護衛青年は自分の手を汚す
前話から内容を察していただければと思います。
「ソレはオレが使わせた」
オレはきっぱりと言い切り、兄貴に目を向ける。
「お前が?」
どこか訝し気な視線。
「おお」
「つまり、お前が女性たちに使用したということで間違いないか?」
「水尾さんに任せたくなかったからな」
兄貴は少し考えて……。
「性別を考えれば同じ女性である彼女に任せるべきだったのではないか?」
そう鋭い目を向けた。
「兄貴なら任せたか?」
「まさか」
兄貴は口元に薄く笑みを浮かべて否定する。
「そんな危険な真似を女性にさせるわけがないだろう?」
「そうだろう? オレもそう思ったから、オレがやったんだよ」
相手の精神状態はまともではなかった。
恐慌から出る耳を劈くような激しい奇声や乱暴な振る舞い。
それは、睡眠系の処置を施したぐらいで簡単に収まるようなものではなく、時として悪化もした。
眠っていても生物の身体は動く。
衰弱した身体に本人の意思を無視するような魔法をあまり重ね掛けはしない方が良いし、薬物を使うにも個々の相性や限度はある。
それを検証するような余裕もなく、そうなると、意識を奪う以上の手段も選べない。
それなら、同性であっても水尾さんに無理させるよりは、オレがやった方が無駄はないと判断した。
相手を眠らせても、衝撃で目覚めないとも限らない。
だから、周囲を完全に真っ暗な闇に落とした後、眠らせた上で、強引に止血栓を突っ込むことにしたのだ。
勿論、その方法に関して水尾さんは大反対した。
女たちのことを考えてじゃない。
オレのことを考えて。
だが、栞によって強化されていたオレなら、眠った状態の中でも激しい抵抗にあっても、容易に力負けすることはない。
相手が下着など邪魔しそうなモノを身に着けていなかったことも幸いだった。
気配が分かれば、相手は人型だ。
身体の構造、位置関係がそこまで変わらなかった。
ここにいたヤツらが、そんな相手を選んでいたのかもしれないが。
つまり、不慣れなオレでも、ある程度、場所が分かれば、まあ、どうとでもなることだった。
人間でも精霊族の血を引いていても、そこまで極端に位置がずれるわけではないらしい。
勿論、細かく言えば、その、いろいろ違ったようだが、オレは目視確認をしていないからその部分においての個体差と言うか、それらの違いを全て理解はしていないだろう。
暗闇に自分の目がすぐ慣れる可能性も考えて、自分の視界は厳重に、必要以上に目を覆うことにしていた。
女たちのことを考えてじゃなく、オレ自身が自分の行為を直視することができなかっただけだ。
水尾さんが言うように「紳士」ではなく、意志薄弱なだけだ。
それでも、あの独特の感触は暫くこの手に残るだろう。
手袋を数枚重ねても、自分の感覚全てに容赦なく伝わってくるのだ。
動かず位置を確認するために押さえた女の身体とか、手に持った止血栓越しに伝わるその手応えとか、見えていないために時々触れてしまった患部の感触とかを全て。
それだけでなく、耳に届く音や鼻を突く匂いもあった。
だから、耳も鼻も塞いだ。
接触するほどの密接距離だったために、自分が持つ感覚がそれらを逃すこともさせてくれない。
だから……。
「あの人に、あんな汚れ仕事をさせられるかよ」
心底そう思った。
相手の救済という大義名分を掲げていても、相手の了承も取らず、意識を奪った上で、乱暴な行いをしているという意味では、オレもヤツらとそこまで大差はないことは承知している。
しかも、本当は救済ですらなかった。
治療の方はそのついでのようなものなのだから。
オレたちは、自分の目的のために、何も知らない女たちを犠牲にしているのだ。
だが、他にどんな方法があった?
そして、水尾さんはある意味、栞以上にこういった事態に慣れてないことを知る機会もあった。
彼女は、王族だ。
そんなものから引き離されて育てられていた可能性は高い。
だから、実践している時も、その後も、扉の向こうで泣きながらオレを待っていてくれた水尾さんに対して処置の完了を告げた時も、彼女に押し付けなくて良かったと逆に安堵したのだ。
「半童貞がよくやったものだな」
オレの言葉に、兄貴が感情の読めない表情でそう言った。
「うっせえ。半童貞って言うな」
「褒めているつもりだが?」
「褒めるなら素直に褒めろ。余計な固有名詞を付けるな」
「よくやったな」
一瞬、何を言われたかが分からなかった。
「わざわざナニかに操を立てずとも、患部の確認しながらした方が余計なこともしなくて良かっただろうに、ご苦労なことだ」
そして続いた嘲笑う言葉。
やはり、素直に褒められたわけではないらしい。
「阿呆か。その半童貞が、無防備な女の裸体を見せつけられても、本当に微塵も邪な考えを抱かないと思うか?」
オレがそう言うと、兄貴は一瞬、目を丸くして……。
「なるほど。それは相手にも失礼な話だな」
その兄貴の言い分もどうかと思うが、オレは聖人君子ではない。
その自覚は多分にある。
目の前で女のそう言った姿を見せつけられたら、邪心を持たない自信はなかったのだ。
これは、精神的な話ではなく、本能的なものだから仕方ない。
それを少しでも防ぐために、自分の視界を閉ざすことを優先した。
その後に抱くであろう罪悪感を減らしたかったのだ。
そして、視覚、聴覚、嗅覚を封印した。
だが、それ以外の感覚だけを使った行為でも、相手に対する罪悪感だけでなく、自身に対する嫌悪感とその状況での不快感を拭い去ることはできなかった。
いや、なまじ、感覚の一部を封じたことで、その他の感覚が鋭敏になってしまった気さえする。
そして、その結果、余計な場所に触れたりしてしまって、余計な心労が追加されたとしても。
せめてもの救いは、オレがあんな状況では一切、興奮する気が起きなかったことだろうか。
「お前の犠牲は無駄にしない」
「オレが死んだような言い方は止めろ」
不吉なものを感じるじゃねえか。
「幸いなことに、今なら法力の鑑定士もいる。俺たちだけで調べる以上の情報が手に入ることだろう」
「まさか。大神官にも確認させる気か?」
確かにタイミング的には丁度良いかもしれないが、それを承諾させられるのか?
絶対、お叱りを受ける案件だろう?
「既に話をした上で、検証することの承諾を得ているぞ」
「……マジかよ」
それは意外だった。
寧ろ、オレたちのやり方を咎められてもおかしくはない行為なのに。
そして、同時に、オレがそのブツを持ち帰ることは信じられていたらしい。
「方法、手段はともかく、それらの確認行為自体は、神官たちの情事検証で慣れておられるそうだ」
「事情じゃなくて、情事かよ」
そんなどうでもよい部分に、思わず突っ込んでしまった。
「神官たちは本当に闇が深いんだな」
改めてそう思うしかない。
慣れていると言うことは、検証しなければならないような事態が何度も起きているということだ。
それを思えば、今回のことは、氷山の一角なのかもしれない。
「その大神官はどこにいるんだ?」
「外で会わなかったか?」
「会ってねえ」
オレが島に戻った時、隣の建物に栞の気配しかなく、それ以外の人間たちの姿もなかった。
「ならば、奥に向かったかもしれないな。大神官は聖堂を建てる場所を選んでいるはずだ」
「奥って、大丈夫なのか?」
この島は中心に向かうほど、一部の古代魔法を除いて、普通なら魔法が使えなくなるらしい。
問題なく魔法が使えるのは、この建物がある浜辺だけだった。
「あの結界なら、魔法はともかく、法力には影響がないとおっしゃられた」
「マジかよ」
「種類が違うらしい」
「……だよな」
それでもどこか複雑な気分になるのは何故だろうか?
兄貴も同じような気持ちなのだろう。
その表情に少しだけ余裕が消えている。
これは不機嫌になっている顔だ。
藪をつついたか?
「あと、水尾さんに例の文言は伝えたぞ」
話を変えるべく、オレはそう伝える。
こちらも、後からバレるよりはマシだ。
「これらの状況を鑑みれば妥当だな。少しでも逆らわない手足は多い方が良い」
兄貴があそこまで状況を想定していたとは思えない。
だが、保険のためにオレに渡したモノが、効果を発揮した。
―――― 太古の契約に基づき、火の大陸神の加護を受けし血族が告げる
水尾さんのそんな言葉だけで、精霊族の血を引いているように見えた7人の女たちはその雰囲気を変え、両腕を前に伸ばし、両腕とつま先、額と胸を床に付けたのだ。
その図を見て、オレはなんとなく、人間界のヨガと呼ばれる運動に、似たような姿勢があったと思った。
そして、同時に、あることに思い至った。
「兄貴は、オレがシオリや栞から、『命令』された時の状態を知っているよな?」
「ああ、俺も同時に『命令』されているということになるけどな」
あの時、精霊族の血を引く女たちは、水尾さんの言葉だけでその表情を変えた。
「水尾さんや真央さんが精霊族を従えた時と、オレが栞から『命令』された状態は、似ているか?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




