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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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自分よりも年下の女性

 2歳年下の彼女と縁を持ってから、約一年。


 言葉にすれば短いが、その出会いからこれまでに、あまりにも多くのことがあり過ぎて、自分の人生の中では最も濃い期間だと思っている。


 俺が額を打ち付けたのはこれでもう何度目か分からない。

 分からないが、痛みを感じる程度には強く打っているのだと思う。


 友人であるユーヤから渡された報告書とやらを読み始めてからこれまでに、何度も机に頭突きをすることになっている。


 頭を打ったところで読み慣れない単語が急に理解できるわけでもない。

 そんな時だった。


「お帰りなさい、トルク」


 戸惑いがちにかけられた言葉。


 ふと顔を上げると、そこには可愛らしい容姿の黒髪の女性の姿があった。


 寝台から上半身だけ身体を起こす様は、どこか色香を感じる。

 その身体は少し育ち過ぎとは思うけれど、十分、許容範囲だ。


 だが、そんな男の視線にも気付かず、彼女はそのまま、寝台から降りてゆっくりと近付いてくる。


 この部屋には俺と彼女だけではなく、精霊族の血を引く者たちも眠っていた。


 そう、眠っているのだ。


 実質、二人きりという状態。

 あまりの無防備さに、逆に警戒してしまう。


 これは何の罠だと。


 恐らく、下手に手を出そうと試みれば、黒髪の腹黒毒舌男がすぐさま現れるのだろう。

 この女性はあの男にとって、大切な存在であることは分かっている。


 何の対処もしないまま、この場に残しているとは俺も思っていない。


「ああ、ただいま」


 俺はできるだけ目線を合わせないように返答をする。


 罠だと分かっていても、目の前に美味しそうなものがあれば、少しぐらいと思ってしまうのが男だろう。


 だから、見ないことが一番だ。

 どこかの護衛兄弟ほど、俺は自分を抑制できる自信などない。


 寧ろ、あいつらは男としていろいろなものが欠落していると最近ではそう思えるぐらいにはなっている。


 手を出しても拒まれそうもない女に手を出さない理由など、俺には理解できなかった。


「マオリア王女殿下は一緒ではなかったのですか?」

「マオは、ユーヤと仲良く腕を組んで出ていった」

「おや?」


 意外そうな声を上げる。


「意外か? ユーヤが女を連れだって歩く姿は特段、珍しくはないだろう?」


 華やかな容姿を持つ友人の顔を思い浮かべる。


 俺がセントポーリアに滞在している間も、カルセオラリアに何度か来た時も、ストレリチアにある大聖堂で身体を癒していた時も、「ゆめの郷(トラオメルベ)」にいた時も、必ず、その濃淡の違いはあるけれど、ヤツの周囲には女の気配があるのだ。


 そして、それに気付かないほど鈍い女性だとも思っていない。


「雄也さんは、わたしの前でそんな部分を見せないんですよ」


 そう言いながら、黒髪の女性、シオリは苦笑する。


 女の気配を感じてはいても、その現場を見たことがないらしい。


 言われてみれば、シオリは常にヤツの弟が張り付いているのだ。

 その兄弟の連携によって、気付かせなかった可能性は高い。


「それに、どちらかと言えば、マオリア王女殿下が雄也さんと腕を組んで歩く姿というのが想像できませんでした」

「俺も想像していなかったよ」


 マオは魔法国家アリッサムの王族として育てられている。


 だから、エスコート以外で自分から異性に絡みつくような教育はされていないはずだ。


 実際、カルセオラリア城にいた頃も、婚約者だった兄上すら近くにいても触れている姿を見たこともない。


 寧ろ、幼い頃から知っている俺の方がマオに気安く触っている気がする。


 流石に、兄上の婚約者となった後は触れていなかったが、兄上がいなくなってからは、気付けば触っている気がするな。


「それよりも、トルク……は何故、机と仲良くしていたのですか? 額が結構、赤いですよ?」


 明らかに頭突きしたと跡を「机と仲良く」と表現するとは……。

 この娘の独特な表現は時々、面白いと思う。


 どこかの友人や幼馴染なら、もっと皮肉が込められていることだろう。


「俺たちのいない間に起きた出来事を記した文章が解読不能だったんだ。だから、頭に刺激を与えてなんとか読もうとしたわけだが……」

「解読不能?」

「奴ら、嫌がらせのようにシルヴァーレン大陸言語で書いているんだよ」

「奴らって……。ああ、九十九もなのか。でも、彼らはシルヴァーレン大陸出身だから、自大陸言語を使うのは仕方なくないですか?」


 可愛い顔して、そんな正論を口にする。


 だが、俺が聞きたいのは正論じゃなくて、慰めなんだ。


「もっと優しさが欲しい」

「彼ら兄弟が報告書を見せてくれるだけ歩み寄ってくれていると思いますよ。基本的に兄弟の間以外に見せるものではないみたいなので」


 シオリは困ったように笑う。


 どうやら、彼女の考える優しさと俺が求めるものは少し違うらしい。


「王族の教養として、多少、他大陸言語を学んではいたが、俺は兄上ほど頭が良くないのだ」


 ウォルダンテ大陸言語を除けば、他大陸もアルファベットの基本形はよく似ている。

 だが、綴りと文法が全く異なるために余計に混乱してしまうのだ。


 ウォルダンテ大陸言語ほど完全に文字の形が違えば、逆に読める気がするのに。


「でも、ミオルカ王女殿下は、苦も無く読んでましたよ?」


 マオもそうだった。


 あの幼馴染も王族の教養として他大陸言語を学んでいるのは当然だろう。


「マオも勉強しろと笑いながら言って、全く教えてくれなかった」


 寧ろ、厳しいぐらいだった。


 さらに、そのままユーヤと腕を組んで出ていったのだ。

 今頃、あの2人が何をしているのかなんて、あまり想像をしたくなかった。


 あれだけ親密な様相だったのだ。

 ここで、俺が一人、苦しんでいるのを肴に酒盛りをしていても驚かない。


「それなら素直に勉強するしかないじゃないですか」


 さらにシオリは無情な言葉を言う。


 分かっているんだ。

 分かっているんだけど……。


「シオリは何も手掛かりのない状況で勉強ができるか?」

「できませんね」


 ここが城なら、調べるための辞典や参考図書も多くある。

 それがあれば、最低限、単語を拾うことぐらいはできただろう。


 文官や教師がいれば、もっと良かった。


 だが、今、この場には何もない。

 こんな状態でどうすればこれらの言葉を理解できるというのか?


 ヤツらが少しでも長く羽を伸ばしたいための時間稼ぎのために、邪魔な俺にこれを課したとしか思えなくなっていた。


「でも、雄也さんのことだから、どこかに何かを置いてくれていると思うんですよね~」


 そう言いながら、シオリは席を立ち、別の机に向かう。


「あの男にそんな優しさなどない」

「そうですか? 雄也さんは優しいですよ?」


 それはシオリに関してだけだろう。


 自分の主人に、それも異性に対して、俺のように厳しく当たるあの男を想像することができない。


「ああ、ほら」


 そう言いながら、紙を数枚、拾い上げる。


「雄也さんのメモがありました。内容的に今回の話を端的に纏めたような感じです」

「なんだと!?」


 そんなものが、こんな近くにあったのか?


「但し、これはフレイミアム大陸言語で書かれているようですが……」

「更なる嫌がらせかよ!?」


 なんて、嫌な男なんだ!?


「シルヴァーレン大陸言語からフレイミアム大陸言語に直して、さらにスカルウォーク大陸言語にするか。それとも、直接シルヴァーレン大陸言語からスカルウォーク大陸言語に訳するか。悩みどころですね」

「素直にシルヴァーレン大陸言語を直訳するよ」


 マオやミオたちと手紙の遣り取りをしたことはあるため、フレイミアム大陸言語も分からなくはないが、それは幼い頃の話だ。


 今よりも稚拙な言葉で、内容も単純な話だった。

 だから、そこまで自信があるわけでもない。


 それよりも、もっと上の年代になってから長期滞在したことがあるシルヴァーレン大陸言語の方が少しだけマシなように思える。


 そう思い込むしかないだろう。


 いつまでも自分よりも2歳も年下の娘に向かって泣き言を口にしたところで、状況が変わるわけでもないのだ。


「シオリは、シルヴァーレン大陸言語は読めるか?」

「はい」


 ふとあることに気付いた。


 ヤツらがシルヴァーレン大陸だから、シルヴァーレン大陸言語を読み書きできるのは当然だとシオリは言った。


「それならば、シオリが俺にシルヴァーレン大陸言語を教えてくれないか?」


 ヤツらの主人であるシオリも当然ながら、自国の文字を読み書きできるはずだ。


「雄也さんと違って、わたしは教え方が下手ですよ?」

「構わない」


 少なくとも、今よりはマシになるだろう。


 だが、この時の俺はまだ気付いていなかった。


 このシオリは、あのユーヤやツクモの影響を強く受けている者だということに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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