少年は駆け引きを頑張る
「あんたら、こいつを『あの御方』とやらに捧げるって言ったよな? 女の方が入用ってことは、『あの御方』とやらは男なのか?」
女を狙うから……、相手は「男」。
そう考えるのはある意味、無能だろう。
オレの横にいる狙われた「女」は、明らかにそんな対象ではないから。
『そうだよ。でも、何の目的かは知らな~い』
『供物か何かだろうけどな。その気になれば、いくらでも女は手に入る方だ。それなのに、何故、その娘に拘ったのか』
男なのは気配で分かっている。
しかし、この状況でよく黙って見ていられるな、ソイツ。
この状態だと、機密事項を悪意無く平気で漏らす流れだぞ、コレ。
尤も、静観しているのは、話されて困るほどの重要なことは伝えてないってことなのかもしれないけどな。
「オレは偶然、こいつに会ったんだが、今日でなければ駄目だったのか?」
言いかけて、思わず口元がにやけそうになった。
確かに対象の方が、偶然、オレの背中に突進してきたのだから、嘘は吐いていないのだが、妙に変な気分になる。
『確かに指定は今日でしたね。今日でなければ、あなたも巻き込まれずにすんだのかもしれませんが』
『あら、不運』
やはり今日を指定してたのか。
オレと同じだな。
しかし、それなら「あの御方」とやらは、ある程度状況や事情を知っていることになる。
オレたちとどちらが多く情報を握っているかは分からないが、もし、ヤツらと通じていたら、少し厄介だな。
「口ぶりからすると依頼人は身分が高そうだな。そいつの名前は?」
『てめえに言っても分からねえよ』
『知ってても怖いしね~』
知ってたらどうすんだよ、とも思ったが余計なことは言わずに別の質問をした。
今は、少しでもこいつらを喋らせる方が大事だ。
こんな交渉は不慣れだが、少しでも情報は引き出しておきたい。
それで、今後の動きが変わる可能性はある。
「まあ、確かにそうだな。じゃあ、代わりにあんたらの名は?」
『聞いて、どうする気ですか?』
「どうもできると思うか? 殺されると分かっているなら、せめて、相手の名ぐらい知っておきたいものだろう?」
『そうだね。じゃあ、教えてあげようか』
いやいや、大丈夫か?
名前だぞ?
それは、結構な情報だと思う。
『待ちなさい』
だが、流石に制止する声があった。
気付かれたか?
『どうして?』
『妙だとは思いませんか? この人間。先ほどから、わたしたちの情報を引き出そうとしているようにも思えます』
質問が直球過ぎたのだろう。
情報の引き出し方は、「巧みな日常会話にそれとなく混ぜるのが誘導のポイント」と教えられているが、そんな高等技術、今のオレにはまだ無理だ。
いや、見知らぬ相手との日常会話ってどうすればできるんだよ?
そこを教えてくれ。
『気のせいだろ? そんなことただの人間がして何になるのさ?』
『そうそう。「魔力」だってまったく感じないし』
おい、こら。
オレの目的が気付かれていないのは助かるが、その系統の言葉をあまり使うな。
お前たちが攫おうとしている対象は、まだ何も知らない。
だが、恐らく、お前たちよりずっと鋭いぞ?
『それが、妙なのです。元来、ただの人間にも多かれ少なかれ「魔力」を備えているもの。しかし、この2人からはまったく「魔力」を感じません』
だから、そういった言葉を何度も口にするなっての。
『たまにいるだろ? そんなやつも』
『確か……、一万分の一ぐらいの確率でいるんじゃなかったっけ?』
『そう、一万分の一。そんな確率の者が2人も揃うなんてこと、ありうるでしょうか?』
『え~っと一万分の一の確率が出会う確率は……』
『一千万分の一か!?』
……何か違わないか?
え?
あってる?
少しだけ、本当に少しだけ自信がなくなったので、さりげなく彼女に目を向けると、何故か変な顔をしていた。
すごく「突っ込みたい!」と、言いたそうな雰囲気を滲ませながら。
『一億分の一。かなり低いとは思いませんか?』
そんな3人を見て、彼女は流石に考え込んだ。
「なんのことだろ……。宗教関係者の話だから、悪魔の力? でも、そんなの普通の人間にあるなんて思えないし」
そう呟く彼女。
この流れ、止めた方が良いのか?
それとも、自分で気付いてくれたら、「ラッキー、説明しなくて済んだぜ! 」って、オレは喜べるのか?
少し悩んだが……、オレは本来の自分に任されたことを思い出す。
元々、オレがこの場にいたのは、彼女と話すためだった。
それならば、オレの口からある程度の情報提供しておくべきなんだ。
「魔法の力じゃねえの? 昔の人間には魔法使いっていたらしいし」
なんで、彼女が3人組のことを「宗教関係者」と決定付けているかは気になったが、これまでの展開から、普通の人間の考え方ならそういう結論に至っても不思議じゃないかもしれない。
オレは答えを知っているが、彼女はまだ何も知らないのだから。
「魔法って……。あなたの口からそんな非科学的な言葉がでるなんて思わなかったよ」
彼女は呆れたように言う。
「でもなんかそれっぽくねえ? 先ほどの炎や空中浮揚の理由も付くし」
「でも、魔法なんて……」
オレの説明にも、彼女はやはり、信じられないといったような感じだ。
確かに逆の立場ならオレも信じないと思う。
こんな馬鹿げた話は普通に考えてありえないことだから。
だが、不思議な現象が、目の前で意識的に引き起こされている。
そのこと自体を否定することは、今の彼女にだってできないはずだ。
「小さいころならともかく、この歳になって信じられる?」
「じゃあ、目の前に起こっていることはどう説明すんだよ?」
できるだけ、自然に、彼女の逃げ道を塞いでいく。
「悪魔の力でも納得はできないことはないよ」
「それだって十分非科学的だろ。系統的には同じファンタジー部類だから、差もないかもしれんが」
幸いにして、彼女は非科学的なことを全く知らないわけじゃない。
知識としては知っているようだ。
そして、悪魔とかそういったことを否定する気もないらしい。
でも、それだけに、なんで「魔法」は認めないのか?
その部分は少し、気になった。
ゲームとか漫画、小説とかで一番、馴染みのある不思議な力だと思うんだが?
彼女は漫画を読まない人種なのか?
いや、小学校時代に本屋のコミック売り場で何度か見かけた限り、漫画そのものは読んでいるはずだよな?
『ほれ、こいつら魔力のことも知らねぇ。ただの人間だよ』
『そうそう』
『でも……』
『それともおめえは、魔界人がここまで完璧に魔力を抑えることなんてできると思ってるのか?』
おいこら。
そんな核心に近すぎる単語をあっさり使うな。
『仮にできたとしてもこの場では無意味っしょ?』
『私は、その二人の妙な落ち着き具合が気になっているのです。それに……、あの御方ほどの人が、たかが人間に興味を示されるものか、この依頼を受けたときからずっと気になっていまして』
あの女、少し黙っていてくれねえかな?
3人の中で、一番、真面目そうだ。
もう少し、バカ2人に話させたいのに。
『ああ、それはあたしも気になってた~』
『心配しすぎだぜ、おめえたち。こちらはただ、そこの娘を捕らえて引き渡せばいいだけだ。余計なことを気にかけて失敗したとなっちゃぁ、あの御方の怒りを買うことは間違いねぇんだ』
『それはいやん』
『確かに。今、考えるべきことは任務遂行ですね。そろそろ始めましょうか』
そう言いながら3人が、オレらの方を向いた。
どうやら、ようやく行動に出る気になったようだ。
それを見て、オレは笑った。
情報収集みたいな頭脳戦よりもこちらの方がずっと分かりやすいし、オレにはあっている。
「こいつらが、単純で助かったぜ」
思っただけのつもりだったがどうやら声に出してしまったらしい。
「え? 今、なんて……?」
彼女がオレを心配そうに見る。
「気にすんな。ただの独り言だ」
できるだけ感情を隠して、オレは彼女の前に立つ。
『お』
『かぁっこい~。お姫様を守る騎士って感じだね』
『もっとも実際の騎士は殉ずることの方が多いですけど』
姫を守る騎士……?
残念ながら、現実は、そんなにカッコイイもんじゃねえよな。
オレと彼女がそんな分かりやすい関係だったなら、本当にどんなに良かっただろうか。
ここまでお読みいただきありがとうございます。