【第85章― 天佑神助 ―】イメージが違う
この話から85章です。
よろしくお願いいたします。
今回は、不快な表現がありますのでご注意ください。
その日の夕方ごろ、真央先輩と雄也さんがようやくわたしたちのいる建物に戻ってきた。
「お前たち、一体、何があった?」
二人の気配を察して出迎えたトルクスタン王子がそう問いかけたくなるのも分かる。
真央先輩は、雄也さんに抱き抱えられて戻ってきたのだから。
だけど、その顔色は明るく、逆に雄也さんの方は疲れた顔をしている。
あまり、疲労感を漂わせない人なのに、珍しい。
こんな状態を見るのは、ストレリチアの大聖堂で療養していた時以来ではないだろうか?
「ん~、ちょっと調教に手間取っちゃって」
「ちょ、調教!?」
笑顔の真央先輩から発せられたどこか不穏な響きのする言葉に反応してしまう。
「一度、根付いたものを叩き直すって難しいよね~」
「マオ、それでは説明が足りない。もっと詳しく教えてくれないか」
「私、説明が得意じゃないから、ユーヤ、頼める?」
「承知しました、王女殿下」
な、なんだろう?
こちらの方がわたしよりもずっと主従している気がする。
真央先輩が命令し慣れている感があるからだろう。
それに……。
「マオ、いつからユーヤをそんな呼び方するようになった?」
トルクスタン王子もそこが気になったらしい。
真央先輩は雄也さんのことを「先輩」と呼んでいたはずだ。
それなのに、いつの間にか呼び捨てしている。
それも、親し気に。
「先ほど、仲を深めてからかな」
「なんだと!?」
真央先輩の言葉にトルクスタン王子が驚愕した。
言われてみると、確かに以前より二人の体内魔気が混ざり合っている気がする。
前より仲良くなったことは間違いない。
まあ、抱き抱えるほど接近すれば、表面に出ている体内魔気が混ざるのは当然かもしれないのだけど。
「お前たちヤったのか?!」
飾り気のない言葉ほどしっかりと耳に届いてしまうのはどうしてだろうか?
少し離れた場所で、わたしはそう思うのだった。
『シオリ~。藍の王ぞ……、違った、トルクゥの「やった」って何のことだ?』
そして、そんな言葉をわたしに問いかけないでください、スヴィエートさん。
思わずスヴィエートさんの横にいるリヒトを見てしまう。
リヒトは溜息を吐いて……。
『人間の「交配」のことだな』
そんな無難な単語で解説してくれた。
な、何か、ごめんなさい、リヒト。
でも、いざ、説明するって難しいよね?
『こ~はいって何だ?』
だが、通じなかった!?
でも他の言葉でどう言えば良いの?
『子供を作る行為なら通じるか?』
少し考えて、リヒトは言葉を変えた。
わたしは彼になんて言葉を説明させているのだろうか?
もう少し、語彙が欲しいと切実に思う。
『ああ』
スヴィエートさんが手を叩いた。
『「小屋籠り」のことだな』
「『小屋籠り?』」
わたしとリヒトの声が重なる。
スヴィエートさんの言葉は時々不思議だと思う。
『知らないのか? この島では、「番い」のいない「適齢期」に入った女は、小さな小屋に入って、そこに複数の男たちが繰り返し種付けするんだ』
だが、凄く良い笑顔で、かなり酷いことを言われた気がする。
それも、聞かなければ良かったと心底思うぐらいの話だった。
『女たちは泣いて喜ぶし、男たちにとって大事な仕事だ』
頭が痛くなってきた。
そして、同時に教育って本当に大事なんだとも思う。
『アタシも「番い」が見つかる前に「適齢期」に入ったら、「小屋籠り」をしなければならないと教えられて、何度かその場所で、種付けを見たぞ。確かに女たちは泣いて喜んでいたし、男たちも嬉しそうだった』
ちょっと待って?
それって、そんな暴行現場を幼かった彼女に見せていたってこと?
その恐ろしさに震えがくる。
でも、一番恐ろしいのは、それが怖いことだって、スヴィエートさんが分かっていないことだ。
『だけど、種付けの仕方って種族で違うみたいで……』
『スヴィエート』
『ん?』
さらに続きそうな言葉をリヒトが遮ってくれた。
『「小屋籠り」はこの島だけの行為だ。そして、本来の精霊族の在り方としても正しくない』
『そうなのか?!』
リヒトの言葉にスヴィエートさんが驚きの声を上げる。
『そうだ。俺が育った長耳族の集落でそんな行為をしていた長耳族はいなかった。少なくとも、子供を作る行為は一対一でするものだと俺も認識している』
確かに、普通は多対一ってありえないと思う。
それって順番待ちするの?
なんかいろいろ嫌じゃない?
この島の人はそんなことも考えられないほど薬に蝕まれていたってこと?
そんな疑問しか浮かんでこない。
だけど、なんで、こんな話になっているのだろうか?
今すぐ逃げ出したい。
せめて九十九が横にいてくれたら……と思ったけれど、逆にもっと気まずい雰囲気になっていた気もする。
うん、いなくて良かった。
『そ、そうなのか。ああ、でも、確かに紫の……違う、えっと、オージ? は言っていた気がする。アタシに「ここから出て番いを見つけろ」って。でも、アタシはまだ飛べなかったから、この島から出るのは難しいから無理だって言ったら、変な顔された』
『オージ?』
『紅い髪の……、人間だ。シオリやユーヤ、トルクゥと一緒の種族だな』
その言葉に該当者が一人、脳内検索にひっかかった。
彼女の言う「オージ」とは「王子」じゃないかな?
その人自身が名乗らなくても、周囲がそう呼べば、そんな名前だと思い込むだろう。
そして、こんな所に来そうな人間で、さらに「紫の」って単語。
それだけ揃えば、多分、間違いない気がする。
『それはどんな人間だった?』
『偉そうだった』
リヒトの問いかけに即答された言葉に吹き出すところだった。
ああ、うん。
あの人はいつだって偉そうだね。
『抱っこして、頭を撫でてくれた』
あ、あれ?
別人?
そんなことをするあの人を……想像できない。
いや?
想像できなくはない?
ちょっと微妙。
『「番い」が見つかるまで絶対に大きくなるなって言ってた』
ああ、それは想像できる。
あの人はそんな人だ。
口は悪いけど、根は悪くない。
わたしの知らないところで、水尾先輩を護ってくれた人。
『ふむ……』
スヴィエートさんの話を聞いていたリヒトが少し考える。
『シオリ、絵を描けるか?』
「え?」
『あの紅い髪の……王子の絵だ』
「おお」
そう言えば、あの人を描いたことはない。
紅い髪が目立つけれど、あの触覚みたいな髪型……ちょっと不思議なんだよね。
できれば、しっかり見ながら描きたいところなんだけど……。
『絵ってなんだ?』
『今からシオリが教えてくれる』
この場ですぐ絵を描かなければいけないようだ。
絵を描くための準備として、思わず、九十九の姿を探したが……、まだ帰ってきていないことに気付く。
「栞ちゃん。絵を描くならこれを……」
いつの間にか真央先輩を下ろした雄也さんがわたしに紙と筆記具を差し出した。
その真央先輩は、少し離れた寝台でトルクスタン王子と何やら言い争っている。
「ありがとうございます」
素直に受け取る。
どうやら、絵を描くことは決定らしい。
でも、なんで、雄也さんがそんなに嬉しそうなんだろう?
「栞ちゃんが人物画を描くところを見るのは初めてだな」
「はうあっ!?」
そうだった。
ここで、あのライトの絵を描くというのはそういうことか。
自分が描いた人物画そのものを見せたことはある。
でも、「お絵描き同盟」の湊川くんや、わたしに絵を描くことを思い出させてくれた九十九以外の前で人物画を描くのって初めてかもしれない。
「し、素人の趣味ですよ」
「それを見るのも素人だから大丈夫だよ」
雄也さんを素人の括りに入れてよろしいのでしょうか?
なんとなく玄人目線だと思うのですよ?
だけど……、絵だ。
久しぶりの絵だ。
描きたい気持ちが勝ってしまった。
「……頑張ります」
雄也さんから受け取った紙と筆記具を前にする。
九十九に預かってもらっている筆記具と種類は同じだけど、新しい。
ちょっと筆慣らしの必要があるかな。
紙は同じだ。
こちらは問題ない。
でもこの建物内は暑いし、湿気があるから、ちょっと滲むかも。
わたしが悩んでいると……。
『シオリ、上手く描こうとしなくて良い。スヴィエートに「絵」というものを教えてやれ』
リヒトがそう言ってくれた。
だが、わたしにとって、その言葉は凄い勢いでハードルの上がった音にしか聞こえなかったのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




