できるだけ誤魔化す
特に深い意味のない本音。
だが、言葉を少し誤ったらしい。
「今の水尾さんは綺麗な女性にしか見えませんから」
オレがそう口にすると……。
「は!?」
何故か、顔を真っ赤にされてしまった。
ここは狭い小部屋だが、化粧をするために照明を付けている。
だから、その表情の変化ははっきりと分かった。
「ば、ば、馬鹿なことを言うなよ」
「いや、馬鹿なことって……」
そんな予想外の反応にこっちの方が戸惑ってしまう。
「綺麗でご不満なら可愛い?」
オレの言葉一つで、そんなに顔を真っ赤にした上、動揺を全面に出されては、綺麗というより可愛いと思えるから不思議だ。
でも、これぐらいの台詞は言われ慣れていると思うんだけどな~。
「私は高田とは違うんだぞ?」
「それは当然でしょう? 栞と水尾さんが同じ魅力であるはずがない」
二人は違う人間なのだから。
「だから、私に綺麗とか可愛いなんて……」
「水尾さん」
否定的な言葉が続きそうな気がしたため、オレは彼女の言葉を遮る。
「水尾さんはオレが緊張してしまうぐらい綺麗な女性ですよ」
本当に中性的で整った綺麗な顔なんだ。
出会った頃は、その状況的にも本気で男にしか見えなかったが、この世界で共に行動しているうちに、様々な面が見えてくる。
特に栞と接している時は優しい女性の顔をしているし、魔法を使う時の表情なんて、魅了効果かがあるんじゃないかと思うほどに妖しい色気を感じる。
何より、オレだけではなく水尾さんもあれから成長している。
女性としては背も高く、細身で凹凸は少ないが、それでも、男とは全然違う身体の線だし、抱き抱えると筋張ってなく、しっかりと柔らかいのだ。
まあ、うん。
あまりそっちの方向に意識しすぎると申し訳ないため、水尾さんを抱きかかえている時もそちらに集中しないようにはしていたことは認める。
「そんな言葉は、化粧をしていない時に言われたいもんだ。そこまで綺麗な女の顔に言われても、嫌味や皮肉にしか聞こえん」
水尾さんが苦笑する。
「それは申し訳ない」
確かに今のオレは顔だけちょっと女だ。
しかも、我ながらよく化けていると自画自賛できる程度には上手くできているだろう。
でも、どうせなら、栞のように可愛い路線を目指したかったのだが、今のオレの顔では難しいらしい。
「オレが言いたいのは、水尾さんはどう見ても女性にしか見えないのだから、化粧しなくても良いということです」
「でも、少しでも男に見えるなら、印象を変えた方が良いだろう?」
「そんなに気になるなら、ウィッグ使います?」
水尾さんの気遣いも分からなくはないのだ。
「まだあるのかよ」
「結構ありますね~。いろいろな色を取り揃えています」
そう言いながら、オレはいろいろと出していく。
「この金髪の縦ロールとか……。いつ、どこで使うつもりなんだ?」
「それは陽動とか、囮になる時に使えますね。その髪型は目立つので、印象強いでしょう?」
「それなら、こちらの白銀なんかの方が良くないか?」
「この世界は金髪の人間が多いので、大衆的な色合いで髪型のインパクトに印象を持っていってもらおうかと」
そして、意外と白銀の髪は使いにくいのだ。
その光り輝く色が目立ちすぎると言うのもあるが、宗教的な問題でもある。
この世界の創造神は白銀の髪色だと言われているのだ。
だから、白銀の髪で法力を持った人間は、物心が付く頃に法力国家に送られることが多いと大神官が言っていた。
それでも、そんな話をしてくれたこの世界の頂点に立つ大神官の髪色は、濃藍だったりする。
「黒から印象を変えたいな。それなら、アリッサムの人間らしく赤を選ぶか」
そう言って水尾さんが選んで手に取ったのは葡萄色……、赤みを帯びた暗い紫色の髪だった。
それをそのまま被る。
「赤」という単語で、嫌な奴らを思い出したのはここだけの話だ。
水尾さんが今被ったウィッグとは全然似ていない色だから何も問題もない。
「水尾さん、ちょっとこちらに」
いくらなんでもそのまま被っただけというのは芸がない。
少しだけ、髪型をアレンジさせてもらうことにする。
地毛と一緒に編み込めば、このウィッグを外れにくくもできるだろう。
黒とこの葡萄色なら違和感もない。
「器用だな、九十九」
「兄貴の教育の賜物です」
「なるほど。血が滲むほどの努力の結果と言うことか」
水尾さんが笑いながら言うが、それが間違っていないからオレには笑えなかった。
何が悲しくて、小学生の男が、ヘアマネキンを使って女性のヘアアレンジ研究をしなければならないのか?
だが、オレのすぐ横で、誰をどこの舞踏会に参加させる気だ? と思うような髪結いの練習をしている兄貴の姿を見ているのだから、オレは何も言えなくなったのだが。
「これだと、髪だけ気合が入った女に見えるな。やっぱり化粧も頼めるか?」
「承知しました」
確かに髪が少し目立つ色となり、動きやすいように上で纏めている髪型だけが少し浮いている気がする。
「それなら、先に服装も変えますか?」
「あ~、そうする」
そう言いながら、水尾さんは瞬時にこれまで着ていた動きやすいパンツルックから、長いスカートのメイド服に着替える。
ただ黒や紺ではなく、今の水尾さんの髪色に近い。
しかし、何故、そんな服を持っているのだろうか?
瞬間的な着替えは召喚魔法の一種で、自分が持っている服しか着ることができないはずだよな?
「久々だな、この格好」
しかも久々ってどういうことでしょうか?
「私が唯一持ち出せた服だ。あの時、着ていた服だよ」
言われて気付いた。
確かに水尾さんは、オレが発見した時にこんな服を着ていた。
だから、まさか王女とは思わなかったのだ。
だが、あの時はもっとボロボロだった気がするし、あれは、その後どうなっていた?
「自動修復機能付きだからすっかり綺麗に直った後、出発前に千歳さんが返してくれたんだよ」
「自動修復機能って、アリッサムの服にはそんな技術が……」
確かにメイド服なら損耗は激しい。
そんな機能を付けていれば、気兼ねなく使用ができることだろう。
「いや、この服だけ。城を脱出する際、ボロボロになりやすかったから、城下の職人に頼んでその機能を付けてもらったんだ」
「城を……、脱出……」
そう言えば、それが原因で水尾さんだけ単独行動をとることになったのだった。
しかし、そんな機能を付けてまで城から脱出をしたいもの……だったんだろうな。
オレにはよく分からないが、3歳時点でシオリも城から城下の森に降りていたんだ。
堅苦しい城から外に出たくなるのは、王族たちの癖のようなものだろう。
仕えている人間たちからすれば、気苦労が絶えなかっただろうから、同情したくなるが。
「久々に袖を通したが、サイズも変わってないみたいだな。どうだ? 似合うか?」
「そうですね。よく似合っていると思いますよ」
いつもの水尾さんとは随分、違う印象にはなるが、今の髪色にも髪型にもあっている。
「それにあわせて化粧しましょうか。そこに座ってください」
「頼んだ」
そう言って、水尾さんは両目を閉じた。
さて、どうしようか。
元が整っている顔立ちだからあまり手を加えたくはないが、どうせやるなら、全体的な印象を変えた方が良い気がする。
何より今から世話しようとする人間たちの中に、魔法国家の人間が紛れていないとは言いきれないのだ。
そして、魔法国家の人間ならば、水尾さんの顔を知っている可能性はある。
水尾さんの体内魔気については、それらを抑えるための装飾品と、火属性中心を誤魔化すために魔石付きの装飾品をさりげなくいくつも付けている。
それに、先ほど渡したウィッグにも「印付け」のためにオレの魔力が通っているのだ。
真央さんほど他者の体内魔気に敏感な人間なら誤魔化すことは難しくなるが、あそこまで明確に区別できる人間というのは魔法国家でも多くないらしい。
そうなると、全体的にキリッとしている凛々しい印象を抑えて、もう少し柔らかめな雰囲気にしてみるか。
そう考えて、オレは持っている化粧品を駆使するのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




