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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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やってきた人

「ご無沙汰しております、栞さん」


 そんな聞き覚えのある声が突然、背後から聞こえて……。


「ふわああああああああああっ!?」


 珍妙な叫び声を上げずにいられる人間がいるだろうか? いや、いない。


 断言する。


 しかも、それがこんな場所にいるはずのない人間なのだ。


 それは叫び声の一つや二つ上げても良いだろう。

 心臓だって口からはみ出てもおかしくない。


 何より、完全に集中して絵を描いていたところだったのだ。

 その恐ろしさは、趣味で絵を描いている人間にしか分かるまい。


 周囲に隠れてこっそりと絵を描いている系の人だったら、今のわたし以上に叫んでいたかもしれないけれど。


「この建物の入り口に呼び鈴のような物が見当たらなかったので、入室前にノックはさせていただいたのですが……」


 そんな音に気付かないほどわたしが集中していたらしい。

 今は精霊族たちの危険性も薄れたために鍵もかけていなかったと思う。


 何か遭った時にすぐに入れない方が困るから。


 しかも、害意があれば建物の結界に反応するだろうけど、この人にそんな感情があるはずもない。


 わたしは、意を決して、振り返ると、そこには予想外だけど予想通り、輝かんばかりの美丈夫の姿があった。


「す、少しぶりだね、恭哉兄ちゃん」

「はい。改めて、ご無沙汰しております、栞さん」


 最後に会ってまだ一月と経っていないのに、恭哉兄ちゃん……、いや、大神官はそんなことを言う。


 その服装は大神官仕様だけが纏うことが許される白い祭服ではなく、お忍び仕様の……、本日は上神官衣装のようだ。


 恭哉兄ちゃんは、上質な茶色の生地に、襟元と袖口、そして裾に緑色のシンプルな模様が入った服を着ていた。


 通常、「茶色」と言えば、数の多い「下神官」を差すことが多いが、茶色の生地に襟元と袖口、裾に主神の瞳の色で紋様を縁取ることが許されるのは「上神官」である。


 襟元と袖口、裾に主神の文様を祭服に入れることが許されるのは、主神を持つ正神官以上の神位(かんい)になければいけない。


 それ以外は他者と区別するために、基本的にいろいろな模様や文字とかを祭服に入れても許されるそうだ。


 この世界の神官って、意外と自由が多いよね。


 そして、恭哉兄ちゃんが着ているのは、汚れることが前提とされている下神官の頑丈さや汚れにくさが売りの作業服のような生地とは全く違う明らかに質の高い服。


 聖堂の建立を許されるほどの権限を持つ上神官と呼ばれる地位にいる神官たちは、この世界に50人といない。


 尤も、目の前にいる人はこの世界に唯一の大神官なのだけど。


 一度、経験した神位(かんい)の衣装は、その地位が上がっても身に付けることは許されるらしい。


 なんでも、兼務しているという考え方になるそうだ。


 だけど、下の地位の服を着るなんて、そんな無意味なことをする人はほとんどいないとは聞いている。


 ほとんどの神官は、今よりずっと苦労していたと記憶している下の神位(かんい)に戻りたくないから。


 そして、全ての神位(かんい)を経験している大神官は、全ての神官の神位(かんい)を経験しているので、どの神位(かんい)の祭服でも身に付けることも許されているそうだ。


 いや、そんなことはどうでも良い。

 今、考えることはそんなことじゃない。


「ど、どうして……」


 ストレリチアの大聖堂ではなく、こんな所にいるのかと問い質そうとした時に……。


「栞ちゃん、無事かい!?」


 黒髪の護衛が血相を変えて、飛び込んできた。


 雄也さんだ。

 その姿に、ほっとしたことは間違いない。


 少しだけそれ以外の感情があったような気がするけれど、それは気のせいだ。


「ご無沙汰しております、雄也さん。そして、お元気そうで何よりと存じます」

「ご挨拶が遅れて誠に申し訳ございません、大神官猊下。猊下も全くお変わりなくご活躍のご様子。ご多忙にもかかわらずお目通りが叶いまして、恐悦至極に存じます」


 ……なんだろう?

 今の遣り取り。


 薄く微笑んでいる恭哉兄ちゃんの挨拶にも少し何かが含まれている気がしたが、雄也さんの返した挨拶は明らかに慇懃無礼という言葉が当てはまった気がする。


 えっと……?

 なんですの? この状況。


「ゆ、雄也さん、ご説明をお願いします」

「大神官猊下ではなく、俺の方からで良いの?」


 雄也さんが微笑みを返す。


「この状況とタイミング。そして、先ほど交わされたお互いの挨拶的に、()()()()()()()()()()かと思いました」

「なるほど」


 わたしの言葉に雄也さんの笑みが深くなる。


「それは、私が来ることを栞さんにお伝えされていなかったと言うことでしょうか?」

「猊下は先にこちらにご挨拶に来てくださると思っておりましたので、失念しておりました」


 ぬ?

 恭哉兄ちゃんは来ることを伝えていると思っていた?


 それなら、どちらがこの再会を仕組んだ側かが分からない。


 いや、来訪の目的は今回の件だろうから、雄也さんが何らかの話をしていることに間違いはないだろうけど。


「先に、猊下にはこの島に関する一連の報告をご覧になっていただきましょう」


 そう言いながら、雄也さんは報告書を恭哉兄ちゃんに渡す。


 確かに状況説明を口頭でするよりも、そちらの方が確実だろう。


()()()()()()()()()()はありますか?」


 少しだけ目を通すなり、恭哉兄ちゃんは微笑みながら、雄也さんに確認する。


「……ございます。こちらを」


 恭哉兄ちゃんに促されて、雄也さんは少し躊躇いがちではあったものの、思ったよりは素直に日本語で書かれた報告書を差し出した。


 隠し立てする方が、こちらの不利になると読んだのだろう。


 恐らくその判断に誤りはない。

 今回のことは下手に隠す方が危険だとわたしは思っている。


 勿論、雄也さん自身には、恭哉兄ちゃん……いや、大神官に対して、隠したり誤魔化したりする意図もないはずだ。


 だが、その詳細を報告する気まではなかったのだろう。

 ある程度、大筋、概要版だけで今の状況が伝わると判断したのだと思う。


 そして、流石は、恭哉兄ちゃんだ。


 九十九や雄也さんたちが二種類以上の大陸言語で報告書を作成していることを読んでいたか。

 九十九ならともかく、雄也さんは詳細を隠したい人だ。


 それは、相手のことが信用できるとかできないかの話ではなく、自分の知識と相手の知識が釣り合うかどうかの話らしい。


 普通に記録されていることでも、相手の利益となるだけなら良いが、こちらの不利益になってしまうこともある。


 自分が知らないためにそれをうっかり開示して、形勢を悪化させたくないというのは分からなくもないのだけど、個人的には情報開示って必要なことだと思う。


 特に今回は、他国が絡んだり、宗教に踏み込んだりするような話だ。

 その専門家に教えを乞うのは過ちではないだろう。


 それでも、一度根付いてしまった固定観というものは、なかなか抜けないことだっていうのも分かるのだけどね。


 恭哉兄ちゃんが、熟読熟考モードに入ったらしい。


 座っていないけど、大丈夫かな?


 上神官の祭服は、大神官の祭服ほど重さはないと思われるけど、読書や思考するなら立ったままより、座った方がもっとずっと楽だと思う。


 だけど、恭哉兄ちゃんが置物のように動かなくなってしまったので、下手に声もかけられない。


「雄也さんはいつ、きょ……大神官さまと連絡をとったんですか?」


 この島は、ウォルダンテ大陸に近く、トルクスタン王子は、移動魔法が使える範囲内だと聞いている。


 だからこそ、カルセオラリア城に還れたわけだし。


 でも、通信珠などで知り合いに連絡をとるのは難しい位置にある場所らしい。


 だから、簡単に動けないとも聞いていたわけだけど……?


「ああ、俺は大神官猊下と直接連絡をとったわけではないよ。仲介人を頼んだ」

「仲介人?」


 今回は九十九が外に出ていることが多い関係で、雄也さんはほぼわたしの近くにいる。


 まあ、わたしが寝ている時間までは分からないけれど、それでも、護衛としてこの島から離れることはないはずだ。


「九十九たちを向かわせる前に、どこかに立ち寄らせて連絡を取らせました?」


 考えられるのはこれぐらいだろうか?


「いや、あの場所に行く前に外部と連絡をとることになれば、時間がどうしてもかかってしまう。人命救助もギリギリの時間だと思っていたからね」


 九十九たちが向かった先、アリッサム城には、命の危険がある人もいたと聞いている。


 その命をできる限り救うために、今回は時間をかけて万全の準備をした上で向かったはずだ。

 確かにそんなギリギリの時間で寄り道までさせることはできなかっただろう。


 救える命も救えなくなってしまう。


「スカルウォーク大陸にある港町で出会った酒場の店主がいただろう?」

「はあ……」


 確かにあの場所なら、ここからそう離れてないはずだ。


 でも、携帯用通信珠を使える範囲かは微妙な距離だろうし、何よりそこまで親しいわけでもない。


「あの方の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」


 笑顔でそう告げる黒髪の護衛の言葉に、わたしが眩暈を覚えたのは言うまでもない話なのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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