友人として助けたい
「危難に陥った時に、誰かに助けを求めるのは甘えではありませんよ」
またも、わたしの思考を読んだかのようなお言葉。
でも、ピンチの時に頼られるって困らない?
いきなり言うな! て思う気がするのだけど……。
「栞ちゃんが、ケルナスミーヤ王女殿下を助けたいと思うように、俺や九十九も、護衛としてではなく友人としてもキミを助けたいと思っているよ」
「友人として?」
雄也さんからのその言葉は不思議に思えた。
「ん? 友人は嫌?」
「いえいえいえ! そんなつもりで言ったわけじゃありません!!」
悪戯心を含んだような黒い瞳で覗き込まれて、慌ててしまう。
でも、そっか。
友達なら、確かに助けたいって思うよね。
わたしもワカだけじゃなくて、オーディナーシャさまも、水尾先輩や真央先輩も助けたいって思うから。
「ただ、護衛じゃなくて、友人としても、雄也さんが護ってくれているとは本当に思っていませんでした」
「信用ないなあ……」
ポツリと呟かれた言葉に申し訳なさを覚える。
九十九なら分かるのだ。
彼とは小学校時代からの友人だった記憶から始まっているから。
でも、雄也さんと出会ったのは、九十九と再会した後だった。
そのためか、自分の友人と言うよりも、どちらかというと、友人のお兄さんって感覚がどうしても強い。
でも、ワカのお兄さん……、グラナディーン王子殿下ほど遠い気はしない。
そして、恭哉兄ちゃんとも、楓夜兄ちゃんともどこか違う。
この印象はなんなのだろう?
「日頃の行いではないでしょうか」
「……大神官猊下?」
今、恭哉兄ちゃんはなかなか酷いことを言った気がする。
でも、その言葉に関しては、思い当ることが多々あるだけに、わたしも否定しきれないものがあるのだ。
雄也さんは時々、九十九以上に酷い人だから。
そして、わたしが雄也さんを九十九のお兄さんとして見ていると同時に、雄也さんもわたしのことを千歳様の大事な娘として見ている気がする。
ぬう。
このままではいけない。
いつまで経っても、距離があるままだ。
そして、同じ護衛ポジションにいる人たちなのに、無意識とはいえ、差を付けてしまうのは、主人としてもどうなのかとも思う。
「ふむ……」
そうなると、九十九と同じように扱う?
でも、実際問題、年上の男性ではある。
完全に同じと言うわけにはいかない。
恭哉兄ちゃんや楓夜兄ちゃんのように?
それもちょっと違う気がする。
―――― 彼らの名前を呼ぶことは忘れないでください
先ほど交わされた会話をふと思い出す。
「恭哉兄ちゃん、『魔名』を口にすることって魂への訴えだったよね?」
「はい」
わたしが確認すると、恭哉兄ちゃんが頷いてくれた。
「それならば……」
わたしは雄也さんに向き直る。
「ユーヤさん。こう呼ばせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「…………うん」
あ、あれ?
なんか、凄く間があったよ?
「一応、理由を聞いても良いかな?」
「いえ、先ほど恭哉兄ちゃん……じゃない、大神官さまから、『名前を呼ぶことは大事』と言われたんです」
ついうっかり先ほどまでの呼び名が口に出てしまって、慌てて、訂正する。
流石に、この場で「恭哉兄ちゃん」はよろしくない。
「ああ、それが『魂への訴え』ということか。でも、それなら、俺は『ユーヤさん』と呼ばれるよりは、『雄也』と呼び捨てられたいかな」
「ほ?」
「確かに俺の魔名は『ユーヤ』だけど、キミからは『雄也』と呼ばれたいんだ。少し前にもそう言ったと思うけど?」
「ふほおおおっ!?」
変な叫び声が出た。
これは、我慢できなかった。
た、確かに、ストレリチアの大聖堂内で雄也さんからそう言われた覚えがある。
あれは確か、雄也さんの誕生日だった。
その時に、「雄也先輩」から「雄也さん」に呼び名が変わったのだ。
「関係向上のために必要だと思ってくれるなら、俺はそちらの方が好ましい」
本人が望むならその方が良いかもしれない。
でも……。
「どうだろう? あの時は断られたけれど、そろそろ良いんじゃないかな?」
いやあああああああああっ!!
なんで、こんな時に色気を垂れ流して迫ってくるんですか?
しかも、なんなの?
その台詞のチョイス!?
絶対、恭哉兄ちゃんが誤解しちゃうような言葉を選びましたね!?
「雄也さん、流石に距離が近いですよ」
「おっと……」
でも、誤解することなく涼しい顔した恭哉兄ちゃんから、言葉をかけられ、雄也さんが少し距離をとってくれた。
ありがとう!! 恭哉兄ちゃん。
その冷静さが素敵すぎる!!
「で、でも、雄也さん。『魔名』の方が良くないですか?」
気を取り直して、わたしは雄也さんに確認する。
「俺はあまり周囲に『魔名』を知らしめたくないんだよ。事情は……、分かるよね?」
ああっ!?
物理的に距離は取ってくれたけど、色気流出の方は全く押さえてくれないらしい。
先ほどから雄也さんの表情も、仕草も、その甘い声も! それら全てが妖艶すぎて、心臓と顔熱が辛い!!
「ね?」
ふわあああああああっ!?
20歳成人男性が首を傾げながら確認するとか、普通なら痛い行動のはずなのに、似合っていれば許せるってどういうことでしょうか!?
「わ、分かりました!!」
でも、言われてみれば確かに雄也さんのファーストネームである、「ユーヤ」は、とある国の国王陛下の兄君に由来するような名前だった。
そして、彼はその繋がりを他者に伝えたくないと言っている。
その気持ちは分からなくもない……というか、当然の話だろう。
「じゃあ、呼んでみて?」
「へ?」
「名前」
「へ?」
「栞ちゃんは、今、承知してくれたよね?」
婉然な笑みの前に腰が砕けそうです。
視線と表情だけでこんな状態にするってどれだけの技術なのでしょうか?
……違う!!
今の会話の流れは、「『ユーヤさん』より『雄也』と呼ばれたい」→「分かりました!! 」→「呼んで」ってこと!?
え?
雄也さんを……、呼び捨てる?
マジですか?
わたし、「雄也さん」呼びでも、結構、苦労したのに?
「俺も『九十九』と同じ扱いにして欲しい」
「ぐっ!!」
わたしは恭哉兄ちゃんに言われるまで、名前、呼び方が大事ってそんな意識はなかった。
でも……。
―――― 栞
耳の奥を擽る低い声が自分の脳内で再生された気がした。
初めて、彼から呼ばれた時、わたしは泣きたくなるほど嬉しかったことを覚えている。
まあ、状況的には素直に喜べなかったし、抱き締められながら呼ばれた時は、我が耳を疑ったのだ。
わたしは、「発情期」中の彼に、初めて名前を呼ばれたのだから。
その後、自分から懇願して、名前を呼ばせることになったけど、それからその呼び名が固定化されてしまい、時々、心臓が破裂しそうになるという副作用まで付いてきた。
雄也さんに限って、そんな反応はないと思うけれど、大聖堂で一度、恭哉兄ちゃんに対して雄也さんのことを「ユーヤ」と口にしただけで、かなり喜ばれたことを思い出す。
そう考えると、本当は雄也さんのことは「ユーヤ」と呼んだ方が良いのだろう。
でも、雄也さんの事情を考えるとそういうわけにはいかない。
だから……。
「ゆ、雄也?」
ああっ!!
なんか、疑問府がついてしまった。
わたしがお願いした時の九十九の気持ちがよく分かる。
確かに「本当にこれで良い? 」……って思っちゃう。
でも、頑張ったんだよ?
わたしは、すごく、頑張った!!
「はい」
先ほどまでの妖艶な笑みが引っ込んで、凄く溶けそうな笑みが返された。
鈍いわたしでも分かるぐらいに、雄也さんから喜ばれていることは理解できた。
そして、これはこれで、心臓に悪い!!
でも、どうせなら、もう一歩、踏み込む!!
「ゆ、ユーヤ?」
ああっ!?
また疑問符セット入りました!!
雄也さんが固まったのが分かる。
でも、どうせなら、少しぐらい、ちゃんと呼びたいと思ったのだ。
「栞ちゃん、その呼び方は……」
「分かっています」
雄也さんは止めて欲しいと思ったのだろう。
でも、わたしは知っている。
大聖堂で「ユーヤ」と口にしただけでも喜んでくれたことを。
「でも、今、この場でだけでも、こう呼ばせてください」
話を聞く限り、多分、恭哉兄ちゃんは雄也さんの「魔名」を知っている。
それなら、この場で隠す理由なんかない。
だから、今、この場だけでも喜んで欲しかった。
わたしは彼らにずっと迷惑をかけ通しで、できることなんてほとんどない。
だけど、そんなわたしでもできることがあるなら……期間どころか、時間限定かもしれないけれど、雄也さんに与えられるものを与えたい。
「そう思うのはいけませんか?」
「悪くないけど……」
でも、どこか歯切れは悪い。
「迷惑……ですか?」
わたしがそう言いながら見上げると、雄也さんは何故か自分の頬を叩いた。
「ゆ、ユーヤさん!?」
あ、いろいろ混ざった。
「いや、大丈夫。大丈夫だ。うん、大丈夫」
まるで言い聞かせるように「大丈夫」を繰り返すと……。
「迷惑じゃないよ。凄く嬉しい」
そう言いながら、わたしにいつもの笑顔を向けたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




