情報通な王様
「お前たちも、もう口を開いても大丈夫だ。通信は完全に切れたからな」
王はため息混じりに言いながら、雄也と栞に向き直る。
「な……、な?」
しんとした部屋の中で、栞がようやく口に出来た言葉はこんな感じだった。
「今のが……、情報国家の国王陛下ですか……。私も噂に聞いていましたが、御声を耳にするのは初めてですね」
雄也は先ほどの水晶体を睨みつけるように言うが、その額には汗が滲んでいる。
彼の握りしめている手が、どことなく震えている気がした。
「なんですか? 今の人。情報通にも程がありますよ?」
栞は頭に浮かんでいた疑問をそのまま口にした。
国の状況も、過去の話も、働きすぎと言う王の仕事状況も、最新情報とも言える先ほどまでの王子の行動すら見ているなんて、普通ではない。
監視カメラや盗聴器でも付いているのでないかと思い、栞は思わず周囲を見回した。
目視で容易に発見できるのなら、各国も情報の隠蔽に苦労はない。
どの国も、彼らの情報の出処が分からないから、最大限の警戒をした上で、さらに出し抜かれるという状態を繰り返しているのだ。
「情報国家の国王陛下です。世界で一番情報を握っているとされている方なので、情報通であっても不思議はありません」
雄也はそう口にして、王も無言で頷く。
「いやいや、いろいろおかしいですよ! 雄也せ……さんみたいな感じで……、ああ、どことなく声まで似ている気がしてきました」
情報国家の特異性を知らない栞はかなり混乱していた。
そして、何気に傍にいる雄也にまで失礼なことを口にしている。
「自分ではそうは思いませんでしたけど、そんな声が似ていますか? 顎の骨格が似ていると声が似ることもあるらしいので、もしかしたら、恐れながら私と情報国家の国王陛下は、顎の骨格が似ているのかもしれませんね」
雄也はどこか困ったような表情で、顎をさすりながらも丁寧に答える。
雄也自身は、本当に先ほどの声と自分の声がそこまで似ているとは思わなかった。
確かに声の系統は似ているかもしれないが、それも指摘されなければ気付かない程度だろう。
尤も、似せようと思って声色を変えれば、先ほどの声に近づけることは可能だとも思うが、そこまでする理由は今の所、雄也にはない。
「言われてみれば、顔も似ている気がするな。この世界ではまったくの他人と似た顔を持つ者は少なくないから、あまり気にしたことはなかったが……」
そんな王の言葉に、雄也はますます複雑な顔になる。
どうやら、情報国家の国王に似ていることは、あまり雄也にとって快く思えることではないようだ。
それもそのはずである。
ほとんどの魔界人は、情報国家の国王に限らず、情報国家という国自体にあまり良い感情は抱けるものではなかった。
その理由としては単純なものだ。
少しの会話で多大な情報を得られたり、自分の一挙一動まで観察の対象となってしまったりするのだから。
しかも遠くにいながらにして、相手のことを本人以上に知っていることもある。
これは魔界人といえども、大変、恐ろしいことなのだ。
自分の隠しておきたい行動、心の内を無理矢理暴かれても笑える人間は少ないし、知らない間に痛くもない腹を探られている可能性もあると警戒するのも人として当然の反応だろう。
「雄也……さんは、情報国家という国と血縁関係でもあるのですか?」
「あの王なら隠し子の一人や二人いても全く驚くことではないが、この世界では似たような顔を持った人間が産まれることは珍しくない。親子であっても髪や瞳の色が違ったり、顔が違ったりすることもあるぐらいだ」
栞の質問に答えたのは雄也ではなく、王だった。
しかも、さりげなく酷いことを言っている。
そして、その反応に栞は複雑な気分になってしまう。
そうですか。
情報国家の王は女性好きなのですね。
でも、それを貴方が言うか!? と栞は心から突っ込みたい衝動にかられていた。
ただ……、彼女自身の印象として、少し話しただけでも、この王は特別、女性好きではないと言うのは分かっている。
どちらかと言うと、真面目で心に余裕がない感じもしていた。
のんびりした自分の母親とは正反対だ。
この調子でお仕事をしているなら、周りの人も大変だろうし、当人も過労で倒れてしまうかもしれない。
この場にいない情報国家の国王にまで心配されるぐらいだから、その働きも相当なものなのだろう。
それでも、仕事に追われていなければ、この王の印象は少し変わるだろうか?
そう栞は考えていた。
「通説では、この世界で産まれる前に神が影響を与えるとされています。そして、容姿はその神に似るということですね」
栞のために雄也が解説してくれたが、一般的に魔界ではそう言われている。
魔界人は死んで生まれ変わるまで、その魂は聖霊界にあるとされ、そこで、加護を与える神を待つ。
加護を受けた後に、新たな生を受けて、母の胎内に宿ると言われているが、それを確認することは魔界人でも当然できない。
どこの世界でも、死後の世界に関して、生者が安易に立ち入ることはできないのだ。
勿論、転生方法や転生そのものを頑なに否定する人間も少なくはない。
しかし、実際、多少なりとも法力国家が持っている神の絵姿と似ている人間がこの世界には多々いるというのだから、それらを完全否定することも難しい。
尤も、この世界では死後の世界はともかく、人間界と異なり、神の存在を否定する人間はいない。
法力国家の存在もあるが、神は気まぐれに人間たちが住む世界に手を差し伸べるからだ。
それは、本当に気まぐれに。
本当に悪気なく。
本当に自分本位に。
そんな理由もあって、親子の間でその容姿がまったく似ていなくても、大きな混乱が生じることはない。
それはどちらかと言えば、神の手が入った証明とされ喜ばれることもある。
どこかの世界と違って、配偶者の浮気や互いの整形を疑う事自体ないのだ。
勿論、そこには体内魔気という人間界にはない判別方法もあるから、という理由も付け加えておく。
「産まれる前に……?」
栞は人間界で育ったが、転生などの理解がないわけではない。
神をそこまで盲目的に信じているわけではないが、この世界では魔法があり、魔物もいるのだから、神さまだっているよね、ぐらいの軽い感覚だった。
そして、彼らがそう言うなら、この世界の仕組みはそうなのだろうとも思っている。
栞は、先ほど王子の部屋で見せられた聖女の姿を思い出す。
自分とどことなく似ていたあの女性は、そういった理由からなのかもしれない。
尤も、目の前の王が聖女の血脈を受け継いでいるのなら、自分にもその血が流れているはずだ。
人間界の考え方としても、似ていることはおかしくはないとも思える。
「それで、顔が似ているだけでは親子としての証明というのが難しいわけですね」
「そういうことだな。チトセやユーヤの言葉を疑うわけではないが、魔気から判断できない以上、確実な方法はその血を調べる以外の方法がない」
「でも、不要ですよね?」
「……そうだな」
栞はその方法を実践させる気はないと、改めて釘を刺す。
王はその周到さに思わず笑いが出た。
昔、彼女の母親にされたことをそのまま再現されている気分だったのだ。
今のその姿と相まって、ますます懐かしい気持ちになるのだった。
だが、今はそんな昔の感傷に浸っている暇はない。
「かなり話がそれてしまったな、ユーヤ。先ほどお前が言いかけた案の続きを聞かせてもらおうか」
王は娘の近くにいる従者に声をかける。
「いえ、そちらは使わずに済みそうです。先ほど受けた報告。あれを利用させていただく方が、全て丸く収まりそうですよ」
そう言って、雄也は不敵な笑みを浮かべた。
それを見て栞が、「やっぱりこの人は、陰で暗躍する参謀タイプだよね」と思ったのは無理もないと言えただろう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




