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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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1501/2804

名前だけなら聞いたことがある

 そろそろトルクスタン王子に渡す紙の残りも心許なくなってきた頃……。


「ちょうど良い機会だから、シオリに確認したいことがあったのだが……」


 そんな風にトルクスタン王子から切り出された。


「はい、なんでしょう?」

「シオリはユーヤのことは好きか?」

「嫌いではないですよ」


 直球で確認されたので、そのまま答える。


「あんなにも腹黒で陰険な男なのに?」


 なかなか酷い。


 でも……。


「トルクも雄也さんの友人を名乗る程度にお好きでしょう?」


 トルクスタン王子は真面目なだけでなく、素直な人だ。

 だから、嫌いな相手を「友人」とは言わないだろうし、一緒に行動を共にしない気がする。


 仮にも王子殿下という立場にあるのだ。


 自国や他国の重臣ならある程度我慢しても、他国の王族所縁の人間の護衛にはそこまで気を配る必要もない。


 まあ、情報国家の国王陛下は護衛だろうが庶民だろうが、()()()()()()、「友人」と言いそうなタイプだが、トルクスタン王子はそんな人には見えなかった。


「そうはっきりと言葉にされてしまうと、なかなか照れくさいものがあるな」


 本当に照れているのだろう、その頬は少しだけ赤かった。


「だが、シオリはツクモのことも好きだよな?」

「勿論、嫌いじゃないですよ。雄也さんも九十九も、昔からずっとわたしを護ってくれる大事な護衛ですから」


 自分の記憶を封印する前からの付き合いだってことは知っている。


 恩を受けているから「嫌いじゃない」というのもおかしな話だが、じゃあ、何故、彼らに好意を持っているか? と尋ねられたら……、その答えには迷いが出るだろう。


 三年も共に過ごして、気付けば家族みたいな存在となっていることは確かなのだけど、雄也さんに対する感情と、九十九に対する感情は少しずつ違っているのだから、本当の意味で家族に向ける感情とも違うとは思っている。


「それならば、ツクモ……いや、ヤツらの妻になる気はあるか?」

「ないです」


 それなら即答できた。


 彼らに自分の人生を背負ってもらう気などない。


「それならば、別に想う男がいるのか?」

「いませんね」


 なんとなく自分の頭に、赤い髪やら紅い髪の人間の顔がチラついた気がするが、そこに黒い髪の人間が強引に割り込んでくる。


 なんだ、このイメージ。

 単純にわたしの気が多いだけ?


 いや、この世界に良い男と呼ばれる種類の殿方が多いのがいけないと思う。

 わたしは悪くない。


「それなら、ヤツら以外の男の妻になる気はあると言うことだな?」

「それは、トルクの妻になれということでしょうか?」


 以前、トルクスタン王子からの求婚の申し出をお断りしたことがある。


「いや、俺じゃない」

「ぬ?」


 トルクスタン王子ではない他の殿方?


 わたしが知っているトルクスタン王子の関係者なら、「お絵描き同盟」の湊川くんは婚約者持ちだったから違うよね?


 それもメルリクアン王女殿下の婚約者らしいから、彼は絶対にないだろう。


 でも、それ以外のカルセオラリアの人なら、他には同じく同級生である黒川くんぐらいしか心当たりがなかった。


 後は名前を知らないから。


「カルセオラリアの、わたしの知らない方ということでしょうか?」


 つまり、そうなるよね?


「いや、カルセオラリアの人間ではない」


 ぬ?

 そうなると、心当たりなんか全くなくなってしまう。


 でも、スカルウォーク大陸の他の国の人だとしても、わたしが嫁いだくらいでは、トルクスタン王子の利になるとも思えない。


 わたしはトルクスタン王子の友人ではあるのだろうけど、特に血縁関係があるわけでもないのだ。


 だから、何の繋ぎにもならないと思う。


 養子縁組して嫁ぐ?


 いやいや、そこまでする理由こそないし、そんな義理もこちらにはない。


「ローダンセに俺の血縁がいるんだが……」

「へ?」


 ローダンセの血縁?


 なんだろう?

 その言葉に聞き覚えがある気がした。


「最近、婚約破棄されたらしいんだ」


 ……さらに、その情報にも覚えがあるような?


 トルクスタン王子の血縁で、婚約を解消された人の話をわたしは最近、誰かから聞いている。


 あれは何の話をしていた時だったっけ?


「『アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルク』と言ってな。ローダンセの第五王子である『ジュニファス=マセバツ=ローダンセ』に仕えている男なんだが、知っているか?」

「な、名前だけなら、雄也さんから聞いたことがあります」


 この島に来てから!

 しかも、この建物の中で!!


 あれだ。

 中学時代の同級生の話をしている時にって……。


「でも、婚約……破棄……された……?」

「ああ、そこがやっぱりひっかかるよな」


 あれ?

 雄也さんの話では婚約解消は、当人じゃなくて、相手の不貞行為だったんじゃなかったっけ?


 でも、雄也さんも人から聞いた程度の話だとも言っていた。

 情報が錯綜した可能性もあるのかな?


「悪い男ではないのだ。ただ口数が極端に少なすぎて、何を考えているか分からないし、愛想や気遣いの欠片もない」


 その言葉に、中学時代の見知った黒髪の同級生の姿が重なる。


「それだけ聞いたら良い評価が見当たらないのですが……」


 あの人は確かに誤解されそうなタイプではあった。

 不言実行を地で行くような人。


 だけど、トルクスタン王子の言葉と、婚約破棄をされた側という評価だけを受け止めたら、あまり優良物件だとは思えない。


「あの男は考えすぎて言葉が足りなくなるのだ。俺と一緒だな」

「へ?」


 トルクスタン王子と一緒?


「いえいえ、トルクの言葉は十分、多いと思いますよ?」


 少なくともわたしの知る「無口」に該当はしない。


「これでも思考の十分の一以下に絞った結果なんだが?」

「どれだけ思考しているんですか?」


 そして、その上で、どれだけ言葉の選択が良くないのですか?

 そんな言葉を飲み込んだ。


 言葉について、水尾先輩や真央先輩にあれだけ注意されているのに。


 多くの候補の中から選ばれた言葉があまりにも残念なことが多いのは、九十九に通じるものがあると思う。


「えっと、つまり、トルクはわたしにそのアーキスフィーロさまという殿方の妻にならないか、と?」


 つまり、中学時代の同級生の可能性が高い人との見合い話?


 いやいやいや?

 冗談だよね?


「そうだ。アーキスは今年、19歳になるはずだ。だから、18歳になったばかりのシオリとは年回りもそこまで悪くないと思うのだが……」


 そりゃ、同級生ですからね。

 互いに年齢を誤魔化していない限り、その年の差は一年とないだろう。


 アーキスフィーロさまと思われる殿方……、「階上(はしかみ) 彰浩(あきひろ)」くんって、何月生まれだったっけ?


 秋ぐらいに女子が騒いでいた気がするから、三月生まれのわたしとは半年ぐらいの違い……、かな?


「何故、わたしに?」


 そこが一番、分からない。


「ローダンセの第五王子に仕え、トルクとも血縁にあるなら、身分は高い方ですよね?」


 わたしは確かに「聖女の卵」であり、セントポーリア国王陛下の血を引いているわけだが、それをトルクスタン王子に言ったことはない。


 雄也さんや九十九、水尾先輩も言っていないだろう。

 面倒ごとになる気配しかないから。


 尤も、近くにいることが多くなっているため、トルクスタン王子自身は気付いているかもしれない。


 でも、どれも公言されていないのだから、確信できないはずだ。


「ローダンセの貴族は幼い頃から婚約者が決められる。成人する15歳になっても婚約者のない人間はいないらしい」


 そう言えば、雄也さんもそんなことを言っていたな。


 ローダンセの王位継承権を持つ王族たちは、国のために婚約者選びを慎重にする必要があるけど、傍系王族や直系王族の側近、従者は早々に婚約者を見つけることが多いとかなんとか。


 揉め事を避けるため……、なんだろうけどね。


 でも、王位継承権を持っている王族こそ婚約者を早々に決めていた方が良い気がするんだけど、それは人間界の感覚なのかな?


「そうなると、他国の人間を探すことになるが、ローダンセは知ってのとおり、現在、王位継承で揉めている国だからな。どの国の人間もその側近の妻となれば嫌がるんだよ」


 それはそうだろう。

 目に見えて、揉め事に巻き込まれると分かっているのに志願するような女性は少ないはずだ。


 いないとは言わない。


 わたしの知っている「階上(はしかみ) 彰浩(あきひろ)」という名前の殿方は顔が大変良かった。


 そして、無口だったけれど、勉強や運動もできるし、部活動だって好成績を残している。

 第五王子の側近を任されるだけあって、この世界でも優秀な可能性も高い。


 そんな殿方なら、状況も考えずに夢を見たくなる女性だっているはずだ。

 だが、そんな女性はいなかったのだろう。


「つまり、わたしに犠牲になれということですか?」


 うっかり、アリッサムの王族である水尾先輩や真央先輩の方に目を付けられたくないから?


 それよりも先に、わたしを押し付ければ、大丈夫ってこと?


「そんな酷いことは考えてない」


 わたしの考えすぎだったらしい。


「だが、シオリはかなり逞しいだろう? だから、多少の難題ぐらい跳ね除けそうな気がするのだ」


 もっと酷いこと言われた。


「わたしは頑丈だから多少の荒事は大丈夫ってことですか?」

「いや、そこまでも言ってない。だが、魔法耐性は俺の知る限り、マオやミオとも並ぶほどだと思っている」


 わたしの魔法耐性がある程度高いものなのは認める。


 でも、魔法国家の王女たちに並ぶほどではない。


 いくらなんでもそこまではない。

 流石にない。


 さらに「魔法耐性」という不穏な言葉が出てきた。

 この話には嫌な予感しかしないのに……。


「だから、アーキスの妻になる気はないか?」


 この王子殿下はお構いなしにわたしに告げるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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