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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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もう子供じゃない

『遅かったな』


 そこにいた長耳族の青年……、リヒトはわたしたちの顔を見るなりそう言った。


 この建物内にいた精霊族たちは、動ける者も動けない者も、既に集落に戻したらしい。

 但し、念のために女性たちはこの建物内で休ませている。


 スヴィエートさんは、少し離れたところで眠っていた。


『事情は聞こえていた。大神官猊下の申し出に、俺としては異存ない』


 さらに続けられる言葉に、恐らくこの場でわたしが一番、動揺していたのだと思う。


 リヒトは離れた人間の心を読むことができるのだ。

 だから、自分に関する話をされていたことに反応しないはずもない。


 そして、これまでの話をずっと黙って聞いていたのだろう。


「り、リヒトはそれで良いの?」

『この世界最高峰の法力使いに自分が見込まれたのだ。誉れこそあれど、そこに不満などあるはずもない』


 そのリヒトの言葉も分かる。


 確かに凄い人から自分が認められるって嬉しいことだから。


「だ、だけど……」


 いくらなんでも、いきなりすぎるではないか。


 もう少しいろいろと、段階を踏んでからというのなら分かる。


 今回、恭哉兄ちゃんからの申し出も突然だったし、それにリヒトが応えるとも思っていなかったのだ。


「栞ちゃん」


 雄也さんが戸惑っているわたしの肩に手を置く。


「リヒトは、もう俺たちの庇護が必要な子供じゃないんだよ」


 そして、さらにそんなことを言われた。


 確かにリヒトの外見は大きく成長している。

 でも、わたしの中ではまだどこか幼いままなのだ。


「それに、キミは当人の意思を尊重するんだろう?」


 雄也さんに耳元で囁かれて、そのことを思い出した。


 そう言ったのはわたしの方だ。


 でも、動揺してしまったのは、どこかでわたしはリヒトをまだ幼い子供扱いしていたということなのだろう。


 だから、彼は離れることを選択しないと思い込んでいたのだ。


『シオリ』


 目の前の長耳族の青年は、そんなわたしの心を読んでいるのに笑みを浮かべる。


『すぐにシオリから離れるわけではない。俺も大神官猊下にも、先々のために準備は必要だ』

「そうだな。今すぐリヒトに抜けられるのはこちらとしても困る。少なくとも、愚弟たちが戻るまでは待って欲しい」

「こちらとしては構いません」


 混乱しているわたしの気持ちを他所に、話がどんどん進んでいく。


 いや、この場合、リヒトと恭哉兄ちゃんが当事者で、雄也さんがこれまでリヒトの保護者をしている。


 だから、わたしはこの話に関係ないのだ。


『そんなことはない』

「へ?」


 リヒトがわたしに鋭い目を向ける。


 わたしの思考を読んだらしい。


『シオリは俺にとって大事な人だ。だから、この話に関係ないはずがないだろう? そして、俺はシオリのために大神官猊下の申し出に応じることにした』

「わ、わたしの……ため?」


 どういうこと?


『大神官猊下。俺……いや、私が力を付けることは、間違いなく『聖女の卵』の助けになるのでしょう?』


 リヒトが恭哉兄ちゃんに向き直る。


「貴方が自己の研鑽を怠らなければ」

『懈怠の心など、師からも兄弟子からも学んだ覚えはありません』


 その遣り取りと、リヒトの表情を見て、なんとなく、雄也さんの姿が重なった。


 先ほどからずっと、リヒトはわたし以上の受け答えをしていると気付いている。

 確かに、彼はもう幼子(おさなご)ではない。


 それなのに、どうして、こうも不安になってしまうのか?


「いきなり、貴女から奪うつもりはないですから、安心してくださいね」


 ふと恭哉兄ちゃんと目が合った。


 さらにそう微笑まれる。


「そんな心配は全然していないですよ」


 そう思われていたなら心外だ。


 この世界で、恭哉兄ちゃんは信用のおける人だと思っている。

 だから、リヒトを託すことに不安はない。


 勿論、大神官と言う立場上、特定の人間に肩入れなどできないことは分かっている。

 それでも、陰ながら支えてくれる人なのだ。


「ただ、わたしにとってはいきなりの話なので、戸惑っているだけです」


 素直にそう口にした。


「わたしは、リヒトに法力の才能があることを知りませんでしたから」


 だから、余計にびっくりしたのだと思う。


「法力については、自分自身でもその存在は分からないことが多いようです。ただ……、そうですね。魔法を使う時に違和感がある……とは伺っております」

「魔法を使う時に、違和感?」

「はい。もしくは、魔法を契約する際に、言いようがない忌避感を覚える者もいるそうですよ」

「それはなんで?」


 わたしも何度か魔法の契約はやってみたけど、嫌だと思ったことはない。


 寧ろ、契約詠唱はときめくぐらいだ。

 魔法によっては、ファンタジー好きの心を擽るような長文もある。


 まあ、結果として、わたしにとってはほとんど意味がなかった気がするけどね。


『神に願うからだろう』

「ほ?」


 恭哉兄ちゃん以外の声がした。


 リヒトだ。


『何度かその契約詠唱とやらを聞かせてもらったが、ほとんどの文言に神や精霊に祈りを捧げることから始まる』

「でも、法力もそうじゃないっけ?」


 リヒトの言葉に首を捻った。


 寧ろ、法力の方が神に願っている気がする。


『神や精霊に祈りを捧げても契約できるか分からない。契約できても使えるか分からない。それが魔法だろう? だが、法力は祈りを捧げることをその神によって許可されたなら、効力の強さに差はあっても使うことができる。その不安定さが嫌なのではないだろうか?』

「……そうなのか」


 確かに魔法は契約段階で躓くことも多い。


 わたしなんか、契約できていてもほとんど使えなかったし。


「それ以外に、幼い頃に法力を有していると判明するのは、法力を視る眼のある神官たちが見て取ることが多いですね」


 恭哉兄ちゃんがそれ以外のパターンを口にする。


 そして、リヒトがそれに当てはまるのか。

 リヒトは長耳族だから、人間の魔法を契約するとかは考えていなかったことだろう。


 だから、先に上げた例が起こりえないために、気付かれることもなかったはずだ。


「しかし、神官と対面するのは聖堂に出向いた時ぐらいではないですか?」


 雄也さんが別の観点から疑問を呈した。


「法力は生まれつきの才能です。つまり、生まれて間もない嬰児(みどりご)もその力を保有していることになります」


 みどりご?

 初めて聞く単語だけど、神官用語かな?


「そして、ほとんどの人間は、必ず一度は聖堂を訪れます。その身分や立場に関係なく、魔法契約のためや、身元保証のためにも必要なことがありますから」

「……命名の儀」


 恭哉兄ちゃんの言葉に、雄也さんがポツリと反応する。


「申し訳ないことに、正神官の中にもやや不明な者もいます。残念ながら、その時は気付かれないこともありますが、大半は、その時点で気付くことでしょう。そして、命名の儀を行った神官は、必ず、その立会人に告げる義務があるのです」


 確かにその時点で気付くなら、ある意味、将来が約束されてしまったようなものではないだろうか?


 法力の才があっても、神官の道に進まない人もいるのかな?


「勿論、生まれてすぐに「(しん)(どう)」はさせられません。最低限、自分で身の回りのことをできなければ見習神官にはなれないのです」


 見習神官は雑務をこなす必要がある。

 確かに、あまりにも小さいうちでって……。


「大神官さまは、二歳で身の回りのことができたということですか?」


 確か、恭哉兄ちゃんは二歳になると同時に見習神官になっていたはずだ。


 つまりはそういうことになる。


「はい」

「ほげええええええっ!?」


 二歳って、わたし、何をしてたっけ?

 覚えてないよ!?


『落ち着け、シオリ。その時代のお前の記憶は封印されているから、覚えていないのは当然のことだ』

「そ、そうだった……」


 リヒトに言われて、その事実に気付いた。


「何より、この世界で二歳といえば、その環境によっては自分で身の回りをせざるを得ないかな」


 さらに、二歳で母親を亡くした人の重いお言葉。


「両親が神に傾倒した人間なら早いこともありますが、孤児であっても、神導を選ぶのは、15歳以後がほとんどですね。法力の才能があっても、神官の道を志す人間は意外と少ないのです」

「そ、そうなのか……」


 それは意外だった。


 孤児でも、成人(15歳)以上ということは、聖堂内の「教護の間(孤児院)」からで門出を迎えた後ということになる。


 だけど、その次の言葉でその理由を察する。


「はい。法力の才能を持つ人間が、神に想い(祈り)を捧げる行為は、大変難しいことですからね」


 口元に微かな笑みを浮かべながら、かつて、神に呪い(祈り)を捧げてきた大神官はそんなことを言ったのだった。

この話で85章が終わります。

次話から第86章「世道人心」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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