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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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好きな人の絵

『リヒトだ!!』


 完成されたその絵を一目見るなり、スヴィエートさんがそう言ってくれた。


 その反応だけで頑張った甲斐がありました。

 一応は色付けもしたけれど、時間的にそこまで完成度が高いものは無理だった。


 そんな出来だというのに、喜んでくれたのは素直に嬉しい。


 好きなものになると、必要以上に判定が厳しくなるタイプと、少しでも似たモノならおっけ~になるタイプとあるが、スヴィエートさんは後者のようだ。


 初めて描いたけれど、リヒトの顔が整っていただけに描きやすくもあった。

 美形は素敵。


 そして、ずっと見ているといろいろな意外な発見もある。


 ずっと髪の毛を含めて黒い毛だと思っていたけれど、睫毛の先とか髪の毛の一部の色が濃い紫っぽく見えるのだ。


 そして、褐色肌の表現は思っていた以上にできなかった。

 その点が悔しい。


 雄也さんの用意してくれた色だけでは難しくて……。


 はい、単純な技量不足です。


 なんだろう。

 栗色とか焦げ茶色ともちょっと違うんだよね。


 でもでも! その分、紫水晶のような綺麗な瞳に全力を注がせていただきました。


 瞳、大事!

 瞳の表現が綺麗かそうじゃないかで、その絵の完成度って変わると思うのです。


 いや、勿論、全体的なバランスが大事なんだけど。


 そして、同時にその綺麗な瞳がわたしを見返してくるので、緊張もした。

 顔の良い殿方に見つめられるって、知り合いでも結構、手が震えるもんだね。


 よく考えたら、九十九に対してもそうだった。


 あれだけ何度も見て、見られているのに、未だに九十九がじっと見てくるのには慣れないから。


『どうなっているんだ? リヒトはここにいるのに、まるで水に映したみたいだ!』


 リヒトが描かれた紙を持って、くるくると楽しそうに回るスヴィエートさん。


 その反応は、テレビの画面に知り合いが映ったのを見た時のような興奮状態にある。

 い、いやそこまでリアルなものではないはずだ。


 ちょっと似てるかな~ぐらいだと思うよ。

 それでも、似顔絵で似ているっていうのはかなりの高評価だよね?


「複製するかい?」


 雄也さんがそう言ってくれたけど、わたしは首を横に振る。


「それはもともとスヴィエートさんに渡すつもりで描いたものですから必要ないです」


 誰かのために描いた絵を、複製(コピー)するのはちょっとおかしいと思う。


「栞ちゃんが手元に残さなくて良いなら良い」


 雄也さんがそう言うと……。


「え? 複製しないのか? シオリの絵は俺も欲しいのだが……」


 いつの間にかこっちに来ていたトルクスタン王子がそう言ってくれた。


「お前、真央さんはどうした?」

「俺に絡んで、ある程度気が済んだのか、ようやく落ち着いたから、お前たちの方に来てみた」


 見ると、真央先輩は寝台で安らかな寝息を立てている。


 わたしが絵を描き始める頃にはトルクスタン王子と言い争いをしていたところまで見ていたのだけど……。


「食事はさせなくて大丈夫か?」

「腹が減ったら起きてくるよ。マオは少しだけ猫を被ったミオなだけだから」


 さり気なく酷いことを言っていませんか? トルクスタン王子殿下。


『シオリ、シオリ! これは、アタシがもらっても良いのか?』

「はい、どうぞ」


 わたしがそう言うと、スヴィエートさんは嬉しそうにリヒトを描いた紙を受け取ってくれた。


 うん、うん。

 好きな人の絵は自分の手元に置いておきたいよね。


 喜んでもらって、良かった。


『当人が近くにいるのに、必要な物なのか?』


 喜ぶスヴィエートさんを見ながら、リヒトが不思議そうに言った。


 確かにスヴィエートさんの傍には今、リヒトがずっといる。

 それでも、いつまでもずっと一緒にいることができるわけでもないのだ。


 それを、彼女自身も気付いているのではないだろうか?


「好きな人がずっと自分の近くにいてれくれるわけじゃないからね」


 わたしがそう呟く。


「「『なるほど』」」


 ん?

 何故かリヒト以外の声が二つばかり重なって聞こえた。


 だけど、そう言ったと思われるトルクスタン王子も雄也さんもこちらは見ていない。


 ぬ?

 そうなると、先ほど重なったのは誰の声だろう?


 二人の声だと思ったのに……。


『シオリもそう思うからツクモの絵を描くのか?』

「いや、単に九十九が一番描きやすいし、今は近くにいてくれるからモデル……絵の見本率も高いだけだよ」


 リヒトの言葉に深く考えずに返答する。


 九十九に関して言えば、単純に何度も描いているというのもある。


 あと、ここだけの話。


 人間界のゲームに出てきた最愛キャラに似ている関係で、似たような系統の顔を中学生時代に描いていたというのが一番、大きな理由だろう。


 加えて、いつも近くにいてよく見ているから、記憶だけでも九十九なら描き起こせる自信もあった。


 だから、九十九が描きやすい。

 それだけの話だ。


『なるほど。分かりやすい理由だな』

「そうか?」


 恐らく、リヒトはわたしの思考まで読んだ上で、言ったのだろう。


 だが、トルクスタン王子にはそこまでは分からない。

 いや、先ほどの思考を読んだだけでは、その全てを理解することはできないとは思うけどね。


 心を読むことができる長耳族のリヒトはこの一年ずっと、わたしたちの近くにいた。


 そのために、わたしたちの中で、不意に思い出される昔の記憶とかまで知っているのだと思う。


 つい最近、彼の口から語られたわたしの過去のこともそうだ。


 あれらは全てリヒトと出会うずっと前の話。

 それらを確認するタイミングを計っていたのだろう。


『俺が読めるのは相手の思考したことのみだ。だから、無自覚の言葉まで俺は読めん。そして、そこまで期待されても困る』

「む?」


 無自覚?

 今のは誰の思考に対する返答だろうか?


 わたし、今、それっぽいことを考えた?


 それとも、雄也さんかトルクスタン王子の思考?


『シオリ……。もう一つ頼みたい絵があるんだが……』

「さっき言っていたライトの絵?」


 それでも、リヒトを描いたような絵に似せて描くのは難しいと思う。


 あの人がモデルしてくれるようには見えないしね。


『いや、違う。そちらはもういい』


 リヒトは首を横に振る。


『俺もシオリの絵が欲しいのだ』

「わたしの絵? 何を描けば良いの?」

『シオリだ』

「ほへ?」

『俺はシオリが描いたシオリ自身の絵が欲しい』


 それは自画像というやつですか?


「似せた方が良いよね?」


 自分に似せて描くって結構難しいけれど。


『そうだな。できるだけ、生き写しの……写真と呼ばれるものに近いと嬉しい』


 ハードルの上がる音を再び聞いている気がします。


 写真レベルとなれば、もっと上手い人に頼んだ方が良いんじゃないかな?


「そ、それはすぐ?」


 なんとなく、暗くなった外を見る。


 そうなると、時間的に徹夜しなきゃいけないかも?


『いや、お前たちがこの島にいる間で良いのだ。急がない』


 締め切りが延びた漫画家さんの心境はこんな感じだろうか?


 図らずもそんな心情を理解できてしまった。


「分かった。頑張ってみる」


 わたしは両拳を握り込んで承知した。


「シオリ、シオリ。俺も先ほどのような絵が欲しい」

「どなたを描けばよろしいのですか?」


 トルクスタン王子にせがまれて問い返す。


「黒髪で小柄、細身の女性」

「特定のモデルはいないのですか?」


 それはそれで難しい。

 想像で絵を描くのは限度があるのだ。


「特定の……、じゃあ、マオやミオが、シオリよりも低い身長になった感じにするのは描けるか?」


 なんだ?

 その愛らしそうな図案。


「えっと幼い頃の2人ってお題でよろしいでしょうか?」

「そうだ。頼めるか?」


 トルクスタン王子は2人の幼馴染だ。


 その頃の2人の絵が欲しくなったのかもしれない。


 でも、わたしが知る2人は、少なくとも中学二年生以降だ。

 その時点で既に今の自分よりも背も高かった。


 それよりも幼い2人を想像して描くのもなかなか難しい。


「頑張りますけど、想像で描くには限度があります。だから、あまり期待しないでくださいね」

「分かった。期待しているぞ!」


 期待するなと言っているのに。

 でも、こんなに嬉しそうにされると、頑張らないと!っていう気になるね。


「あと、順番的にリヒトが先です。そこもご承知ください」

「それは分かっている」


 こんな時、トルクスタン王子は自分の王子という身分を笠に着ない。


 そこは好感が持てる部分である。


 だけど、わたしは気付かなかった。

 この時のリヒトが何を考えて、わたしに絵を望んだのかなんて。


 わたしが考えているよりもずっと彼はその身体だけではなく心も成長していて、もっとずっと先のことまでいろいろと考えていたことに気付くのは、その絵が完成したちょっとだけ後だったのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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