また縁があったら
雄也先輩の悪戯か、王の趣味かよく分からない格好から、わたしはようやくいつもの姿に戻ることができた。
……とは言っても、これが本当の姿ではない以上、大した違いはない気がする。
わたしは再びカツラやカラーレンズを装着していた。
でも、化粧とかで飾られてない分だけマシだと思うことにしよう。
ああ、皮膚呼吸、万歳!
そして、雄也先輩とともに王子の私室の前に再び立つ。
「それでは、うまくいくことを願おうか」
雄也先輩のその言葉でわたしが頷くと、彼は王子さまの部屋の扉を三度叩いた。
「ユーヤか? 入れ」
扉の向こうから返事が聞こえると、雄也先輩が開けてくれる。
「父……、いや陛下の反応はどうだった?」
王子さまは雄也先輩の顔を見るなり、そう聞いてきた。
早く結果を知りたがる辺り、どこか子供のように思える。
「それが……少々、タイミングが悪かったようです」
「どういうことだ?」
少し歯切れの悪い雄也先輩の返答に、王子さまは少し苛立ちを見せながらも尋ねる。
「これは、まだ城内……、親衛騎士団にすら内密の情報なので、できる限り他言はされないようにお願いいたします。そうは言っても、内容的に早い段階で公表されるとは思いますが」
「何か……あったのか?」
流石にこの王子さまも雄也先輩のただならぬ表情と言葉から、何らかの事態を察したのだろう。
先ほどまでと違い、表情を引き締めて、雄也先輩の言葉の続きを待った。
「アリッサムが……、崩壊したそうです」
「なん……だと……?」
雄也先輩の言葉に王子さまが呆然とした顔をする。
報告を受けた時、父親である国王陛下は少しも動揺を見せなかったが、彼は分かりやすくその表情を変えた。
「私たちが陛下と対面する時のことです。我が国の近衛騎士が報告した直後、情報国家からも連絡が入りました。ほぼ間違いはないかと」
「あの……魔法国家が……?」
「そういった状況ですので、国内の警備を強化。そして、城内に関しても外部からの見慣れない人間の出入りは当面見合わせるという方向で動き出しました」
「あ、アリッサムの王族は?」
よほど、魔法国家の状況が気になるのだろう。
彼は雄也先輩にしがみつくようにして質問を続けた。
もしかしたら、大切な人がそこにいたのかもしれない。
少なくとも、何も知らなかったこの時のわたしはそう思ったのだ。
「残念ながら、今のところ王族を含め、アリッサムの国民の生存確認はできていないとのことです」
その雄也先輩の言葉を聞いて、王子さまは難しい顔をして考え込んだ。
そして、顔を上げて、わたしを見る。
「ラケシス……。残念だが、今回は難しいようだ」
意外なことに、王子さまはあっさりと諦めてくれた。
そして、それだけのことが起きたのだと理解する。
「そのようですね。中心国が一つ崩壊するなどと言うことは聞いたことないほどの事態です。そんな時にわたしのような余所者を受け入れようとすれば、あらぬ疑いをかけられてしまうことでしょう」
考えてみれば、雄也先輩がこの城にいなければ、わたしは即座に取り調べを受ける立場にあったかもしれない。
そ~ゆ~意味でも、いろいろと運が良かったと思っている。
「いえ、もしかしたら、もうすでに貴方がたもわたしを信じることができなくなっていても不思議ではないかもしれませんね」
「疑うものか。魔気がほとんど感じられないお前が、魔法国家のような強大な国を崩壊させられるほどのことができるとは思えぬ」
その王子さまの言葉は少し嬉しかった。
会ったばかりのわたしを簡単に信用してしまう点については少し心配ではあるが、それでも、信じられて悪い気はしない。
「正直な意見を申しますと、私としては半信半疑といったところですね。女性を疑うというのは心苦しくはありますが、絶対に安心かと問われれば頷けないのは事実です。魔気など、誤魔化す方法がないわけではないですからね」
そして、雄也先輩は明確に反対の意思を示した。
「そうか……。ユーヤも反対するのだな」
王子さまは少し淋しそうな声をしたが……。
「悪いな。ラケシス……」
そう言う顔は先ほどまでとは違って、寧ろ、すっきりした印象すらあった。
「ユーヤ、ラケシスを城下まで頼めるか?」
「はい。承知しました」
そんな王子さまの変化が気にならなかったわけではないけれど、ようやく解放されるのだ。
わたしは彼に気づかれないよう胸を撫で下ろす。
「だが、ラケシス」
そんなわたしの気持ちには気付かず、王子さまはこんなことを口にしたのだ。
「お前とは、また縁がある。そんな気がするのだ」
彼は一国の王子だ。
普通に考えれば、城下に住む一般人なんかとそうたびたび縁があるはずもない。
だけど……。
「それは光栄です」
わたしは素直にそう思えた。
「またな」
王子さまは微かな笑みとともに片手を挙げる。
「はい、失礼いたします」
「それでは、殿下。この方を城下までお送りしてきますね」
わたしは一礼して、雄也先輩とともに部屋から出た。
バタンッと、大きな音を立てて、扉が完全に閉まるのを確認する。
「もう大丈夫だよ」
その雄也先輩の声で、わたしは……。
「あ~っ! 緊張したぁ……」
思わずその場にへたり込んでしまった。
「お疲れさま。大丈夫だったかい?」
「はい……、すみません。ご迷惑をおかけして……」
雄也先輩が手を差し伸べてくれた。
その手をとり、ゆっくりと立ち上がる。
我ながらみっともない姿だとは思う。
だけど、今までにない経験をしたのだ。
それは仕方のないことではないだろうか。
「それにしても、思った以上にあっさりと引き下がってくれましたね」
雄也先輩の協力があったとはいえ、それまでの王子さまの様子ではそう簡単にことが運ぶとは思えなかったのに。
「状況が状況だからね。王子殿下の頭の中がよほど平和でない限りは上手くいくと思っていたよ」
「国が崩壊したんですよね? 魔界では珍しくないんですか?」
いくらなんでもそんなことはないのは分かっている。
国があちこちで日頃から滅んだりしていては安心して暮らすことすらできない。
「物語やゲームではよくある展開だと言えるけれど、現実にはそうある話ではないね。俺も初めて耳にしたよ」
「アリッサム……って、確か魔法国家といわれている国でしたよね」
魔法使いたちの世界であるこの魔界でも、最高峰の魔法使いたちが集う国だと聞いていた。
わたしは九十九の魔法を何度か見ているし、すごい能力だと思うが、その国の人たちはそれ以上らしい。
想像もできない。
「アリッサムの特徴として、城を中心に魔法結界が張り巡らされている。そして、その中に広がる城下町。城やその周囲に結界があること自体は一般的なことだけど、城下町まで王城と同じ強さで完全に覆われている国は他にないね」
この国も城には、魔法を制限する結界があるし、周囲の森も魔法制限に加え、感覚を狂わせる自然結界があるとは聞いている。
それとは別に城下も凶悪な魔獣が入ってこないように結界があるらしいのだが、城の護りの強さとは、比較にならない程度らしい。
護るべきは城下の国民ではなく、城にいる偉い人たちって考え方なのだろう。
それを思うと、アリッサムという国は凄いと思った。
わたし自身は魔法を使えないので、その結界というものがどれだけの影響を与えているのか分からないけれど、少なくとも防衛的な意味合いが強いのは分かる。
「そんな国がどうして崩壊してしまったんでしょう?」
情報国家の王さまとかいう人の話では何者かに襲撃を受けたという話だった。
だが、一国を滅ぼしてしまうほどの攻撃……、それは人間界で言う戦争といえるのではないだろうか。
そして、もし、戦争なら他国に気付かれないように始まり、終わってしまったということになる。
それは、とんでもなく恐ろしい出来事なのだということは、わたしのような政治に興味のない人間でも理解できてしまった。
「話が大きすぎて、ここで考えてもすぐに答えが出るような話ではないね」
雄也先輩は少し困ったような顔で笑う。
考えてみれば当然だ。
わたしも雄也先輩も、その当事者ではない。
そして、どれだけ頭を悩ませたところで、できることなどほとんどないだろう。
「今は栞ちゃんを無事に送り届けることが大事かな。王子殿下からもそう頼まれたしね」
「あ、はい……」
そう言って、雄也先輩とともに歩き出そうとした時……、その現象は起こったのだった。
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