嫌な現実しか見えない
最初の部屋こそ、九十九に止められてその中を見ることはなかったが、それ以外の私が見た部屋はどれも似たような印象しかないものだった。
どの部屋も、そこに置かれていたはずの調度品は全て取っ払われていた。
その上、掃除はされておらず、情事……、いや、暴行の痕跡が部屋のあちこちに残されていて、胸糞が悪くなる。
そして、そこにいた女たちは揃って、その見た目も、衛生上も良くないような状態になっていて、一目でどんな扱いを受けてきたのかが分かってしまう。
もともと居室として使われていた部屋を使用していために、それぞれ洗面所や風呂、トイレは備え付けられていたが、そこにも吐き気を催すような気配が残っているものばかりだった。
寝具らしい寝具や、床には敷物すらなく、部屋に投げられていたぼろ布に包まって眠っていたらしい。
部屋の壁にはロープや鎖などを含めた数種類の拘束具が備え付けられており、それらが使用された形跡もあった。
空気は入れ替えられることもなく、鼻を衝くような異臭が充満していて、その場で戻さなかったことが不思議なぐらいだ。
部屋の中を細かく確認すればするほど、嫌な現実しか見えてこない。
位置的に覚えのある部屋もあったが、もう元の状態を思い出すことなどできなくなっている。
それだけ、全てが塗り替えられていたのだ。
その時点で、この建物を私が生まれ育った場所とは思えなくなってしまった。
最初の部屋にいた女たちほど肉体の損傷があったわけではないが、次の部屋にいた13人の女たちも、やはり状態としては酷いものだった。
その13人は、肉体の状態よりも精神状態がおかしかったと思う。
体内魔気が暴走と疲労を繰り返すような不自然な状態にあったことが、「魔封石」の影響下にあって鈍くなっていた私でも、部屋に入る前から伝わってきたほどだ。
女たちの境遇を思えば、その反応は至極真っ当なものである。
こんな状況で正気を保ち続けることなどできるはずもない。
逃げることも許されず、いつ終わるかも分からない理不尽な責め苦を与えられるだけの日々。
「誘眠魔法」は精神に作用する魔法で、ただ混乱しているだけならそれなりに有効な手段ではあるが、錯乱状態にまで陥っていれば、効果は全くなくなる。
だから、こんな状態では、「誘眠魔法」の効き目が薄くなるのでどうするかと思っていたら、九十九は迷いもなく、その部屋に小瓶を投げ入れ、そこから睡眠ガスを発生させたらしい。
どんなに精神的に不安定な状態であっても、この世界の人間は総じて薬に弱い。
部屋の中は、あっさりと沈黙し、落ち着いた寝息が聞こえてきてからその扉は開かれた。
なんでも、その小瓶の中身は、大型魔獣の捕獲用に作られた薬だったらしい。
だが、その睡眠ガスの効き目は凄すぎて、私が思わず引くほどだった。
この青年は笑いながら、「これを水尾さんや真央さんに使う予定はないので安心してください」と言ったが、私が引いたのはそこじゃない。
そして、さりげなくそこに主人の名前が入っていなかったのは意図的か?
私たちに使う予定はなくても、主人に使う気はあるのか?
それは聞けなかった。
彼から笑顔で肯定されそうな気がして。
その部屋にいた13人の女たちは、今回来た時は既に目が覚めていたようで、やはり不安定な体内魔気を再び暴発させては疲労を繰り返していたような跡があった。
互いを警戒しているのか、自身の魔力を抑えられないのか分からないが、彼女たちの怪我は、互いの体内魔気の暴発のためだと当たりを付けた九十九は、今回も睡眠ガスを使って意識を落とした上で、さらに個別に薬を飲ませることにしたようだ。
自然由来のものだから、身体に害はなく大丈夫だと言っていたが、それは見間違えでなければ、例の「食虫樹」の樹液のような気がする。
中心国の王族たちの意識すら落とした実績のある薬。
そして、高田が歌いながら作ったやつではないらしい。
あれの実験……、もとい、治験をするかと思ったが、それはまだ早いと答えられた。
その、「まだ」という単語に突っ込んだら私の負けだよな?
眠らせた13人を別の部屋に運び込んだ後、抑制石の付いた首輪……、もとい、チョーカーを嵌めさせることにしたようだ。
前回、様子を見ていたために、そういったものに対する準備が万端である。
その女たちの精神は不安定であっても、体内魔気の暴発さえなければ、無駄に怪我人を増やすことはないだろう。
そして、物理で傷つけるほどの体力はなさそうだった。
だが、何故、そんなに抑制石などの装飾品がすぐに準備できるのだろうか?
私たちがいたのは、精霊族たちの住む島であり、人間たちはいなかったのに。
そして、それが九十九自身の備えなのか、兄の備えなのかが分からない。
前回、この場所に来た時に九十九が確認して、重傷で重症に見えたのは、最初の3人とその13人だった。
そして、今回来た時も、その数は変わらない。
そう、一人も変わらなかったのだ。
私は、正直、減少していることを覚悟していた。
特に、肉体の損傷が酷過ぎた3人は、九十九ができる限りの手を尽くしていたことは知っていたが、その傷痍状態を聞いた限りでは、それでもその命を繋ぐのは難しいのではと思っていたのだ。
それでも、3人は誰一人欠けることなく生きていてくれた。
強めに眠らせたことが良かったのかもしれないが、それでも、今後、生き伸びる可能性が出てきたのだ。
それが、彼女たちの救いになるかは分からないが、それでも、生きることを選べる可能性が生まれただけでもマシだと思い込むしかないだろう。
残りの女たちは似たり寄ったりの状態だった。
それぞれが心と身体の傷に深い傷を負い、精神状態としては、自暴自棄や半醒半睡となっているが、同じ状況にある他者に向けて八つ当たり染みた魔力の暴走をさせてしまうほど自分を失ってはいない。
そして、出されていた流動食のような食事と、水に対して手が伸びる程度には生きる気力があったようだ。
精霊族の血が混ざっていると思われる女たちが7人。
彼女たちは、外見的に少し人型とは違う部分があった。
糸状の触角のようなものや一本角が頭から伸びていたり、獣のような耳が生えていたりして分かりやすかった者だけが集められていたようだ。
どことなく、あの島にいた精霊族たちに雰囲気も似ていて、この場所にいる人間に比べれば、状態としてはマシといえなくもなかった。
精霊族の血が入っているため、自己治癒能力が強かったのかもしれない。
衣服はなく、その代わりに安っぽい銀製品の首輪を付けられていた。
そのことからも精霊族の血が入っているのだと思う。
前回は魔獣捕獲用の「睡眠ガス」を使い、さらに何かを飲ませていた。
恐らく、精霊族にも効果のある「食虫樹」の樹液で深く眠らせたのだろう。
私の「導眠魔法」に効き目が悪いことを確認した後、今回も同じように「睡眠ガス」使い、別の部屋へと運んだ。
その他には、魔力が強そうな女たちが8人。
肌や髪はボロボロで、揃って見覚えのある「魔封石」の質としては、クズ石を首に付けられていた。
魔力が強いと言っても、魔法国家では一般的といったところだろう。
私はともかく、九十九よりも魔力は弱いように見える。
比べる基準がおかしい気がするのは何故だろうか?
それでも、クリサンセマムなら、貴族ぐらいであってもおかしくない程度の魔力だったと思う。
女たちは衣服をまとってはいたが、あまり上等ではなく薄手で、肌のあちこちが見えるようなものだった。
「ゆめの郷」にいる、安い「ゆめ」が身に着けているような服。
前回は九十九が「誘眠魔法」で眠らせた上で、治癒魔法を使ったが、今回は私の「導眠魔法」で眠らせて別の部屋に運んだ。
そして、法力の気配があった女たちが11人。
ストレリチアの大聖堂で、何度か見かけたような神女装束を着せられていた辺り、神女だったのかもしれない。
それも随分とボロ装束となっていたが。
精霊族の血が入っている女たちと同じように、銀でできた安物の装飾品を付けられ、髪はいずれも腰より長かった。
この女たちも、前回は九十九が「誘眠魔法」で眠らせた上で、治癒魔法を使ったが、今回は私の「導眠魔法」で眠らせてから別の部屋へと運んだ。
そして、それらに比べれば幾分、マシな状態と思われる女が5人。
但し、この女たちはこれまでの居室のような場所ではなく、牢のような鉄格子を嵌められた場所にいた。
その身に付けていた服装こそバラバラではあったが、身体や服にあった損傷は経年劣化によるものではなく新しいものに見えた。
首や両手足首に痛々しい拘束具の跡。
それ以外は、顔に複数、殴られたような跡がくっきりと残っていた。
前回来た時も、九十九の治癒魔法がよく効いたことから、この場所に連れて来られて日も浅いのだろう。
その女たちも、前回、九十九が「誘眠魔法」で眠らせたが、今回は私の「導眠魔法」で眠らせてから別の部屋へと運んだ。
先ほど見た限りでは、一番、食事を摂っていたのはこの部屋の女たちだと思う。
空になった皿やコップがいくつか転がっていたから。
全ての女たちを九十九が一人で別の部屋へと移動させた。
そして、寝具の上で眠らせている。
服を着ていなかった女たちは、私が布を巻き付けた。
下着についてはサイズの問題があるため、申し訳ないが我慢してもらうことにする。
そして、私たちの仕事はここからが本番となるのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




