心遣いに感謝を
「リヒトを……?」
恭哉兄ちゃんから改めて、わたしたちと一緒にいる長耳族の青年、リヒトを預かりたいという話があった。
それを聞いて、雄也さんは分かりやすく、眉を顰める。
「はい」
それに対して優雅に応える恭哉兄ちゃん。
「リヒトに、法力の才が見られるそうです」
「そうか……」
わたしの補足に雄也さんも難しい顔のまま頷いた。
リヒトには長耳族の血だけでなく、人間の血も入っている。
だから、何らかの条件が伴えば、法力という才を持っていてもおかしくはない。
「大神官猊下による見立ては?」
「『赤羽』以上」
あまりにもいろいろ省略されている言葉だけど、わたしにもその意味は分かる。
リヒトの法力の才は、高神官最高位の「赤羽の神官」を越える可能性があると言うことだ。
そして、「赤羽の神官」を越える地位は、目の前にいる「大神官」しかいない。
勿論、法力の才能だけで簡単に神位が上に上がれるはずはないのだけど、それでも、「ない」より「ある」方が絶対的に有利だろう。
「それは、貴方の後継候補として?」
「いいえ。『聖女の卵』の補助と考えております」
「そうですか」
雄也さんが暫く考え込む。
つまり、雄也さんとしても予想外の申し出だったということだ。
この流れを予測できていれば、ここまで思案することはないだろう。
尤も、これが交渉を有利に持っていくために、悩んでいるように見せかけているだけなのかもしれないのだけど。
「しかし、あまりにも気が長すぎる話ではありませんか?」
神官というものは、見習神官という長い使い走りを終え、準神官という雑務期間を経て、下神官という下働きを耐えて、始めて、正神官と呼ばれる存在になれるのだ。
そして、「正神官」に上がるまでは、「下位神官」と言われ、神官としての神務も、祭務も行えない。
つまりは神官と呼ばれていても、神官の扱いを受けない存在なのだ。
そして、容易に上に上がれる世界でもない。
そんな世界で、最年少記録を塗り替えまくったという目の前の御仁は、ちょっとおかしいと言うしかないだろう。
「そうですね。少なくとも、形になるまで数年はかかることでしょう」
いやいやいや?
たった数年で神官になるのは貴方ぐらいだと思いますよ?
神官になるために、僅か2歳で神導を受け、5歳で正神官。
つまり、嫌がらせのような昇格試験を一度も失敗することなく、毎年、確実に合格しているということだ。
流石にその上の上神官に上がるまでは少し足踏みしていたっぽいけれど、それも数年の話。
人間界でわたしと会った15歳の時には、既に「緑羽の神官」と呼ばれる高神官だったらしいので、その速さが分かるというものだろう。
見習神官から準神官に上がることだって、簡単にできることではないらしいのに。
「数年で形になる……、と?」
「現状の神官たちの中では、飛び抜けるとは思っています」
そのことから恭哉兄ちゃんの中で、リヒトがかなりの高評価だと言うことが分かる。
今代の大神官からそこまで買われているのは凄いことなんじゃないかな。
「ああ見えて、リヒトはかなり年齢が高いが、そこは大丈夫でしょうか?」
「はい。神導は、年齢不問なので、問題ありません」
年齢と言えば、リヒトは身体が成長しちゃっているけど、大丈夫かな?
確か、この島に来てすぐ、「適齢期」に入ったリヒトと、この島に来たばかりの恭哉兄ちゃんは顔を合わせていないよね?
「始めからそのつもりでこの島に見えたのですか?」
「いいえ。始めは、お二方から呼ばれましたので、こちらに伺った次第です」
どうやら、始めからリヒトのスカウトに来たわけではなかったらしい。
「お二方?」
「雄也さんは『シンアン=リド=フゥマイル』を通して私を呼び、栞さんは『祖神変化』することによって、私を呼んだでしょう?」
雄也さんはともかく、わたしは呼んだつもりはないのだけど、恭哉兄ちゃんが来てくれなければ、わたしは自分の「御守り」の変化にも気付かなかった。
「『祖神変化』で?」
雄也さんがわたしの方を向いたので……。
「この『御守り』。法珠……の法力が空になっちゃっていたらしいです」
そう言って、左手首を見せる。
「何!?」
雄也さんが慌てたようにわたしの左手首を掴んだ。
「法珠が……、変わっている?」
雄也さんがわたしの左手首にある御守りを見て、どこか茫然としたように呟いた。
わたしの左手首に付けている「御守り」は、意識しないとその存在を見つけることができないほど、わたし専用装備となっている。
何も知らずにそれを見つけることができるような他人は、相当、法力を視る眼がある人だろう。
だが、その「御守り」から法力の気配が抜けていたらしい。
それでも、近くにいる身内は誰も気付くことはなかった。
いや、ずっと身に付けているわたし自身も、その変化に気付かなかったぐらいなのだから、これは仕方ないと思う。
わたしから話を聞き、法珠から法力が抜けているのを確認した後、それを包んでいた器部分を恭哉兄ちゃんが壊して、鎖だけの状態にした。
何でも、法力の替わりに収まっていたのは、それを越える力を持つ本物の「神力」ではあったのだけれど、それを包む器が法力でできているため、中の力が強すぎて、持たない可能性が高かったらしい。
加えて、その強大な「神力」がきっかけとなり、わたしのシンショクを進めてしまう可能性もあったそうだ。
神は神の力に反応する。
つまり、この左手首に「神力」という「目印」が生まれてしまった。
これまで恭哉兄ちゃんの「神隠し」という特殊な術で、この世界ではないどこかにいる神の目から逃れることができていたわたしの魂が、その「神力」によって見つかる可能性は決して低くなかったらしい。
これらは、確率の話。
だが、神や法力においては最高の知識を持つ大神官の見立てだ。
従わない道理はない。
しかも、本物の「神力」が宿っていれば、法力の素養がある神官たちは、結構な確率で気配に反応してしまうらしい。
尤も、その反応と言うのも、「神力」がどの神によるものかまで分かる眼を持つ神官は少ない。
そして、ほとんどの神官は、この左手首に凄い力を感じる程度らしい。
だが、これまでに列挙されているものだけでも、わたしにとっては厄介ごとが連なっていることはよく分かる。
一つ一つは大したことがなくても、大連鎖で大打撃だ。
だから、わたしの「御守り」の法珠を新たに付け替えた恭哉兄ちゃんの判断は正しい。
わたしは、そう雄也さんに説明した。
専門家である恭哉兄ちゃんは黙って聞いてくれているから、間違いはないのだろう。
「そうか……」
雄也さんは眉間に皴を寄せたまま、わたしの左手首を見つめる。
新たに付けられた法珠は、大きな白い珠が一つ、これまでと同じ紅い珠が10個、さらに紫と黄色というか琥珀っぽい色の珠が3つずつ付いている。
この内、新たに追加された黄色の珠の方は、九十九のくれた魔力珠の色に似ていて、髪飾りに合わせたように見えてちょっと照れくさい。
恭哉兄ちゃんが悩みに悩んでくれて、この選択になったそうだ。
この「御守り」に法珠を付けられる時、左手首の銀の鎖に口付けられるのは、未だに慣れない。
時々、柔らかい感触が手首に当たるのです。
これは、細い鎖だから仕方ない。
でも、同時にワカに土下座したくなる。
「大神官猊下のお心遣いに感謝致します」
雄也さんは恭哉兄ちゃんに頭を下げる。
「御礼を言われるほどのことではありません。『聖女の卵』を護るのは、私の務めでもありますから」
恭哉兄ちゃんはそう言って、微かに口元に笑みを浮かべるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




