無い物強請り
祝・1500話
真央先輩の中に、トルクスタン王子がシルヴァーレン大陸言語を勉強できるように仕向けたいという意思は勿論、あったことだろう。
誰かに翻訳してもらわないと各大陸言語を読むことができないなんて、王位を継ぐ可能性がある人間としては情けない話だから。
だから、王族は教養として、他国に滞在する前に、ある程度他大陸の言語を身に付けるはずだと水尾先輩から聞いたことがある。
そして、トルクスタン王子が継ぐことになる可能性が高い機械国家カルセオラリアは、スカルウォーク大陸の中心国である。
ただでさえ、微妙な立ち位置となってしまった機械国家が、これ以上、他国に対して隙は見せられないと真央先輩が考えるのはおかしくない……、というか自然な流れだと思う。
真央先輩自身が、その微妙な立ち位置になるきっかけでもあったのだから、余計にそんな風に考えてしまうのかもしれない。
スカルウォーク大陸には、現状、国家として認められている国が、カルセオラリア以外に6カ国ある。
そして、その中でもスカルウォーク大陸中心国の条件とやらを持っているのは、環境国家バッカリス、採掘国家エラティオールだとあの中心国の会合の中で耳にしていた。
そのどちらも野心家とは聞いていないが、それでも、どこかの国に唆されてその気になってしまう可能性はゼロではない。
いつの時代、どこの世界にも阿呆はいるって九十九もよく言うし。
そんな危険を察しているなら、トルクスタン王子の傍に真央先輩がいるのって、お目付け役とかそんな意味もあるのかもしれない。
トルクスタン王子が真央先輩や水尾先輩のことを心配して付いてきているように見えて、実は、カルセオラリア国王陛下から王子教育を頼まれているとかね。
真央先輩は魔法国家アリッサムで王族として水尾先輩以上に教育されていたと聞いている。
だから、トルクスタン王子の指導者としても適任だろう。
その視点で見ると、いろいろ大きく変わる気がしてくる。
それ以外の観点から現状を考えるならば、課題を与えることでトルクスタン王子をこの建物から動かさない……という意味もあるかな?
水尾先輩の身の上に起きたことや、その現状をすぐに知ってしまったら、何の準備もなく、飛び出しかねないと判断しているのかも?
もしくは、そんな深い考えはなく、実は真央先輩が雄也さんとの親睦を深めたいと思っている?
それなら水尾先輩がいない今が一番行動しやすそうだよね。
水尾先輩は今も雄也さんのことを苦手としているから、真央先輩が仲良くしようとすれば止めるだろう。
前ほど敵意はないし、能力的には間違いなく認めているのだと思うのだけど、どこかにまだ壁がある。
それも負の感情からのものだ。
まあ、そのことは雄也さんからいろいろな人の気配が漂ってくるせいだとも思う。
だから、わたしより潔癖なところがあって、他人の気配に敏感な水尾先輩が許せないと思ってしまうのは分からなくもない。
わたしとしては、それは個人の意思だし、何より雄也さんにとっては必要なことだと判断しているのだと思っている。
わたしは主人であるが、そこまで干渉はしたくない。
そんなことをすると、本格的に彼らから縁を奪うことにもなりそうだしね。
それに恋愛は自由だし、雄也さんは男の人だから、女のわたしには理解できない部分があるのも当然だろう。
だから、この世界には「ゆめの郷」があり、人間界にだってそんなお店がいっぱい存在するのだと思うし。
もしかしたら、それで泣いてしまう女性だっているかもしれないが、それこそ、雄也さんの責任だ。
少なくとも、元彼女との別れ話を拗らせて、その凄惨な現場をわたしが目撃することになる……、なんてことは、あの人に限ってないだろうと思いたい。
特定の女性と継続的なお付き合いをする様子はないから、そう言った意味で、誰かに刺される可能性も否定はできないけれど。
雄也さん自身はちょっとした火遊びのつもりだったのに相手が本気になっちゃうとか、相手の恋人と思い込んでいる男性とか、人間界の漫画でもよくある話だからね。
実際、わたしが体内魔気の気配を察することができるようになってからに限るけれど、雄也さんからずっと同じ体内魔気が漂うことはなかった。
どちらかと言えば、あまりわたしから離れない九十九の方が、ずっと同じ気配を漂わせて……、いや、それだけ聞くと何か違う。
絶対に違う。
わたしと九十九はお付き合いをしているわけでもないし、何より、近くにいるだけで、そんな関係でもないのだ。
それに、今は九十九から別の気配を感じることだろう。
例えば……。
「シオリ、次の植物はなんだ?」
トルクスタン王子の言葉で思考が中断された。
ふと見ると、先ほど渡した紙は全て読み終わったらしい。
今、トルクスタン王子は、シルヴァーレン大陸言語で書かれた文章をひたすら読んでいる。
内容はこの島の植物の特徴について。
それらを調べたのは勿論、九十九だ。
始めは自分で九十九の言葉を思い出しながらなんとか書いていたのだが、残念ながらわたしは彼ほど記憶力が良くなかった。
記憶だけで植物の特徴をシルヴァーレン大陸言語で書き続けるなんて芸当ができなかったのだ。
だけど、この部屋からシルヴァーレン大陸言語で書いた植物の記録がいくつも見つかったので、此れ幸いとばかりに使わせてもらっている。
だけど、本来は日本語で書いていたはずだ。
九十九は基本的に調べ物の詳細記録については日本語で書くから。
だから、あまりにも都合が良すぎたので、雄也さんがこれを見越して置いていてくれたのかもしれないとも思った。
もしそうなら、いくらなんでも先読みしすぎでしょう、雄也さん。
「えっと……、これとこれなんかどうでしょうか?」
わたしは数枚の紙をさらに渡すと、トルクスタン王子は嬉しそうに受け取って、読み始める。
それらは結構な枚数があったと思ったのだけど、こうして、瞬く間に読んでいく姿を見ると、やはり努力すればできる人なのだと思う。
そして、わたしよりも読むのが速くないかな?
王族には速読スキルがあるのかもしれない。
水尾先輩や真央先輩だけでなく、セントポーリア国王陛下もかなり早く読む方だったから。
いや、この世界の王族たちは、速読スキルだけでなく、それ以外にもいろいろな能力が高すぎる気がする。
おかしい。
同じように王族の血を引いているはずのわたしの能力は、魔力や魔法力とかを除けばそこまで高くないのに。
これは人間である母の血かとも思ったが、自分の母親を思い起こせば、そんな阿呆なことは言えなかった。
単純に自分の能力不足であり、まだまだ努力不足だ。
そういうことだ。
現状でないものをねだっても仕方ない。
現実を見よう、現実を。
そして、今の自分にできることから頑張るしかないのだ。
さて、トルクスタン王子は思いのほか、真面目な性格だと思う。
少し前まではいろいろ後ろ向きなことを口にしていたが、そんな状況であったにも関わらず、わたしが目覚める前からこの建物から出ることなく、素直に与えられた課題に向かい合っていたというのは事実である。
なんとなく、そんな彼の性格を見越した上で、すぐに解けそうもないような難しい課題を与えた気がしてならなかった。
真央先輩か雄也さんのどちらが考えたことなのかは分からないけれど、トルクスタン王子がいない方が、あの二人が話し合いをするのに都合が良いと思ったことは間違いないだろう。
そうなると、仲を深める……というよりも、密談かなぁ?
どうしても、あの二人のイメージがそんな感じなのだ。
いやいやいや、本当に普通の交流を深めているのかもしれないけれど、どうもこう、これまでのことが……ね。
わたしの発想ってちょっと酷い?
「ツクモの記録は、相変わらず、凄いな」
ずっとその記録を読んでいたトルクスタン王子がポツリと呟いた。
この人は、カルセオラリア城にいた時から九十九の記録の凄さに触れているのだ。
「その内容は、ちょっとアレですけどね」
人間界で言えば麻薬のような植物たちについて書かれた記録。
その効能だって、決して良いことがないわけではないけれど、どうしても悪いことの方が目立つものばかりだった。
中には強烈な依存性と、幻覚や幻聴、理性の崩壊、致死性なんてものもある。
こんなものをこの島の精霊族たちはずっと与えられ続けていたのだ。
九十九は、植物が本来持っている効能なら、人間だけでなく、精霊族にも効きやすいと言っていた。
これらの効能が全て発揮されていたのなら、どんなに強い精神であっても、蝕まれるのは道理だろう。
それでもこの島に来て怖い思いをした身としては、そのことを素直に、気の毒だとも言い切れないものがある。
確かに一番悪いのはこの島を利用していた人間たちだ。
でも、じゃあ、この島の住人たちに全く非がないかと言えば、それも違う気がしてしまう。
この島の住人たちによって、全く関係のない犠牲者だってあったみたいだから。
でも、それでも加害者であり、被害者であるこの島の人たちを救いたいと考えてしまうわたしは、甘いのだろうか?
なんということでしょう。
もう1500話です。
勢いのまま書いている話ですが、ここまで、長く続けられているのは、ブックマーク登録、評価、感想、誤字報告、最近ではいいねをくださった方々と、これだけの長い話をお読みくださっている方々のおかげです。
心から感謝しております。
恐ろしいことにまだまだこの話は続きますので、最後までお付き合いいただければと思います。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




