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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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我儘なのは分かっているけど

 分かっている。

 これはわたしの我儘だって……。


「でも、お前はリヒトを神官にさせたくないんだよな?」


 だから、その九十九の問いかけにもどう答えて良いのか分からなかった。


 リヒトがやりたいというのだから、勿論、やらせるべきだとは思う。

 でも、させたくないという気持ちがどうしても消えない。


「お前の気持ちは分からなくもない」


 九十九はそう言ってくれる。


「今の神官の中には碌でもない人間も少なくないみたいだからな」


 そうなのだ。

 わたしも九十九も、ストレリチア城や大聖堂に滞在している。


 そして、わたしが「聖女の卵」というものになってしまってから、神官たちと会う機会、話す機会も少なくなかった。


 それに、今回の……、九十九たちが向かったアリッサム城には、穢れた思想を持った神官が複数名、関わっている可能性が高いらしい。


 それが、現役の神官か、還俗した元神官による行為なのかは分からないけれど、普通の、「法力」に関わりのない人間は、「穢れの祓い」と称して、女性たちに性的な暴行を加えることはしないのだ。……多分。


 わたしが知っている「法力」に関わりのない人間は目の前にいる九十九たちを始め、ある程度理解できるぐらいの倫理観を持っている。


 だから、本当の意味で、この世界で平均的な人間というものを、わたしは知らないのだ。


「だけど、オレにはリヒトの気持ちも分かる気がするから、反対はしたくない」

「リヒトの……、気持ち……?」

「本当は、オレよりもずっと、栞の方が分かっているとは思うけどな」


 九十九はそう言って笑う。


「どういうこと?」


 九十九の言っている意味が理解できなくて、問い返す。


「栞も……、リヒトと同じように自分の力の無さを悔やんでいる時期が何度もあったことを、オレは知っている」


 それは懐かしさを秘めたような表情だった。


 そうなると、わたしの知らない、覚えていない時期だろうか?


「魔力の封印を解放した直後。水尾さんから指導をしてもらっても、栞は、魔法が使えないままだった」

「あ……」


 九十九が口にした時期は、そんなに昔の話ではなかった。


 確かに、あの頃のわたしは自分の力の足りなさを何度も悔やんで、そして、開き直ったのだ。


 使えないものは使えないのだから仕方ない! と。


 その結果、魔法が使えない自分でもできることを頑張ろうとして、自分で意識的に制御できるようになった「魔気の護り」を使うことを思いついた。


「他にもあるぞ。リヒトと出会ったばかりの頃だ。あの『迷いの森』で『風魔法(Wind)』だけはできるようになったけれど、何故か、自分の意思で出力調整ができなくて、イライラしてたよな?」

「ああ、そうだったね」


 あの時のわたしは本当に苛立っていた。


 自分の意思で魔法が使えるようになったと思ったのに、結局できなくて、時間を無駄に費やしてしまったのだ。


 それはまだ一年前の話。


「リヒトも自分の能力を、自分の意思で使いこなせてはいない。心を読めるって能力は凄いけれど、それも自分の意思で読んでいるわけではなく、一方的で強制的に他人の思考が流れ込んでくるだけだ。それは知っているよな?」

「う、うん」


 だから、リヒトは心の強い人間の傍でなければ夜、眠ることも難しかった。

 眠る時の無防備な状態の時ほど、他人の声が流れ込んでくるらしいから。


 だから、城や大聖堂など、他人の多い建物で眠る時は、知っている人間と一緒に寝て、その相手の思考(こえ)だけに集中するしかなかったと聞いている。


 そんなリヒトも、銀の頭輪(サークレット)を装着することで、自分の精霊族としての能力を押さえることを知った後は、かなり楽になったらしい。


 尤も、その銀の頭輪(サークレット)を付けている間は、スカルウォーク大陸言語以外での会話ができなくなるので、本当に眠っている時限定の装備品ではあるのだけど。


 そして、銀製品を身に着けることを教えてくれたのは、大神官である恭哉兄ちゃんだった。


「大神官猊下は法力だけでなく、神の遣いである精霊族の能力についても詳しい。そういった意味でも、リヒトにとっては多くを学べる機会となる。オレたちは、法力だけでなく、精霊族についても無知だからな」


 その言葉は、今回のことでもよく分かった。


 どんな物事でも、専門的な知識は不特定多数に公表などせず、内々で秘匿するものである。


 専門的な知識を専門外の相手に与えることは、自分たちの優位性を崩し、主導権を奪われかねないからだ。


 雄也さんや九十九がどんなに勉強をして学んでも、自学自習、書物だけで得られる知識(情報)には限りがあるということを、わたしたちは嫌と言うほど理解させられた。


「まあ、それらは全部建前だな」

「へ?」


 建前?


「考えてみろよ。リヒトの立場からすれば、オレたちが認めるような能力を持つ大神官猊下から、『聖女の卵()』の『助けになる』と断言されたら、喜ばないはずがないと思うぞ」


 九十九がそう苦笑した。


「自分の力が、誰かの助けになることは嬉しいもんだからな」


 さらにそう付け加える。


「九十九も、そう思うの?」


 あなたは、いつも、誰かを助けているのに?

 そして、いつも、わたしはあなたに助けられているのに?


 それは、あなたにとって嬉しいことなの?


「? 栞はそうじゃないのか? 誰かを手助けすることは嫌いじゃないだろ?」


 不思議そうに問い返された。


「いや、わたしはいつもあなたに助けられているから、そろそろ嫌じゃないかなと思って……」

「それがオレの仕事だからな」


 それはそうなのだろう。


「でも、わたしを助けることが、あなたにとって悪くないのなら、少しは気が楽になるんだよ」


 勝手だとは思う。


 だからって、彼にいつも甘えて良い理由にはならないのに。


「? よく分からんが、オレは栞から頼られるのは嬉しいぞ?」


 本当に分からないのだろう。


 九十九は首を傾げながらそう言った。


「だから、もっと頼れ」


 この護衛は真面目な顔で、しかも他意なくそんなことを口にする。


 彼が時々、わたしに対して、明確な線引きをしてくれなければ、誤解してしまうではないだろうか?


 まあ、そうならないための線引きなのだろうけど。


「九十九の方はどうだった?」


 話題を逸らしたくて、口から出てきたのはそんな問いかけだった。


「あ?」

「水尾先輩とアリッサム城に行って、危険はなかった?」


 わたしとしては、そちらも気になっていたことだった。


 前回、帰ってきた直後よりは、九十九に危うさは感じないけれど、それでも、彼の体内魔気はまだ落ち着いていない気がする。


「目に見えて分かるような危険はなかったよ。警戒していた残党もいなかった」

「そ、そっか……」


 そのことにほっとする。


 九十九や水尾先輩に危険がなかったなら、それが一番良い。


「ただ……水尾さんは辛かったと思う」

「そっか……」


 自分が住んでいた場所が、酷い行いに使われていたのだ。


 それはどんなに覚悟をしていても、辛いし、嫌だったことだろう。


「九十九は大丈夫?」

「オレは男だからな。水尾さんほどじゃないよ」


 それでも、そう言った九十九の目が微妙に揺れた。


 やっぱり、男性であっても、精神的にきつい場所だったかもしれない。


 九十九たちが向かったアリッサム城にはまだ、多くの衰弱した女性たちが残されていると聞いている。


 魔法は万能ではない。

 漫画や小説のように、全ての人間を救うなんて、簡単なことではないのだ。


 中には、九十九の治癒魔法だけでは癒すことができないような怪我を負わされていた女性も、数人いたらしい。


 しかも、そこにいたのは男の人たちから酷い目に遭わされた女性ばかりだったそうだ。

 その時点で、個人で救える範疇を越えているのだろう。


 それでも、九十九は水尾先輩と共に少しでも、その女性たちを助けようとその場所に向かったのだ。


 わたしは主人としても誇りに思うし、友人としても彼のことを尊敬する。


 だから……。


「九十九は、何か欲しいものがある?」


 気付いたら、そう口にしていた。


「へ?」


 九十九がきょとんとした顔をする。


「今回のことは、わたしの我儘だから、わたしがあなたに何かできないかと思って」

「…………」


 ぬ?

 なんか、凄い目で睨まれましたよ?


「今回のことはオレの我儘だって言っただろう?」

「それは、連れ去られた水尾先輩を助けるまで……、でしょう? その後始末までは、九十九の範囲外だよ」


 わたしたちに中で、治癒魔法を使えるのは九十九だけでない。


 わたしだって使えるのだ。

 ちょっと吹っ飛ばし攻撃が付随するけど。


 でも、彼は、その場所にわたしを行かせないために、自分が行くと言ってくれた。

 いわば、身代わりだ。


 それなら、ちゃんと恩を返さねば!


「だから、わたしにできそうなことなら、何でも言って?」

「なんっ!?」


 さらに驚かれたよ?


「待て待て? 今回のことは、オレがあの場所にお前を行かせたくなかっただけだ。だから、オレの我儘だ。我儘で良い。そういうことにしておけ」


 何故か口を押さえながらも、言葉は押さえてない。


「でも、それって九十九だけが大変な目に遭ってるよ?」

「オレは護衛。お前は主人。だから、オレの方が大変な目に遭うのは当たり前」


 九十九はいつもそんなことを言う。


 確かにただの主従ならそうなのかもしれないけれど、彼は同時に、わたしの友人でもあるのだ。


 それなら、対等になりたいと思うのはいけないのかな?


「……とは、言っても、お前は納得するような女じゃないよな」


 まるで、わたしの物分かりが悪いみたいに言われる。


「それなら、少しだけ……、良いか?」

「はい」


 九十九が手を差し出したから、なんとなくその手を取って、そのまま立ち上がる。


「悪い」

「ほへ?」


 その謝罪の言葉の意味を深く考えるよりも先に、わたしは腕を引かれ、九十九の腕の中に収まってしまったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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