驚異的な存在
水尾さんが精霊族を従わせる言葉を聞いた時から気になっていたのだ。
「水尾さんや真央さんが精霊族を従えた時と、オレが栞から『命令』された状態は、似ているか?」
オレは、自分が栞から「命令」された時のことをよく覚えていない。
完全に意識がなくなっているらしく、栞からどんなことを命じられ、どう従っているのかは分からない。
だから、客観的に自分のその状態を見たことがないのだ。
「言われてみれば、似ている気がするな」
少し間をおいて、兄貴が答えを出した。
「なるほどな」
それを聞いて、納得できた気がする。
オレや兄貴に「命令」という言葉を使うことを、栞も、昔のシオリも、ずっと嫌がっていたことに。
その絶大な効果を知った上で、どちらの栞も「絶対、使わない」まで言いやがった。
尤も、シオリは、オレたちと別れる時、その後を追わないように足止めする時に使いやがったし、栞は、「発情期」でオレの意識を奪うために使ってくれた。
その時のこともよく思い出せないくせに、どちらも、その直線に当人が泣き出しそうな顔をしていたことだけは覚えている。
幼少期の方は、「過去を見せられて思い出した」が、正しいが、そこが問題ではないので今はおいておく。
オレはそれがずっと不思議だった。
我が強い主人なのだ。
そんな彼女たちの意思にオレが逆らおうとするなら、強制的に従わせれば良い、と。
そこまでしないのなら、それは本気じゃないとまで思っていたぐらいだ。
だが、それが少し違ったことは、水尾さんが精霊族たちを従える姿を見て理解させられた。
試しに呟いた水尾さんの言葉が聞こえたのか、精霊族の血を引く女たちは、眠った状態だったというのに、いきなり目を見開いたのだ。
そして、突然、ゾンビのように起き上がり、柔軟体操のような前屈姿勢。
しかも、光のない瞳だけを水尾さんに向けているあの状況は横にいたオレから見ても、本当に異常としか思えなかった。
しかも、全く動かないのだ。
水尾さんが怖々と新たに言葉を告げるまで、瞬きすらせずに、目だけが向けられている光景は夢に出るかと思った。
そんな姿に似ているってことは、オレも似たような顔をしていても不思議ではない。
そして、真っ当な神経をしていれば、そんな状態となってしまった友人なんて見たくないだろう。
彼女たちが「絶対に使わない」と嫌がるわけだ。
「俺も精霊族が隷属した状態と言うのは初めて見たが、クレスノダール王子殿下やオーディナーシャ殿のような精霊族の使役とは随分違うのだということは思った」
やはり、精霊遣いとされる人間たちの能力とは随分違うらしい。
確かに、クレスノダール王子殿下が以前、紅い髪の水鏡族を呼び出した時は、随分、自由だった。
表情もあったし、自分の意思で行動していたと思われる。
そして、余計なこともしやが……、いやいや、あの時は決して何もなかった。
オレにとって、記憶から抹消したくなるほどのことなんて何も起きてない、絶対に。
「そして、お前の『強制命令服従魔法』と似ているとは、今、お前自身から言われるまで意識もしていなかったな」
それは、少しだけどこかが違うということだろうか?
「だが、当人の意思を無視した強制的な隷属状態という点から考えても、確かによく似ているとは思う」
「そうか」
似ていない気がするけど、意識すれば似ているということか。
なるほど、よく分からん。
そして……。
「なんで、逆に兄貴は意識が残るんだ?」
そこが解せない。
オレが主人に対して強制的に隷属する状態と言うのも別に良い。
栞に危険がない限り、オレは決して彼女の意思に逆らいたいわけじゃないのだ。
「それについては、俺に言われてもな」
兄貴が苦笑する。
「兄弟であっても、魔法を施された年齢は異なるし、俺とお前とでは自我も全く違う。それ以外なら、あの時点での魔法耐性などいろいろと考えられるが……」
兄貴なりの見解を述べる。
それらは、オレも同意見で納得できるものではあるのだが……。
「最大の違いは、あの時、俺が素直に受け入れなかったというのは……、あるかもな」
「…………あ?」
今、なんか、変な言葉が聞こえた気がするぞ。
兄貴が、素直に受け入れなかっただと?
「俺はお前と違って、陛下の言葉を素直に聞き入れなかったんだよ」
「ちょっと待て?」
それが本当なら、随分、状況が違う。
オレは、あの時、シオリの傍にいるための約束事として、国王陛下の言葉に対して、素直に頷いた覚えしかない。
当時、3歳だ。
それを覚えているだけでもマシじゃねえか?
「馬鹿正直なお前と違って、大人の言葉を全て受け入れられるような素直さを持ち合わせていなかったからだろうな。心の中で、悪態を吐きながら全力で抵抗した覚えがある」
「不忠義者って言って良いか?」
いろいろ突っ込みたいが、最初に出てきた言葉はそれだった。
「出会ったばかりの相手に拾ってもらった恩義はともかく、忠義なぞ抱けるか」
それもそうだ。
しかも、拾ったのはシオリで、国王陛下は城に住まう許可をくれただけだった。
それでも、オレにとっては良かったのだ。
あの時、大粒の涙を零していた女の子の傍にいることを許されるなら、どんなことでも我慢できると思った心に偽りはないのだから。
だが……。
「それぐらいで防げるものか?」
仮にも、国の頂点に立つ国王陛下から、受けたものだった。
今でこそ多少の魔法に対する抵抗力の高い兄貴でも、当時はまだ5歳のガキんちょでしかなかった。
それも、今だから思うが、アレは、普通の魔法とは違うものだ。
だから、どちらかと言えば、契約儀式に近いもので、多少、魔法に対する抵抗をしたところで防げるような代物だとは思えない。
それに……。
「そうなると、もう一つの『強制命令服従魔法』も、兄貴の方がその効果も薄いってことか?」
その原因を作った当事者なのに?
「さあな? そちらについては、まだ一度も発動したことはないから分からん」
「いや、発動していたら今頃は……」
「まあ、その辺りを含めて一度、雇用主に確認しておけ。同じ兄弟で差が出た理由など、本来、その魔法を知ることもない人間に分かるはずもない」
「そう簡単に確認できるかよ」
相手は一国の王だ。
普通に考えれば、対面することすら適わないような存在であるのに、さらに、そこで、問い質すなんて無理だろう。
どれだけ面の皮が厚ければ、それが罷り通ると言うのか?
……目の前にいる男ほどか。
兄貴はオレがこの世界に一度も戻らない間、ずっと人間界とセントポーリア城を往復していた。
その結果、セントポーリア国王陛下と直々に「伝書」を遣り取りできるような間柄となっている。
オレたち兄弟に施された「強制命令服従魔法」は、普通に生活していれば、貴族であっても知る機会は少ないらしい。
魔法国家の王族であった水尾さんは知っていたけれど、それは彼女が王族だったからだろう。
対象者の意思とは無関係のまま、強制的に従わせる方法など、そう公にできることではないのだ。
その存在を知られることは、逆に、臣下たちから猜疑心を抱かれかねない。
だからこその秘術扱い。
普通に生きていれば、生涯知ることもないようなものを、オレたち兄弟が知っている方が異例なのだ。
そんな手段を使われてしまうほど、娘が大事で、オレたちが信用されていなかったことになるのだが、それは良い。
結果として、その手段に救われている。
オレが今、ここでこうしていられるのも、そのおかげなのだから。
まあ、同時に、余計な苦しみを与えられている感もあるのだが。
「しかし、隷属か……」
兄貴が呟く。
「王族と言うのは本当に驚異的な存在だな」
「そうだな」
それについては同意以外ない。
本当に驚異的で出鱈目で不合理な存在。
普通の人間が数十年と努力しても届かないような領域に、呼吸をするだけのような気軽さで、あっさりと上り詰めてしまう。
それが、オレたちの周りには、主人を始めとして何人もいるのだ。
ただの一般人のオレとしては、頭痛のタネでしかない。
できれば、大人しくしていて欲しいが、どこに行っても、誰かが厄介ごとに首や足を突っ込んでしまう。
恐らく、これから先もずっとオレはそれらに振り回されるんだろうな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




