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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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【第84章― 玉昆金友 ―】誰かを幸せにできる未来

この話から84章です。

よろしくお願いいたします。

 目の前にあるアルファベット(アルファべート)の羅列と向き合って、どれぐらいの時間が経っただろうか?


 時折、似たような単語が見られるが、基本的に俺たちの母国語であるスカルウォーク大陸言語と、シルヴァーレン大陸言語は似ていないのだ。


 まだフレイミアム大陸言語の方が似ていると思っている。


 確かに、俺はセントポーリアにいた時期はあるが、シルヴァーレン大陸言語をそこまで読み込むことはなかった。


 他大陸言語を読むというそんな必要もなかったのだ。


 俺が読む可能性があることを知っていて、わざわざシルヴァーレン大陸言語で記録しているのは、あの兄弟からの嫌がらせとしか思えない。


 大体、ツクモはカルセオラリアで記録をしていた時は、ちゃんとスカルウォーク大陸言語を使ってくれていたよな?


 いや、俺だって時間をかければ読めなくはないのだ。

 カルセオラリアにいた時から、他大陸言語を学ぶ時間は設けられていたのだから。


 でも、まさか、それを使うことになるなんて思わないだろ?


 一つ一つの単語を訳すだけでも一苦労だ。

 さらに、単語の組み合わせることで熟語となって別の意味になり、さらに文法で……。


 それらの過程に思わずこの紙の束をぶん投げたくなるが、先ほどのユーヤとマオの冷ややかな視線を思い出すと、それは許されない気がする。


 アイツらが並ぶと迫力だった。

 ……本当に。


 マオは、ユーヤのことを気に入っているのだろう。

 婚約していたはずの兄上にさえ、人前であんなに接近することはなかった。


 ユーヤの方はよく分からない。


 セントポーリアにいた頃から、アイツが女を腕に巻き付けて歩いていることは珍しくなかったから。


 それらの思考が邪魔をして、目の前の紙に集中できないのが、一番の問題ではないだろうか?


 いや、マオが良いなら、俺が口を出すのはおかしいのだ。

 もう、彼女は兄の婚約者でもない。


 それでも、幼馴染として、その行く末を気に掛けてしまうのはいけないことなのだろうか?


 しかも、その相手がユーヤだから猶更だった。


 確かに同じ男としても、あの男が優秀なことは認めている。

 だが、今でこそ、その(なり)を潜めているが、セントポーリアにいた頃のアイツは本当に酷かったのだ。


 悪いやつとは言わないが、良いやつとは思っていない。


 だから、心配になる。

 あの男が誰かを幸せにできる未来を想像できなくて。


「それにしても……」


 シルヴァーレン大陸言語に独特な並びに苦戦しながらも、なんとか訳していくと、思わず言葉が漏れる。


 この手にあるのは、一人の男によって書かれた紙の束。

 やたらと分厚く感じるのは、嫌がらせではなく、それだけ記された事柄が多いだけのようだ。


 読み進めていくにつれて、自分でも精神的に不安定になっていくことが分かる。


 ―――― なんてことに巻き込まれたんだ


 そう思うと同時に、これはその場に自分がいたところで、どうにもできなかっただろうと歯噛みしたくなる。


 寧ろ、もっと悔しい思いをしただけだっただろう。


 この「綾歌族」は精霊族の中では、割と名が知られている種族ではあるのだが、やはりその生態や性質には謎が多い。


 そんな奴らが、アリッサムの王族を狙っていたのなら、今回、連れ去られたミオだけでなくマオも、遅かれ早かれ狙われることになっただろう。


 そんな事実にゾッとする。


 空から来る相手、それも、魔法防御の高い王族(ミオ)すら眠らせてしまうような精霊族なのだ。


 仮にカルセオラリア城の奥深くに引っ込んで、彼女たちを護ろうとしても、やすやすと正面突破されかねない。


 居所を掴まれただけでも、即、連れ去られることになる。


 これまでマオを含めたアリッサムの人間たちのことを、まだアリッサム襲撃の全容が分かっていないからと、周辺に公表しようとしなかった兄上の判断は正しかったのだろう。


 だが、問題はそれだけにとどまらない。


 この報告書を見た限りでは、アリッサムの三人の王女たちは今も、その身柄を狙われているということだ。


 そうなると、アリッサムが消失した原因は精霊族によるもの……か?


 いやいや、これだけで判断するのは早計だ。

 ツクモの報告書はまだまだ続いている。


 俺が読んでいる所では、まだミオがどこに連れ去られ、本当に無事だったかどうかも分からないのだ。


 しかし、シオリは機転が凄いな。

 ツクモの魔力が込められた通信珠をこんな形で利用するとは。


 いや、そもそも、通信珠に魔力を込めることが(異常)なのだが。


 セントポーリアから戻った後、カルセオラリアに来たユーヤに、通信珠にはこんな使い方があると教えたことはあったが、まさか、本当にやってみるとは思わないよな?


 魔力を込めることで、相手の頭に直接つながる機能だぞ?


 いくら、護衛だといっても、普通は選ばない手段だと思う。


 ああ、でも、ツクモは喜んでシオリと繋がろうとするか。


 あんなに分かりやすく想っているのなら、もっと手っ取り早く、その身体も繋げてしまえば良いのに。

 その方が確実に、互いの魔力を共有できるだろう。


 どう見たって、シオリもツクモのことを嫌がってないだろ?


 「発情期」で理性が吹っ飛んだツクモを見た後でも、変わらないのだ。


 なんで、ツクモも、ヤらなかったんだろうな。

 俺には我慢する理由が分からん。


 目の前に好きな女がいるのだ。

 男として我慢するのは苦痛だろう。


 確かに、女性に対する暴力は良くないが、それも「発情期」でのことなら仕方がないのだ。


 そして、世間からも許されることでもある。

 何より、ツクモをそこまで追い込んでしまったシオリだって悪い。


 ……ユーヤのせいか?

 あの男が許さないとか?


 でも、あの男だってかなりいろんな女とヤってるよな?


 ふと少し離れた場所で眠っているシオリに目を向ける。

 黒い髪が流れ落ち、黒い瞳は閉じられていた。


 背丈が低く、小柄なのはかなり好みなのだが、自分としてはもう少し胸がない方が良い。


 顔は綺麗というよりも少し幼い感じで可愛らしい。

 特にその大きな瞳の変化は、彼女の魅力でもあるだろう。


 よく笑うし、叫んだりもするけど、誰かに向かってあまり本気で怒ることはないし、基本的には泣かない女だ。


 自分の妹が些細なことで泣きすぎる気もするのだが。


 そして、お人好しで簡単に言いくるめられてしまう不安定さもあるのに、妙に落ち着いて、普通の女なら興奮しそうな時にも冷めた反応を返すこともある。


 特に俺が求婚した時だ。


 シオリは、国を窮地から救い出してくれただけでなく、兄上の尊厳も護ってくれた。


 そのお礼の意味もあり、自国から追われている彼女を救う意味でも申し入れをしたのだが、その結果は、彼女の従者目当てだと思われてしまったらしい。


 あれは意表を突かれたし、同時に面白くもあったから別に良いのだけど、生まれて初めての求婚があんな形になるとは思ってもいなかった。


 シオリは、自分自身よりも護っている従者たちの方がずっとその価値が高いと思っているのだ。


 自分は無理だったが、ローダンセに行ったらアーキス辺りが貰ってくれないかな?


 あの護衛たちは主人を護ることしか考えていないのだ。


 ツクモが「発情期」中に、自分の欲望を押し切って耐えきってしまったことも、結局はそこにある気がする。


 男として自分が彼女を幸せにするという発想がない以上、ヤツらとずっと一緒にいてもシオリが可哀そうだろう。


 アーキスも婚約破棄されたばかりで余裕はないだろうが、あの昔っから無口で不愛想な無表情男も、シオリの傍なら笑える気がするんだよな~。


 いや、それらは全て後付けの理由だと分かっている。


 単純に、俺が勿体ないと思ってしまうだけだ。

 このまま市井に埋もれていこうとする彼女が。


 どう見ても、普通の存在ではないのに。


 あのマオやミオに魔法の才を見込まれるほどの魔法の使い手というだけでなく、ストレリチアの王族と友誼を結び、何より、あの大神官より直々に構われている。


 港町にマオたちといたあの男が、大神官だと言われた時、俺は自分の耳ではなく、それを告げたミオのことを疑ったぞ?


 過去に縁があったらしいが、それだけで、大神官ほどの存在が動くはずもない。

 神官は王族すら無視し、自分が仕える神を優先するという。


 そして、大神官はその神官の代表格である。


 そんな大神官すら一目置き、さらには望みを叶えようとする相手が、今、ここで眠っているシオリなのだ。


 それだけの女が、本来、自分を庇護してくれるはずの自国から逃げるような日々を送っているという。


 そのことが、あまりにも気の毒でならない。


「やはり、アーキスに託すしかないか」


 俺はそう心に決めたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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