秘密を守れる相手
「そうか……。やはり、あの時の正神官が……」
雄也さんのことを「ユーヤ」と呼んだ時、一番、気になったのは当然ながら、その場にいた恭哉兄ちゃんの存在だったようだ。
だけど、恭哉兄ちゃん自身の口から、「その昔、ご兄弟の『命名の儀』に立ち会わせていただいた神官です」と言われて、納得してくれたのだ。
でも、「やはり」と言ったってことは、雄也さんの方も、確信できていなかっただけで、恭哉兄ちゃんのことは覚えていたのだと思う。
「申し訳ございません。随分、雰囲気がお変わりになっていたので、すぐにあの時の神官さまとは気付きませんでした」
雄也さんがそう頭を下げる。
どんなに記憶力の良い兄弟でも、かなり昔の話だ。
その詳細まで覚えていなくても無理はないと思う。
「無理もありません。あの時の貴方も保護者の方々より、何も聞かされていなかったようですから」
何でも、雄也さんと九十九の「命名の儀」は、保護者たちの企てによる奇襲攻撃だったらしい。
つまり、当事者たちに知らされることなく、いきなり儀式をすることになったそうな。
でも、その辺り、雄也さんは何も言えないんじゃないんですかね?
似たようなことをわたしによくやりますよね?
それとも、それらのことがあるから、わたしに対してよく意表を突くようなことをするようになったのでしょうか?
「その節はご無礼いたしました」
「いいえ。随分、大人になられたようで、立ち会った者としても嬉しいですよ」
そんなに年齢が変わらない相手からこう言われるのは複雑だと思う。
「ゆ、ユーヤと九十九が幾つの時の話なんですか?」
「セントポーリア城に行って間もなくだから、俺が5歳、九十九が3歳だね」
それまでの城下の森にひっそりと隠れ住んでいた彼らは、一般の人も聖堂で行うほど大事な「命名の儀」を行っていなかったらしい。
そして、雄也さんの話では、セントポーリア城に行かなければ、そのことすら知らないままだった可能性もあるそうな。
「俺たちが実は名無しだったということにミヤが気付いて、チトセ様と一緒に手配してくれたと聞いている」
何でも魔名のない人間を「名無し」と呼ぶらしい。
ほとんどの人間は生まれて数日で魔名を付けられ、この世界に馴染んでいくらしいが、その「名無し」となると、魔力が強くなりにくかったり、魔法力や体力の回復が遅かったり、成長が遅れやすいという。
「ミヤドリードさんが……」
金髪に青い瞳をした情報国家の国王陛下によく似た女性がふと脳裏に浮かぶ。
わたし自身は会った記憶もないのに、何故かその印象は鮮明で、鮮烈だった。
「ありがたいことに、チトセさまより私をご指名していただいたようです」
「母が……?」
それだけ、わたしの命名の儀に立ち会った印象が強かったのかもしれない。
この神官なら、「大丈夫だ」と。
昔は分からなかったけれど、神官という職に就いている人たち全ての口が堅いとは限らないのだ。
それなら、実際に魔名に「セントポーリア」が入っている娘の命名の儀に立ち会った後、数年経っても、どこにも漏らしていない口の堅さを持った正神官なら信頼がおけたことだろう。
「さて、思い出話もつきないでしょうが、雄也さんもこちらに来てくださいましたから、先ほどの話の続きをしましょうか」
恭哉兄ちゃんがそう言った。
「話の……続き?」
雄也さんの視線がわたしに向けられる。
「栞さんは理解できましたか?」
「へ?」
「雄也さんと九十九さんが近くにいる時は、諦めずにちゃんと助けを呼ぶこと。そして、彼らが何らかの形で意識を落としてしまった時は、先ほどの方法で目覚めるはずです」
「先ほどの……方法?」
名前を呼ぶ以外に何かあったっけ?
「ああ、なるほど」
だが、雄也さんは理解できたようだ。
「栞ちゃん、大神官猊下はこうおっしゃっている。俺たちが意識を落としたら、迷わず『殺気を叩き込め』と」
「ふおっ!?」
さ、殺気!?
思わず、恭哉兄ちゃんを見たが、微かな笑みを返すだけだった。
「流石に殺気を向けられたら、俺も九十九も起きるからね」
そんな馬鹿なとは言い切れない。
実際、わたしの魔法によって眠らされた九十九が、雄也さんから向けられた殺気によって起こされた所を見たことがあるから。
「そんなのどうやって放出すれば良いのですか?」
「『殺したい』と思うだけでいけるよ」
「いけませんよ!!」
そもそも、そんなに簡単に誰かを殺したいなんて思えない。
「栞さんの場合は『言霊』が強いようなので、『起床』を叫ぶだけで普通よりは効果が高そうですけれどね」
「へ?」
今、恭哉兄ちゃんから変な言葉を聞いたような気が……?
「ああ、なるほど。栞ちゃんの強い祈りを込めた『言霊』なら、俺たちのように殺気を飛ばす必要はないかもしれないな」
雄也さんは納得する。
「気になるのでしたら、試してみましょう」
「「は? 」」
わたしと雄也さんの声が重なると同時に、すぐ近くでごとりと何か重たいものが落ちるような音がした。
「恭哉兄ちゃ~~~~~~~~んっ!?」
重たいもの……、雄也さんが倒れたのを見て、思わず犯人の名を叫ぶ。
「『誘眠魔法』を使うと雄也さんに抵抗されそうなので、法力の方が効果的かと思いました。それに、栞さんが解除されるなら、慣れている魔法よりは、法力に対して行う方が説得力もありますよね?」
「よね? じゃなくて!!」
犯人……、恭哉兄ちゃんは、わたしが詰め寄っても、その涼しい表情を変えないままだった。
「少しばかり深い眠りに落ちているだけですよ。意識障害にしたわけではありません」
「そ、そうなのか……」
そのことにほっとする。
水尾先輩の「昏倒魔法」と違って、「誘眠魔法」に近いようだ。
「攻撃系の法力では、流石に反応される可能性が高いですから」
「その辺り、法力も魔法みたいなものだね」
「力の根源が異なるだけで、使い手の想いの強さなど、共通する部分は確かにありますね」
「それで、雄也……の意識を回復させれば良いんだね?」
「はい。よろしくお願いします」
えっと、起きるイメージ。
何が良いだろう。
わたしならどうすれば起きることができるっけ?
うん、どうしたって起きれない。
眠い時は眠りたい。
そうなると、起こすイメージの方が良いかな?
「難しい……」
起きる、起こすイメージが思い浮かばない。
ぐぬぬ……。
敵は睡眠欲だとは……。
「栞さん、あまり深く考えないでください」
「ほへ?」
「悪い大神官が施した呪いによって、倒れてしまった雄也さんを、目覚めさせたいと願うだけのことですよ」
「いろいろ突っ込みどころしかない!!」
悪い魔法使いに呪われたって……どこの世界の眠り姫だ!?
ああ、でも、アレが一番、目覚めのイメージだ。
え?
でも、あれって起こすために王子さまが眠っているお姫さまにキスするんだよね?
いやいや、わざわざそんな人の寝込みを襲うような破廉恥な真似をしなくても、わたしなら起こせる!!
「『起きてください』、ユーヤ!!」
わたしは力いっぱい願った。
もともと、雄也さんは寝起きが良すぎて困るぐらいの人なのだ。
それなら、普通の声でも大丈夫だと思いはしたけれど、なんとなく、先ほどの話も思い出したので、名前も呼びかけてみた。
「はっ!?」
そして、思った通り、雄也さんはすぐに目が覚める。
「俺は一体……?」
気が付いたら、床に寝そべっているのだから、雄也さんからすれば驚き以外のものはないだろう。
「よしっ!!」
だが、そんな雄也さんを見て、わたしは拳を握る。
わたしの魔法は、法力にも効果を発揮できることが分かったのだ。
これが嬉しくないはずがない。
「栞ちゃん、状況を説明してくれる?」
雄也さんが頭を押さえながらも、わたしに説明を求めた。
「ユーヤは、悪い大神官によって呪われました」
「なるほど」
その端的な言葉だけで、状況をできる雄也さんは流石だと思う。
恭哉兄ちゃんに鋭い瞳を向けているから、本当に理解しているのだろう。
「検証結果は?」
「上々ですね」
さらに短い会話。
これだけで何かが伝わったらしい。
雄也さんは少しだけ視線を下に向けて……。
「まあ、結果オーライという……かな」
そう呟いた。
「でも、良かったです。一発で起きてくれて」
雄也さんが怒っていないようなので、わたしもホッとした。
「もし、いろいろやってみてダメだったら、最終的には眠り姫の覚醒方法を実践しようかと思っていたので……」
それをしなくて済んでよかったと思う。
流石に、雄也さんを起こすためにキスするのって何か違うよね?
ん?
あ、あれ?
なんか、恭哉兄ちゃんと雄也さんの様子が……?
「大神官猊下の法力すら簡単に覚醒させられてしまうとは……。神官の最高位とは言っても、意外と根性が足りないのですね」
「おやおや? 御自分の主人がそれだけ有能なことを貴方は誇るべきでは?」
雄也さんは笑みを零しているし、恭哉兄ちゃんもいつもの顔だと思うのだけど、なんとなくどこかギスギスした遣り取りにも見える。
まあ、同族嫌悪ってやつかな?
この二人は変に似た部分があるからね。
わたしは素直にそう思うことにしたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




