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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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気分転換は大事

「う~ん」


 わたしは唸るしかなかった。


 いくら絵を描いても納得できるものが描けないのだ。


 それどころか、目の前に数枚、描き散らされている自分擬きの絵を見ると、妙な腹立たしさを覚えてしまうほどだった。


 試しとはいえ、随分、出来の悪い絵をこれだけ生み出してしまったものだとも思う。


 可及的速やかに焼却処分したくなるが、勝手に火を使って事故が起きても困るので、ぐっと我慢する。


 それにしても、真剣に描く自画像というものがこんなにも難しいとは思わなかった。


 小学校の頃、図画工作の時間に描いた覚えはあるが、その時はこんなにも悩んではいないだろう。


 もし、悩んでいたら少しぐらい覚えているはずだ。


 だから、当時は深く考えることもなく、鏡に映っている自分の顔をそのまま描いたのだと思う。


 でも、今は、鏡に映った自分をどの角度から描いても、何か違う感がどうしても抜けないのだ。


 しかも、どこがどう違うのかも分からない。

 皆の前で描くことになったリヒトの絵の時はここまで悩まなかったのに。


 目に映ったものを描くだけってそんなに難しいことではないはずなのに、これは一体、どうしてなのだろうか?


 以前、「お絵描き同盟」の湊川くんと実際にあった人間界での出来事を、多少脚色した漫画を描いた時、その登場人物として、自分を描いた覚えがある。


 その時も、ここまで悩んだ覚えなどない。

 キャラクターとしての自分と、肖像画の自分では全然違うということなのだろう。


 漫画に出てくるキャラクターとしてなら、自分の雰囲気を少しだけ残しつつも可愛らしく描いたって何も問題ないし、何より、それが許されるのが漫画の世界だ。


 多少のディフォルメ、大袈裟な表現は許される……というか、そうしなければ漫画としての面白さがない。


 だが、困ったことに今回は漫画を描くわけではなかった。


 うぬう。

 三次元のなんと難しいことか。


 ストレリチアに存在する数多くの肖像画家さんたちを心底、尊敬するしかない。


 ある程度のものを描いて、妥協することも考えた。

 だが、今回は人から望まれ、そして、人に渡すものとして描くのだ。


 それならば、最低限、自分が納得できるものを渡したくなる。

 そして、その納得できるものがあまりにも遠すぎるのだ。


 何枚描いても、どこか自分ではない気がしてしまう。


 始めから技術はなく、上手くはないことも重々承知なのだから、せめて、自分だと思えるものを渡すべきだろう。


 自分では見たままを描いたつもりだった。

 そして、美化している気もないのだ。


 それでも、どこか美化されてしまう感が強いのは何故だろうか。

 描けば描くほど、何故か、自分とは程遠い存在が描きあがってしまう。


 一体、何の呪いだ?


「疲れている……のかな?」


 わたしは大きく息を吐いて、筆記具を置いてみる。


 今日は久しぶりに絵を描きまくった。

 そして、その前から、歌も歌いまくっている。


 しかも、液体を混ぜながらという不思議なパフォーマンス付きで。


 考えてみれば、疲れないはずがなかった。


 この島に来てから、のんびりとか、ゆったりした生活から随分とかけ離れていることに気付く。


 これでは、絵が描ける気がしない。


 そして、趣味というものは、自分の心に余裕がない時にはできないと改めて思った。


 そう考えると、この世界に娯楽が少ないのは、皆がそんな精神的な余裕を持っていないためだろうか?


「ちょっと休憩するか」


 用意されている冷えたお茶を口に含む。


 美味しい。

 随分、喉も渇いていたようだ。


 この部屋は相変わらず蒸し暑いのだから、当然だった。

 そんなことにも気付かないほど、自分に余裕がなくなっていたようだ。


 この環境に身体が慣れてきたのか汗はそこまでかかなくなっているけれど、それでも、意識すると途端にむわっとした空気に支配される。


「ちょっと別のことを考えるか」


 もう一杯お茶を呑んだ後、気分転換のために両手を組んで上に上げ、あちこち身体を伸ばしてみる。


 残念ながら背筋は伸びても、背は伸びない。

 でも、肩や両腕は少しだけスッキリした気になった。


 気分転換大事。

 余裕はもっと大事。


 ちょっと動くだけでも、全然違うね。


 少しだけ、気分が前向きになったので、なんとなく置いた筆記具を手に取り、また紙の上を走らせてみる。


 自分はちょっと見飽きたし、描き飽きた。

 何枚紙を消費しても、上手く描けないのだから、今の時間では描けないのだろう。


 そんな日も、そんな時もある。


 プロの肖像画家や漫画家ではないのだから、別に焦って今すぐ完成させる必要もない。


 だから、これから描くのは自分ではなく別の人間たち。

 そして、写実的な肖像画でもなく、気楽な漫画風で描こうか。


 授業中や、テスト勉強中に、なんとなくさらさらと描く落書きのような簡単で単純で線も少ない絵。


 それでも、描きあがった絵を見ただけで、ふっと笑みが零れてしまった。


 気が付けば、随分、描き慣れたものだ。

 黒い髪、黒い瞳の青年が、少し不服そうな顔をしてこちらを見ている。


 恐らくは、実在する人間の中で、わたしが最も描いている人物になったことだろう。


 他の人には分からず、自分が見れば誰を描いたのかが分かる程度の絵。

 つまり、自己満足にすぎない。


 それでも、十分、息抜きにはなる。

 同じような感覚で、これまで描いたことのない人を描いてみることにする。


 雄也さんと九十九はその顔の造りが似ているので絵にしてみると描き分けが難しいと思っていたが、描いてみると意外に違って見えた。


 自分にしか分からない差異と拘りだから、他の人が見たら同じ人を描いたようにしか見えないかもしれないけどね。


 水尾先輩と真央先輩については仕方ない。

 双子だから、髪の長さぐらいしか差がないのだ。


 実際、見ると全然違うのに、自分の絵にするとほとんど同じになってしまう。

 双子の描き分けは難しい。


 ……技量不足と認めるしかないか。


 トルクスタン王子については絵にすると、随分、雰囲気が変わってしまった。

 なんとなく、人間界で出会った血縁の方に似ている気がする。


 まあ、あの人を昔、描いたことがあるから、その印象に少しだけ引きずられてしまったのかもしれない。


 リヒトは先ほど描いたためか、なんとなく描きやすかった。

 その横になんとなく、スヴィエートさんを添えてみる。


 この島で二人が一緒にいることが増えたためだろう。

 でも、スヴィエートさんはあまり似せることができなかった。


 まだまだ観察が足りていないのかもしれない。


「ああ、そういうことか」


 この世界で一番身近にいるのに、見る回数が少ないのは、自分の顔だ。


 だから、描き慣れないし、見慣れないのかもしれない。

 少し観察したぐらいでは、これまで気付かなかった部分も多いのだろう。


 そこが違和感になっているのかもしれない。

 さらさらと自分の似顔絵を漫画風に描いてみる。


 そして、先ほど描き散らした肖像画に並べてみた。


 なるほど、自分がイメージしている顔と、鏡に映った自分を見て描いたのでは全然違うことに気付く。


 もう少し丸顔だと思っていたけれど、顎は丸くて、意外なことに頬部分が想像よりも丸くなかった。


 頭は全く丸くない。


 よく考えれば、自分の頭上に本を載せてもバランスを崩しにくいほど平たい頭だったことを思い出す。


 髪の毛で多少膨らんでも、元の形がそこまで大きく変わるような髪型をしていないのだ。

 これでは輪郭から大きく異なることになる。


 以前、カルセオラリア城で自分を鏡に映したものを描いたが、あの時は、自分に似た感じの別人の姿だった。


 だから、ここまでの違和感を覚えることもなかったのかもしれない。


「自分と向き合うって大事なんだな~」


 思わずそう呟いた。


 でも、少しだけ改善点が分かった気がする。

 だから、もう少しだけ頑張ってみようか。


 そう思い、わたしは再び、鏡の中の自分を見ると、先ほどより少しだけ明るい顔になった自分の姿があったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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