい。

 そのために兄貴もこれまでになく行動するようになっているのだろう。


 栞の「嘗血(しょうけつ)」行為をして、真央さんを取り込んで、大神官を呼び寄せて。


 陰で動くことの方が多かった男が、ここに来て表でも目立って動くようになった。

 もう二度と後手に回らないように。


「まあ、それらは全部建前だな」

「へ?」

「考えてみろよ」


 いろいろ理由付けても最終的に目指す場所は一つ。


「リヒトの立場からすれば、オレたちが認めるような能力を持つ大神官猊下から、『聖女の卵()』の『助けになる』と断言されたら、喜ばないはずがないと思うぞ」


 そして、大神官もそれを知っている。


 何故なら……。


「自分の力が、誰かの助けになることは嬉しいもんだからな」


 栞が屈託なく笑ってあの方に礼を言うと、あまり変化のない表情が分かりやすく緩むのだ。


 尤も、それは大神官に限った話ではないのだが。


「九十九も、そう思うの?」


 だが、何故か、栞からはそんな不思議な言葉を返された。


「? 栞はそうじゃないのか? 誰かを手助けすることは嫌いじゃないだろ?」


 そうじゃなければ、あそこまで無謀な行動をしないだろう。


 人間界で、魔法が使えないくせに周囲の人間庇って、ボロボロにされながらも紅い髪の男の前に立っていたことをオレは忘れてねえぞ。


「いや、わたしはいつもあなたに助けられているから、そろそろ嫌じゃないかなと思って……」

「それがオレの仕事だからな」


 それと比べるのはおかしくねえか?

 栞はいつだって、自分の意思で人を助けようとしている。


 オレは栞が関わらなければ、他の人間なんかどうでも良いんだ。


「でも、わたしを助けることが、あなたにとって悪くないのなら、少しは気が楽になるんだよ」


 そう言って、栞は何故か微笑んだ。


「? よく分からんが、オレは栞から頼られるのは嬉しいぞ?」


 正直、栞が何を気にしているのかが分からない。


 どちらかと言えば……。


「だから、もっと頼れ」


 心の底からそう思う。


「九十九の方はどうだった?」

「あ?」


 不意の話題転換についていけず、思わず、短く返答する。


「水尾先輩とアリッサム城に行って、危険はなかった?」


 栞としては気になるよな。

 そうだよな。


 なんと答えたものか……。


「目に見えて分かるような危険はなかったよ。警戒していた残党もいなかった」

「そ、そっか……」


 分かりやすくほっとされた。


 どれだけ心配をかけていたか分かる。


 同時に、今、自分にかかっていた強化魔法の全てが消失したのを感じた。


「ただ……、水尾さんは辛かったと思う」

「そっか。九十九は大丈夫?」

「オレは男だからな。水尾さんほどじゃないよ」


 目を泣き腫らした水尾さんに比べれば、オレの方は大したことではない。


 恐らく、オレがやったことを知れば、栞の態度は変わってしまうだろう。


 今みたいに、オレの顔を無防備なまま覗き込むようなこともしてくれなくなる。

 それだけのことをした自覚はある。

 

 だが、この時のオレはよほどひどい顔をしていたのだろう。

 栞は、少し考えて……。


「九十九は、何か欲しいものがある?」

「へ?」


 そんな、思考が停止するような言葉を吐きやがった。


「今回のことは、わたしの我儘だから、わたしがあなたに何かできないかと思って」


 この女はまだこんなことを言いやがる。


「今回のことはオレの我儘だって言っただろう?」


 だから、余計なことを考えなくて良い。


「それは、連れ去られた水尾先輩を助けるまで、でしょう? その後始末までは、九十九の範囲外だよ」


 そして、余計な部分に気付くな。


 単純にあの場所に関わって欲しくなかっただけだ。


 水尾さんだけなら良い。

 あの場所は彼女の生まれた場所だ。


 だが、栞は違う。


 そして、「聖女の卵」である栞があの場所に出向いたら、新たな危険がないとは言い切れなかった。


「だから、わたしにできそうなことなら、何でも言って?」

「なんっ!?」


 特に深い意味はないと分かっていても、反応してしまう我が身が憎い。


 鼻血が出るかと思うほど、一気に顔に血が集まったことが分かる。


「待て待て? 今回のことは、オレがあの場所にお前を行かせたくなかっただけだ。だから、オレの我儘だ。我儘で良い。そういうことにしておけ」


 一気にまくし立てて、これ以上言わせまいとする。


 今のオレは精神的に不安定だ。

 余計なことを言われて何をしでかすか分からない。


「でも、それって九十九だけが大変な目に遭ってるよ?」


 心配そうに見上げられる。


「オレは護衛。お前は主人。だから、オレの方が大変な目に遭うのは当たり前」


 危険な目に遭って欲しくない。


 嫌なことからはできるだけ逃がしてやりたい。


「……とは、言っても、お前は納得するような女じゃないよな」


 そんなオレの気持ちが伝わっているなら、オレに苦労はない。


「それなら、少しだけ、良いか?」


 それでも、オレの心を気遣ってくれる栞の気持ちは素直に嬉しい。


 だから、オレは栞に向かって手を差し出す。


「はい」


 そのまま返事をして、柔らかい手が載せられ、立ち上がってくれた。


「悪い」


 オレはその手を強く引くと、栞の身体が吸い寄せられる。


「ほへ?」


 そんな珍妙な声を聞きながら、オレは栞の身体を抱き締めたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ