綺麗に隠されたこと
その問いかけをするために、私はどれだけの緊張感を乗り越える必要があったのだろうか?
「貴方たちは、イースターカクタス国王陛下の亡くなった兄か妹の子……ということになるのでしょうか?」
私の中では確信に近い言葉だった。
現在の情報国家イースターカクタスの国王陛下には兄と妹がいたということは知っている。
そのいずれも、国王陛下が即位する前に亡くなっていることも。
「水尾さんにしても、貴女にしても、他国の歴史にまでよく目を通しているね」
ミオにも同じことを言われたことがあるらしい。
まあ、イースターカクタス国王陛下に双子の兄がいたことは周知だったらしいけど、妹はかなり幼い時に亡くなっているから知る人の方が少ないだろうけど。
「王族の教養ですから」
他国の歴史や王族の名前、それらの繋がりぐらいはある程度、知らないとあちこちで恥をかく。
自分の不勉強によって、それぐらいも知らないのかと蔑みの目で見られるのは私もごめんだった。
「それでは、亡くなったとされているイースターカクタス国王陛下の兄の名前については?」
「イースターカクタス国王陛下の兄の名前は確か……、ああ、そういうことですか」
それはかなり分かりやすいヒントだった。
寧ろ、これまでそこに繋がっていないことがおかしいぐらいだ。
イースターカクタス国王陛下の兄の名前は「フラテス=ユーヤ=イースターカクタス」。
隠蔽の魔法があったかと思うぐらい、露骨にその名前があるのに、なんで気付かなかったのだろうか?
ミオも気付いて……いないだろうな。
ファーストネームは個人の名前、サードネームは身分を表すとされている。
そして、セカンドネームは個別の名前だ。
魔法契約する際に、最も重要な名前でもある。
ファーストネームが被ることはあっても、同じ時代に生きている者で、セカンドネームが被ることはないと言われるほど稀な言葉を使われている……らしい。
神官が立ち会う命名の儀では、たまにそのセカンドネームが理由で弾かれることもあるらしいから、それは本当のことなのだろう。
そして、親のセカンドネームをファーストネームとして子供に付けるという発想は、この世界にはない。
だから、これまで気付かれることはなかった。
近くにいる私やミオすら気付かなかった。
そして、同じように王族の教養を学んでいるはずのトルクですら気付いていない。
「俺たちが生まれる前に姿を消している他国の王族たちのことなど、さほどの興味も湧かないのは当然の話ではあるのだけどね」
現代ではなく、二十年以上昔の近代。
自分たちの親が、今の自分たちと同じぐらいの時代。
それも自国の話ならともかく、他国の話だ。
あまりにも中途半端な年代過ぎて、興味を持てというのが無理な話だろう。
「高田は、そのことを知っているのですか?」
「あの母娘は知っているよ」
高田だけでなく、その母親も知っているのか。
そうなると、他国の王族に連なる男たちを侍らせているあの後輩の器がどこかおかしいというべきか?
いや、逆にそれだけの立場にある人間だと考えるべきだろう。
他国の王族……、それも中心国の王族を従えても違和感がないのは、同じように中心国の王族ぐらいだ。
「高田自身が異常すぎて、周りの些細な異常さは綺麗に隠れちゃうんだ」
「酷いことを言うなぁ……」
思わず口から本音が漏れてしまったが、それは事実だから否定はさせない。
この先輩にしても、あの弟にしても、単体で見れば、それぞれが異常な存在なのだ。
その魔力の強さも、魔法の種類や性質も、魔法力の大きさも、体内魔気の質も、一般的な人間からは大きく外れている。
それ自体がただの貴族ではありえない。
だがそこに、もっと激しく既存の枠から外れるような存在がいたら、そちらに目が向けられてしまう。
王族の目から見ても、それだけ魅力的で異質な存在。
その言動や、思考、その在り方そのものが、ただの王族とは一線を画している。
「先輩たちは、高田を利用するために傍にいるのですか?」
「まさか」
あの後輩は、彼らの出自に対する隠れ蓑としてはうってつけだろう。
「あの子を表舞台に出すぐらいなら、即、俺たちが出るよ」
だが、この青年は即座に否定する。
でも、そんな状況になれば、彼らは持っている手札を全て遠慮なく大放出してしまうのだろう。
「随分、惚れ込んでますね」
「惚れ込まない理由がないからね」
間髪入れない即答とは本当に恐れ入る。
そして、私の問いかけに対して、先に準備されている言葉の一つ一つが、周囲に付け入る隙を与えない印象が強すぎる。
彼らの間にあるのが、巷でよくある恋愛や忠誠心のみに偏っていたならば、話はもっと簡単に済んだだろう。
感情だけに依存した関係は、その感情が覚めれば終わってしまう。
だが、この兄弟やあの後輩を取り巻く状況が複雑に絡み合って、そこに感情以外のものが付加されているから厄介なのだ。
過去、現在、未来へと繋がる現状に合わせて、恩義、敬愛、愛着と連なる感情の積み重ね。
何より手放し難いほどの魅力。
「高田は、セントポーリア国王陛下の娘ですね?」
「セントポーリア国王陛下と同じ血は流れているみたいだね。その辺りは、俺たちがいない時期の話だから、伝聞でしかないけれど」
流石に断定は避けたか。
「俺たちが彼女たち母娘に仕えるようになったのは、俺が5歳で弟が3歳の時期だからね。それ以前のことは本当に誰かから聞いたことしか知らないんだよ」
この青年が5歳。
それは先ほど聞いた彼らの父親が亡くなった時期と一致する。
どんな経緯かは分からないが、情報国家の国王陛下の兄の忘れ形見として城に引き取られたってことか。
あの後輩は、セントポーリア国王陛下の血を引く娘ならば、下手な人間を傍に付けることはできなかっただろう。
なんであの後輩に異性の護衛しかいないのかと思っていたが、その理由はその辺りにあるかもしれない。
そうなると、情報国家の国王陛下の意向も多少あるか?
なんだろう?
与えられる情報が増えれば増えるほど、逆に混乱してくるのは何故?
「先輩の出自についてミオは知っているのですか?」
「俺の口から言ったことはないかな。いろいろと疑ってはいるだろうけどね」
ミオは私ほど体内魔気の感知が鋭くはない。
ライファス大陸の王族の可能性は考えているだろうし、それが情報国家であるだろうと当たりを付けていても、確証はしていないだろう。
情報国家が、王族の血を引いている彼らを鎖に付けず、野放しにしている理由が分からないからだ。
つまり、ミオに相談して考えることはできないわけか。
先ほどから、この青年は私の質問に対して、ほとんど答えてくれている。
つまり、この青年との取引は私の意思とは無関係に既に始まっていると考えるべきだろう。
先に言ったように共謀……、もとい、彼と情報共有するのに断る理由がない。
そして、私がこれらの情報をどこかに持ち込む可能性はないと踏んでいる。
いや、正しくは、これらの情報を持っていたところで、どこをどうしたって身動きが取れないのだ。
彼らがこれまで隠してきたものが大きすぎて、下手な場所に出られない。
国家規模の機密であるばかりか、これに関して少しでも舵を取る方向を見誤ると、確実に情報国家の虎の尾を踏みかねない。
いくら何でも、何も持たない身で情報国家に喧嘩を売るなんて無謀すぎることは私にも理解できる。
それに、この青年の望まぬ方向へと動けば、彼自身が動く可能性が出てくる。
私は近くにいない情報国家よりも、自分に今、添えられているこの両腕の方がずっと怖い。
妖艶な瞳に蠱惑的な笑み。
その形の良い唇から零れ落ちる言葉は甘く、女性を蕩けさせることに特化したような男。
「分かりました。先輩に従いましょう」
それ以外の選択肢などない。
言葉巧みに追い込まれたことはよく分かった。
「別に従わなくても良いよ。貴女はただ黙っていてくれるだけで良い」
追い込み漁の網に嵌った気分だ。
藻掻けば藻掻くほど自分が身動きできないほどに絡まってくる。
「大丈夫だよ。悪いようにはしないから」
心とときめかすような声だったが、私には既に死の宣告にしか聞こえない。
いや、違うな。
これは……。
「だから、今後ともよろしく」
始めから、情報国家の王族の血を引く青年から、共犯の申し入れだった。
この話で83章が終わります。
次話から84章「玉昆金友」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




