普通にセクハラ発言
そんな発言ばかりで申し訳ありません。
「ああ、あと、水尾さんにはこれをお願いしたいのですが……」
そう言って、九十九から差し出されたのは、紫色の箱だった。
だが、その中から不思議な気配を感じる。
「なんだ、これ?」
箱の蓋を取ると、その中には紐の付いた細長い物体がいくつも入っていた。
「えっと……、それは止血栓です」
少し困ったように眉を下げる九十九。
「止血栓?」
そう言いながら、その中の一つを摘まみ上げる。
見たところ、その細長い物体は、脱脂綿のようなものでできていて、その表面には細かく光る粉が塗されていた。
その名前からして、血止めだとは思うが、使いどころが分からない。
詰め込むとしたら、鼻か……、耳?
でも、それにしては少し、大きいような?
しかも、脱脂綿って、水分を吸収すると膨張するんじゃなかったか?
それに、この形状、どこかで見たことがあるような気もする。
「この粉……、魔石か?」
「魔石を粉状に磨り潰したものです。それに、治癒魔法を付加しました」
やはり治療のために使うものではあるらしい。
この脱脂綿についた魔石の粉に治癒魔法の付加ってことは、これそのものに治癒効果があるということか。
だが、やはり、使い方が分からない。
傷口に当てるにしてもこんな形では逆に難しい気がするし、治癒効果があるのなら、洗浄綿や消毒とも違うようだ。
「これの使い方を聞いても良いか? 私は九十九と違って、医療行為にあまり詳しくはないんだ」
これの詳しい使い方が分からないことには頼まれても分からない。
「えっと……、オレも具体的には説明しにくいのですが、それを挿入することで、その、あ~、出血や炎症を起こしている部分の治りも早くなるだろうと……」
九十九にしては歯切れの悪い言葉だった。
挿入……、やはり鼻とかか?
いや、口?
喉の奥とかに詰める?
かえって死にそうな気がするんだが……。
「兄からそう説明されて……」
何故か、その「兄」という単語を聞いた瞬間、いろいろなものが繋がっていく。
「……待て?」
「はい」
私は頭を抑えるしかなかった。
そして、一呼吸置く。
「もしかしなくても、これって……」
私自身に使用経験はないが、人間界にいた頃、同級生から見せてもらった覚えがある物に似ていた。
その時に見たものと形はかなり違うが、その用途を考えれば、それを簡素化したものだと思えなくもない。
「生理用品か!!」
「そんなことを声高に叫ばれても……」
九十九が心底困ったような顔を見せた。
だが、その表情を見て、ますますその兄に対する嫌悪が募っていく。
「あの変態! 一体、何、考えていやがるんだ!?」
思わず口から出た言葉には、隠しきれない不快感が含まれてしまった。
「女性の身体のケアだと言っていましたが……」
確かにその言葉に嘘はない。
ここにいる身体を傷つけられた女たちには必要なものだろう。
だが、そのための手段をこんな形で弟に押し付けるのは、なんか違うんじゃないか?
わざわざ弟を通さず、直接、女に言えよ!! って話だ。
その内容的に、どうせ、私が関わることになるんだからさ!!
「弟や私に対する悪ふざけにしか見えん」
「いや、オレもそこまで子供じゃないんですが……」
それは分かっていても、九十九はそんなものを嬉々として扱うタイプにも見えない。
流石にもう「初心な青年」とは思っていないが、それでも異性慣れしていないことは現在進行形で理解できている。
私にこの「止血栓」とやらの具体的な道具説明ができないのが、その証だ。
……「止血栓」。
その言葉やこの形ですぐに気付かなかった私も悪いとは思うけどさ!!
使ったことないんだから、知るかよ!!
「それで? これを私が、女たちの寝ている隙に突っ込んでおけってことか?」
「流石にそれは……」
九十九が絶句した。
そして、私もそれは嫌だ。
「彼女たちの目が覚めたら使い方の説明をして欲しいだけですよ。こんな姿をして見た目を誤魔化していても、オレは男です。男からこんなものを渡されて説明されても嫌でしょう?」
顔だけ見れば女性にしか見えない男が、困ったように笑う。
この顔のせいで、余計に今は汚れ仕事が似合わない気がするのだろう。
「用途を説明されたところで、逆にヤツらの一味と疑われ、新手の道具を渡されたとしか思わんだろうな」
この世界にはこんな形の生理用品はない。
そして、そんな場所に何かを突っ込む文化もない……と思う。
「新手の道具?」
「媚薬とかその辺」
「…………ああ」
流石に、九十九に対して大人が使う玩具とは言いにくかった。
いや、この世界にもそういった物があるかどうかは私もよく知らないんだが。
「純粋な治療用具ですよ。感染症防止のために、消毒液や洗浄薬もありますが、軽く治癒をしてからでなければ使わない方が良いでしょう。ただ、この世界ではそういった方法は一般的ではありません」
基本的にこの世界の生理用品は吸収型パッドだ。
布を重ねただけで吸収しないような物もある。
横漏れやズレ防止に全力を尽くしてくれる人間界の道具は素晴らしい。
「そして、従来のやり方でいくなら。治癒魔法の術者が患部に手を当ててその状態を見ながら治療する形となりますが、それは互いに嫌でしょう」
患部に手を当てて、ああ、それは確かにこの青年には抵抗があるだろう。
その兄なら平気でやりそうだが。
普通は、外からの治癒魔法のみで、本当にその細部まで癒すことができるか分からないのだ。
一般的には、患部に指を突っ込んでその状態を見ながら治癒魔法を使う方が確実だと思えるだろう。
そして、それは治療行為の一環なのだから、女たちだって受け入れるしかない。
「それを『役得』と思わないのが九十九だよな」
「水尾さん、それは流石にセクハラですからね」
じろりと睨まれた。
生真面目な青年にはこういった冗談は通じないらしい。
「だけどこの手の……、挿入型生理用品に馴染みがない人間たちには抵抗があるかもな。その場所でコレを自分で突っ込むしかないわけだろう?」
「…………」
九十九は睨んだ状態を止めてくれない。
だが、これは至って真面目な話だぞ?
セクハラ続行じゃないぞ?
「その、どうしても、女たちが嫌なことを思い出してしまうんじゃないかとも思うんだ」
程度の違いはあっても、その場所に異物を挿入するのはそれを思い出すことに繋がるんじゃないかと思ってしまう。
そして、私がそこまで口にしたところで、九十九はその表情をやや緩めてくれた。
「それに、こんなに大きいわけだし」
せめて、もう少し、小さくならなかっただろうか?
「え?」
九十九が完全にその表情を素に戻した。
「いや、普通に考えて、こんなに大きな塊を突っ込むのって大変じゃないか?」
昔、人間界で見た座薬よりもずっと大きくて太い。
確かに治癒効果があっても、こんなのを突っ込んだら、辛いと思うんだ。
「あ~、え~、水尾さん?」
「なんだよ?」
何故か、気まずそうに声をかけてくる九十九。
「オレが言うのもあれですが、この『止血栓』の大きさは一般的だと思いますよ?」
「あ? こんなに太くて大きいのにか?」
少なくとも、自分の人差し指よりも太い。
こんなのを突っ込んだら、苦しいだろう?
「なんだろう、この微妙なセクハラ感……」
自分の額に手を当てながら、九十九が何か呟いたが、声が小さすぎてよく聞きとれなかった。
「水尾さん。今からオレが言うことはセクハラではありません」
「お? おお」
何故か真面目な顔をして念押しをされる。
「統計をとっているわけではありませんが、一般的な成人男子のモノはもっと大きくて太いと思われます」
「あ?」
もっと?
え?
「だから、これぐらいの大きさなら普通に入ると思います」
「え?」
「通常状態でも、そこまで細くて小さいのは幼児ぐらいじゃないでしょうか」
「はあっ!?」
これで、細くて、小さいだと?
しかも幼児並?
「そ、そうなると、臨戦態勢になれば、もっと…………」
「りっ!? い、いや、はい、そうなりますね」
し、信じられない。
これでも十分、太くて大きいと思ったのに。
実際は、もっと太くて大きいだと?
「嘘つけ!!」
「そんなことにいちいち嘘ついてどうするんですか?」
「知ってるぞ。男はそういうことで見栄を張る生き物だって」
そんなことをマオが言っていた気がする。
どうしても、誇大広告したくなる部分だって。
「そんなことを言われても、流石にこの大きさだと男として自信喪失のレベルですよ?」
「それは、単純に九十九のがデカいだけだろ!?」
「ちょっ!?」
私の言葉に一瞬で、九十九が顔を真っ赤にした。
この反応は珍し…………、じゃなくて、今、私、何を口走った?
……。
…………。
………………。
「すまん!!」
普通にセクハラだった。
それも、穴があったら入りたいぐらいの失言だった。
「い、いや、別に、オレは大丈夫ですけど」
明らかに疲労を浮かべた九十九は、それでも笑ってそう言ってくれる。
これでは、どちらが年上か分からない。
「水尾さんが栞以上に無知なことは、理解できました」
さらに、何やら、酷いことを言われた気がする。
だけど、その九十九の発言って、いろいろ深読みできてしまうと思ったのは、私だけだろうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




