新たな目印になる
恭哉兄ちゃんがここに来た経緯を少しだけ聞いたわたしが、最初に思ったことは……。
「ぎゃふん」
……だった。
いや、つい、口にしてしまったけれど。
「それで、如何でしょうか? 栞さんは、これらのことを偶然だと思われますか?」
「偶然だと思ってないから、恭哉兄ちゃんがここに来たんだよね?」
雄也さんに呼び出されたこともあるだろうけど、私の身に何かが起こったことを感じ取ったことは確かだろう。
「栞さんが左手首に身に付けてくださっている『御守り』は、私の法力で作られた法珠が宿っています。本来はそこまでの反応はないのですが、流石にその法珠の力を無に帰すものとなれば、普通のモノとは考えられません」
「ふえっ!?」
思わず、自分の左手首を見る。
だが、紅い法珠と港町で新たに追加された大きく白い法珠は変わらず付いたままだった。
「栞さん、その左手首を見せていただけますか?」
恭哉兄ちゃんがわたしに向かって手を差し出すので、そのまま左手を乗せた。
「ああ、やはり……」
その表情を変えないまま、わたしの左手首に付いている「御守り」を恭哉兄ちゃんが確認する。
「この法珠からは、法力の一切が失われています」
「なんですと!?」
でも、この法珠は魔力だけで形作る魔力珠と同じように、恭哉兄ちゃんの法力だけで作られたものだったはずだ。
魔石や法石と呼ばれる物のように、それらの力を留めやすい石を使ったものではない。
だからこそ、わたしも驚いた。
もしかしたら、九十九や雄也さんも気付いていないかもしれない。
この左手首にあるのが自然となっているこの「御守り」は、そこに在ると強く意識しないと、他者には視えないほどの物なのだ。
「幸い、栞さんに結んでいる神紐の方は綻びもなく、その力も無事のようですね」
さらに左手首の状態を確認してくれる。
そして、そのまま、「御守り」に口付けると、法珠……いや、法力の抜けた珠は全て砕け散った。
「白珠が逆に仇になったか……」
珍しく敬語の抜けた恭哉兄ちゃんの低い声に思わずドキリとする。
敬語が抜ける恭哉兄ちゃんというのは、ワカもほとんど聞くことがないほど、レア中のレアなのだ。
いや、わたしは昔、出会った時に聞いていたけど、それは今よりの高い声だった。
今の低い声になってから聞くことはほとんどない。
「あの方は、神の中でも珍しく白珠に縁付いた方。その影響を考えれば、黄珠……いや、紫珠も……」
恐らくは、法珠の色の話だと思う。
恭哉兄ちゃんが言うには、法珠は祈る神によってその色を変えることが可能だということだ。
但し、その神と祈りを捧げる神官には相性と呼ばれるものがあり、必ずしも、どの神に祈っても法珠が出来上がるわけではないとも聞いている。
さらに、自身が選んだ主神によっては、それ以外の神に祈りを捧げることそのものを嫌う神もいる。
自分を選んだのなら、自分だけを見ろということらしい。
本当に最初の主神によって、神官たちのできることは限られるというのがよく分かる話だ。
法珠と似たようなもので、魔力珠と呼ばれている魔力によって形作られた珠は、残念ながら自分の意思でその色を変えることはできないらしい。
魔力珠は自分の魔力を煮詰めて塊、結晶化したようなモノで、属性の付加というものができないらしい。
でも、錬石と呼ばれる特殊な加工石の中に、自分の込める魔力の属性によってその色を変えることはできる。
それを利用した装飾品も少なくはないが、それなりに魔力の質と、錬石の質、そして、職人の技術が要るそうだ。
そして、錬石や魔石に特定の魔法を付加することもできるが、石と魔法の相性や質にも左右されると聞いている。
この辺りは、実は魔法国家の王女殿下である水尾先輩より九十九の方が得意らしい。
錬石や魔石に込めるには、水尾先輩の魔力や魔法があまりにも強すぎることが敗因だそうな。
九十九が複雑な顔をしながらそう言っていたことがある。
その気持ちは分からなくもない。
「この法珠はなんで力を失くしても健在だったの?」
本来、力を失くした法珠は消失する。
先ほど、全ての珠が砕け散ったように。
だから、この鎖に珠が光っている限り大丈夫だと思っていたのだけど、違ったのだろうか?
「法珠は風船のようなものです。まず、法力が逃げないように周囲に膜を作り、その中に法力を込めて膨らませるような感覚だと思っていただければ良いでしょう」
「でも、萎んでないよ?」
膜から法力がなくなれば、風船で言う空気が抜けた状態だと思うのだけど……。
「代わりに、『神力』が入っていましたから、割れることも萎むこともなかったようですね」
「ふげっ!?」
な、なんでそんなものが……?
「人が持つには大きすぎる力であることと、『神隠し』している栞さんの新たな『目印』になりかねないために法力の膜を壊しました」
「神隠し」をしているわたしの「目印」になりかねない……。
その意味を理解して、改めてぞっとする。
あの港町で恭哉兄ちゃんに会った時は、特に何も言っていなかったから、この「御守り」の法珠にいつの間にかその「神力」が込められたのは、この島に来てからだと思う。
でも、そんなものをそれと気付かずにずっと、左手首に付けていたのだ。
「あ、ありがとう、恭哉兄ちゃん」
法力については、わたしたちでは本当にどうにもならない。
「でも、どうして、そんなことに……」
「恐らくは、この報告書にあった『祖神変化』が原因かと」
「ふ?」
「法力は神に抵抗する手段です。その脅威の大小に関係なく、その気配があれば、神は排除します。触れるだけでも不快で目障りらしいですから」
「ふおっ?!」
恭哉兄ちゃんの微笑みに黒いものが混ざる。
そのためか、口調にも毒が混ざっているのは気のせいではないだろう。
「人間の法力では、神に敵わないということですよ」
「そうだね」
そんなことは大神官である恭哉兄ちゃんはよく知っていることだ。
神と言うのはそれだけ理不尽で厄介で人間を振り回す存在。
人間が神に敵わないなんて今更の話。
「だから、神に抗うためにその生涯を尽くして頑張るのが、高位の神官たちの使命なんでしょう?」
それは、退屈に飽いた神々の遊び。
人間は神の御心に逆らえない。
それが、人間が生まれた頃に約束された理だった。
そのため、特に人間に対して何かした記憶のない神に対しても、人間たちは神々に対して従順で盲目的な信頼と敬愛を寄せるようになる。
弱く力なき者たちが強い上衣者に対して庇護を乞うのは自然な流れだ。
それはまるで、親鳥を慕う雛鳥たちのように刷り込まれた追従する親愛。
だが、そんな人形のような人間たちばかりで良しとする神だけではない。
人間たちにとって大変迷惑な話ではあるが、長く尽きることのない寿命を持つ神たちは常に退屈なのだ。
だから、自分の運命を呪うような人間ならどうだろうか?
退屈に飽いた神々の行動が、更なる不幸を生み出せば、上位者である神たちの意思に叛意を見せる稚拙で可愛い愚か者が誕生することだろう。
それが、「神を呪う力」……後に法力と呼ばれる力の始まり。
神をより強く想うことから生まれた神や精霊と力を異にする本当の意味での人間たちによる想いの塊。
神は人間の世界に干渉できないが、人間として生まれる前の魂ならば、加護を与えたり、逆に神の加護を減らしたりすることもできる。
元より人間世界はその出自から平等でなく、出発点から不均等ができる世界だ。
だから、本当にあったかどうかも分からないような生まれる前のことなどそこまで大きな話にはならない。
あるのは運が良いか、悪いかの違い。
生まれる前に、その魂がどの神の目に止まるかでその人間の運命は分かたれることになる。
「それは神官の起源ではありますが、今の神官たちはそんな心を持っている者たちの方が少ないことは栞さんも承知でしょう?」
その知識をわたしに授けた当事者は微笑んだ。
強い想いを持つ人間の存在は、神々を喜ばせる。
だけど、全てが神の願望に従うほど強い人間ではない。
自分に課せられた不運の重さによって成長前に潰されてしまう者の方がもっとずっと多いのだ。
だから、無駄に不幸な命運を背負った人間だけが量産されていくことになる。
だけど、それすらも神の意に添う。
神が思い描いた通りにならない人間ほど、神たちにとっては好ましいらしいから。
予測の付かない未来を見たいということらしい。
それと似たような感覚で、神と呼ばれる存在に生まれる前から執着されているというわたしの魂は、あらゆる神々の興味を引くことになるらしい。
他人……いや、他神のモノを欲しがるのは、時代、種族に関係なく存在するのだから。
そのために神と呼ばれるモノたちの厄介性をわたしは、「聖女の卵」になった時からこの大神官からずっと学んでいる。
だから、目立たずに生きろと。
分かっている。
そのためにわたしの護衛たちが頑張ってくれていることも。
でも、わたしだって、好きでいろいろな場所で何かをやらかしているわけじゃないんだけどな~。
恭哉兄ちゃんから、新たな法珠を作ってもらいながらも、わたしはそんなことを考えていたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




