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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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大陸言語の特徴

 どうしてこうなったのだろうか?

 今回もよく分からない。


「シルヴァーレン大陸言語は癖が強い」

「スカルウォーク大陸言語も十分、癖は強いと思いますよ」


 トルクスタン王子の言葉にわたしは返答する。


 わたしが目を覚ました時、トルクスタン王子が机に突っ伏していた。


 その時に、なんとなく、「お帰りなさい」と言葉をかけたことが、この状況の始まりだったのだと思う。


 わたしが目を覚まして身体を起こすと、少し離れた場所の机に伏しているトルクスタン王子の姿があった。


 寝起きの頭で、伏している殿方に対して気の利いた言葉などわたしが思いつくはずもない。


 だから、何も考えずに近付き、その言葉が口から出てきてしまったのだ。


 それが悪かったわけではないのだろうけど、顔を上げたトルクスタン王子の琥珀色の瞳には、希望の光が宿っていた気がする。


 そして、気付けば、何故か、シルヴァーレン大陸言語を教えることになってしまったというわけだ。


 その流れが自分でもよく分からない。


 何故、自分より2歳も年上の殿方に、わたしは文字を教えることになっているのだろうか?


 なんでも、九十九からの報告書がシルヴァーレン大陸言語で書かれていたらしい。


 トルクスタン王子は「ユーヤからの嫌がらせだ」と言っていたが、本当に嫌がらせ目的なら、読めない言語で書かれたものを渡すだろう。


 九十九からの報告書なら、この世界で読める人間が少ない日本語で書かれた物もあったはずだ。


 それを渡さなかっただけ、雄也さんに温情はあると思う。


 トルクスタン王子と一緒にカルセオラリアに向かい、この島に戻ってきたはずの真央先輩も、味方をしてくれるどころか、「自分で翻訳しなさい」と言いながら笑みを浮かべたらしい。


 その図は何故か思い浮かぶ。


 だけど、雄也さんと二人で仲良く腕を組みながらこの建物から出ていったという部分についてはあまり想像ができなかった。


 いつのまに二人はそこまで仲良しさんになったのだろうか?

 この島に来てから?


 この建物はわたしの魔法によって温室状態のままである。


 そのために汗だくにはなるし、喉も渇く。

 だから、あまり長時間はいたくない場所になっているのだ。


 そう考えると、単純にこの建物から出るための理由付けだったかもしれない。


 シルヴァーレン大陸に滞在した期間は短いが、それでも、一応、自分の出身大陸かつ母国語らしいので、九十九からも雄也さんからも不自然じゃない程度にみっちり仕込まれている。


 セントポーリア城下にいた一カ月で文字の少ない絵本ぐらいなら読める程度にはなったし、ジギタリスに行った後からも、雄也さんから定期的に課題を渡されているのだ。


 だから、離れてもシルヴァーレン大陸言語だけは忘れることはない。

 まあ、しっかり読めるかと言われたら微妙ではある。


 電光掲示板のように動いたりする文字だと少し自信はないが、幸いにして、この世界にそんな表示方法はなかった。


 それは救いである。


 そして、九十九の報告書については先に読んで内容を覚えているために、翻訳も難しくはない。


 だが、それを誰かに教えるとなるとその状況は変わってしまう。

 答えを教えず、ヒントだけを与えるって難しいのだ。


 結果として、単語の意味については辞典がないために答えを教えるしかなく、文法については例文を出して伝えようと努力してみた。


 でも、やはり難しい。


 毎回、どこからか適度な課題を見つけてくる雄也さんは凄いと本気で思う。


 九十九も教え方は下手ではないと思うけど、たまにうっかり答えを教えちゃうから、わたしと似ているよね。


 そして、冒頭の会話だが、どの大陸言語にもそれぞれの癖……いや、特徴がある。


 この世界の人間たちには自動翻訳機能が備わっているだけ発音とかそんなのを覚えなくて良いのだけど、それでも文字や単語、文法などの特徴だけは理解しなければ進めない。


 基本は英語のようにアルファベットにそっくりな文字だ。


 だが、そこから少し文字が増えたり、記号が追加されたりするだけでなく、大陸言語ごとに独特な文法とか変化のルールがあるのだ。


 よく使う単語はまだ分かる。


 だけど、中学英語の基本である「be動詞と動詞にing」で現在進行形とか「単数形にs」で複数形とか「動詞にed」で過去形みたいなルールだって、全ての単語に一致するわけではない。


 現在進行形には「running」とか「making」とかの変化の違いもあるし、過去形にも不規則動詞とかある。


 シルヴァーレン大陸言語はアルファベートが26文字。


 名詞が何故か男性と女性で区別されている上、複数形は単語の最後の母音が変化するのが特徴の一つだ。


 動詞の活用も種類が多く、わたしはよく使う単語をできるだけ丸暗記した。

 他にも特徴的なものがいろいろあるが、勉強中の身では上手く説明できない。


 対して、スカルウォーク大陸言語はアルファベットが30文字。


 名詞に付く言葉や、形容詞がとにかく変化する。

 それ以外なら、絶対的なルールとして、文章の二番目には絶対、動詞がくるらしい。


 不思議なこだわりだよね。


 わたしは、日本語の反語や倒置法などの文章表現技法が好きなのだけど、スカルウォーク大陸言語では使えないことになる。


 でも、トルクスタン王子との会話で気にしたことはないから、自動翻訳機能が上手く働いているのだとは思うのだけどね。


 いや、その自動翻訳機に頼りきりだから、わたしはいつまで経っても言語を覚えられないのかもしれない。


 わたしの大陸言語の覚え方は、基本的によく使う単語や文章の丸暗記である。

 だから、こんな時に上手く教えることができないのだ。


「それにしても、シオリはスカルウォーク大陸言語を学んで何年だ?」

「えっと、一年ぐらいでしょうか」


 去年の今頃、ストレリチア城にカルセオラリアからの使者が来たことが始まりだったことを思い出す。


 そして、その人が、水尾先輩のことを双子の真央先輩と見間違えたのだ。

 そこから、真央先輩がいる可能性に賭けてカルセオラリアに向かうことになった。


 そのためにわたしはスカルウォーク大陸言語を学ぶことにして、日常的によく使う単語を中心に丸暗記していったのだ。


 その途中で長耳族のリヒトに出会ったことも大きいと思う。


 自動翻訳機能が働かない彼となんとか話をしたいために、雄也さんから教えてもらって発音だって覚えるようにした。


 あれから一年。


 あれ?

 まだ一年だっけ?


 なんだかもっと長い期間だった気がするのは、いろいろなことが起こり過ぎたからだろう。


 具体的にはカルセオラリア城の崩壊とか、雄也さんの負傷とか、中心国の王たちが集まる会合とか、「ゆめの郷」でのあれやこれとか……。


 うん。

 この世界に来た三年の中で一番、濃い一年間だと言い切れる。


「たったそれだけで、スカルウォーク大陸言語をマスターしたのか?」

「マスターはしていませんよ」


 流石に一年で覚えられた気はしない。

 未だに文法どころか、綴りの間違いも少なくない。


 それでも、文字を書くより読むことができているように見えるのは、雄也さんが与えてくれる課題が良いのだと思っている。


「俺は5年もいたシルヴァーレン大陸言語を読むことにもこうして苦戦しているのに」

 トルクスタン王子はそう言いながら、溜息を吐いた。


「興味の問題じゃないですか? トルク……は、セントポーリアにいた時、本を読みましたか?」


 本を読むって結構、大事だと思う。

 単語や文法の学習だけでなく、言語表現も増えるのだ。


「暇な時に、本は読んでいたぞ」

「それは、シルヴァーレン大陸言語で書かれた本ですか? それとも、スカルウォーク大陸言語で書かれた本ですか?」

「……スカルウォーク大陸言語だった気がする」

 原因に思い至ったようで、トルクスタン王子は目を逸らした。


 セントポーリアにいながら、スカルウォーク大陸言語の本を読んでいたのなら、シルヴァーレン大陸言語を学ぶ機会はほとんどなかったことだろう。


 彼は、他国の王子殿下だ。


 いくらセントポーリアにいるとはいえ、王族以外の人間が、シルヴァーレン大陸言語で書かれた本を読むように強制することなんてできない。


 何より、文字を教える必要性もなかっただろうし、トルクスタン王子に何かを伝えるにしても口頭が主だったはずだ。


 他国からの賓客ではあっても、そんなことに国王陛下がわざわざ介入するほどのことでもない。


 トルクスタン王子自身から請われていれば、あの国王陛下なら考えてくれたかもしれないけれど。


 交流があったと思われるセントポーリアの王子殿下は、あの方の部屋を見た限り、本好きには見えなかった。


 互いが自分の好きな本を交換したり、お勧めの本を貸すなど、文系人間によくある交流の仕方は皆無だったことだろう。


 そして、トルクスタン王子自身も5年しかいないような国の言語を必死に覚える必要性も感じていなかったのだと思う。


 何より、彼は第二王子だ。


 そうなると、他国と手紙のやりとりなどの交流は、王位継承権第一位だったウィルクス王子殿下が主だっただろうし、本人も積極的にやろうとはしなかっただろう。


 それよりは趣味である薬作りに没頭していただろうからね。


「今からでも覚えられますよ」

「そうだろうか?」

「トルクは、そうしなければならないでしょう?」


 それならば、今からでも必死で学ぶしかない。


 兄であるウィルクス王子殿下はもういないのだ。


「それなら、頑張るしかないじゃないですか」


 わたしはそう言って笑ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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