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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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緊急速報

「陛下は! 国王陛下はこちらにおられますか!? 先触れもなしに無礼を承知ですが、大至急、お目通りを願います!!」


 それは、明らかに切羽詰ったような声だった。


「こちらへ」

「へ?」


 突然のことで目を丸くしていた栞の手を引き、雄也は声どころか音も立てずに素早く隣室へと飛び込む。


 その扉が確実に閉まるのを確認してから、王は声の方向へと顔を向けた。


「入ることを許可する」


 それが、近年の世界史上で、類を見ないほどの事件を告げるものであることを知るのにそう時間はかからなかった。


 声の主は部屋へ入らず、入口でお辞儀をし、両手を胸元で交差させてその場に跪き、身体を倒しながら、顔だけを王に向ける。


「近衛兵ではないか。何事だ?」


「は! ご無礼ながら火急の用として口上は省かせていただきます。陛下、驚かずにお聞きください」


 近衛兵と呼ばれた相手が上げた顔は青ざめていた。

 それだけでも、ただ事ではない事態だということがわかる。


「私も、まだ、信じられないのですが……、アリッサムが……あの魔法国家が……。滅亡致しました!」

「アリッサムが?」


 一国が……、それもフレイミアムという名の大陸の中心国とされ、この世界で一番の魔法の遣い手たちが集う国が、なんの前触れもなく滅んだということが事実なら、驚愕すべきことだろう。


 だが、王は少しも表情を崩さずに、確認する。


「それは事実なのか?」


 淡々とした王の言葉に内心、驚きつつも兵は先を続ける。


「は! アリッサムの隣国であるクリサンセマムからの情報です。城内にあった転移門や聖堂にあった聖門もなんらかの障害があったようで、アリッサムにすぐに向かうこともできず、我が国が、直接、確認するのは時間がかかりそうです」

「分かった。すぐに対策を考えよう。急ぎの進言、ご苦労だった。お前は下がれ」

「は!」


 そう言って、近衛兵は交差していた両手を床につけて一礼し、すぐにその場から立ち去った。


「聞いていたな」


 近衛兵の気配が消えると同時に王はそう口にする。


「はい」


 隣室の扉がゆっくりと開かれ、雄也が返事をした。


 その顔にも動揺はない。


「にわかには信じがたい話だが、お前はどう考える?」

「そうですね。アリッサムといえば魔法国家の名を冠するとおり、魔法の強さではこの世界一とされる国。仮に王族たちの魔力が暴走したとしても、それを抑えきるほどの力がかの国にはあるはずです」


 王の言葉に雄也は自分の考えを飾ることなく意見する。


「アリッサムの女王とは数日前に通信珠を通して、話をしたばかりだ。女王自らがわざわざ、第一王女が20歳の誕生日を迎えると喜びの報告をしてくれたのだが……」


 それが、本当に嬉しそうな声だったことを王は思い出す。


 その女王とは、直接、対面することなどほとんどなく、通信珠を通しての事務的な会話ぐらいしか付き合いはない。

 

 だからこそ、珍しく喜びを隠さないその声色が印象に残ったのだった。


「ゲート……、転移門が使えないとなれば、すぐに調査団を現地に派遣することも難しいですね。できるだけ早くその話の真偽を確認するべきなのですが……」


 深刻そうな顔で話し合う王と雄也の表情とは裏腹に、栞はぼんやりとしていた。


 彼女にとってはアリッサムという国は聞いたことしかない。

 知識としてしか知らないのだ。


 だから、そんな国が滅んだという話を聞いても絵本や物語の起きた出来事のように実感が湧かないのだろう。


 この辺りは、日本という国での争いごとの少ない平和な暮らしの影響が多々あると言える。


「まずは情報国家に確認するべきか……。あの国が簡単にそんな重大なことを教えてくれるとは思えないが、何もしないよりは……」


 王がそう言いかけたときだった。


 ―――― ちきちきち~ん♪


 雰囲気をぶち壊すように、やたら軽快な音が、部屋中に響き渡る。


「どうやら、あちらからきたか……」

「え?」


 栞はきょとんとする。


 その音の発生源は部屋の隅にあった水晶体だったが、まだ鳴り続けている。

 まるで、電話の呼び出し音のようだと栞は思った。


「情報国家だ」


 そう言いながら、王は部屋の隅にある水晶体に手を翳す。


『よぉ、ハルグブン。元気してるか?』


 先程までの音が鳴り止み、水晶体がスピーカーにでもなったかのように、若い男の声が部屋に響き渡った。


「よくこの部屋にいることが分かったね、グリス王」


 言われてみればそうである。

 ここは王の私室ではないことは、栞でも見れば分かった。


 執務室とか会議室とかそういった印象を受ける部屋なのだ。


 通信珠と思われるその水晶体から聞こえてきたのが、情報国家の国王ということにも驚いたが、それ以上に……互いの言葉遣いに栞は驚いていた。


 お互いにかなり親しみが込められている気がする。


『無駄話は後だ。とりあえず、用件を先に伝えるが、今、その周りにお前以外の人間はいるか?』

「今、この場には私が信用できる者しかいないな」

『へぇ、頭が固いお前から信用を得るというのは案外、難しいことだが……。それに付いては後にしよう』


 そこで、相手は……、情報国家の王は少しだけ間を置いて言った。


『中心国の一角が堕ちた。心当たりはあるか?』

「やはり、アリッサムの件での連絡か」


 どうやら、話題は、先ほど齎された情報についてらしい。


『おお。あの城が城下ごと何もなくなっていることは先ほど確認された。状況から判断すると、何者かの襲撃を受けたと推測される。その痕跡を消そうとした跡もあったみたいだが、俺たちの部下は優秀だからな』

「襲撃……」


 セントポーリア国王はそう呟く。


『その様子ならば、セントポーリアは今のところ異常なしのようだな』

「そのためにわざわざ自ら連絡を?」

『俺だけでは手が足りないから、シェフィルレートにも後学のために手伝わせている。尤も、中心国とフレイミアム大陸内の国への連絡は俺が受け持った』

「そうか……」


 情報国家が情報を自ら開示したということは、他国にも同等の危険性があると判断したのだろう。


 それについては、本当にありがたい話だが、相手は情報国家だ。

 このまま何事もなく終わってくれるとは、セントポーリア国王は思っていなかった。


『お前のとこのダルエスラーム()はどうだ? 相変わらずか?』


 案の定、別の話題に変わる。


「特に変わりはないな」


 さらりとセントポーリアの王は答える。


『顔を見なくても分かるような嘘をつくなよ。なんかあいつ、女を連れ込んだらしいじゃねえか。浮いた話が全くないと思えば、突然、誰かさんのようなことをするとはな』


 その言葉を聞いて、栞はビクリと震えた。


 この部屋への連絡といい、この話といい、情報国家と呼ばれる国にはどこまで筒抜けなのだろうか。


 確かに、これは雄也と九十九が警戒するのも理解できる。


「……どこで、それを……と聞くのは愚問か」


 だが、思いっ切り動揺しまくっている栞とは対象的に、セントポーリアの王は気にした風でもなく呟く。


 どうやら、こんなことは珍しくはないらしい。


『そのとおり! 愚問だな。それにしても、お前、よっぽど黒髪の女に弱いと息子にも思われているぞ。わざわざ外見を変化させてまで説得しようなんて、結構、可愛いところもあったものだな、アイツにも』

「浅知恵だ」

『で、似ていたか?』

「誰に?」

『それこそ愚問だろ』


 どこか揶揄うような口調の情報国家の王の言葉に……、セントポーリア王は一瞬言葉に詰まった。


 似ている、似ていないで言えば……、正直、かなり似ていると思ったのだから。


「似て……ないな……」

『似ていたのか』


 歯切れの悪いセントポーリア王の返答で、あっさりと情報国家の王は看破する。


『それなら俺もその少女の(かんばせ)を拝んでみたいものだ。尤も……、その少女があの女の娘だとしたら似ていても納得なのだが……』


 栞は今度こそ心臓を鷲掴みにされたかと思った。


 会話の内容からして、自分と母のことだってことはなんとなく分かる。


 他国の王と自分の母に直接の面識があったとは思えないが、この相手ならいろいろなことを知られていたとしても不思議がない気さえした。


「貴方が言うその娘は行方不明のままだ。母親とともにな」

『行方不明……ねぇ……。まあ、いい。あまり長く話している時間もないからな』


 どこか意味深に聞こえる呟きに、栞は身体を震わせる。


 もしかしたら、ここで震えている自分の状態すら、相手には伝わっているのかもしれない。


「話を逸らしたのは貴方の方だが……」

『性分だ。面白そうなネタがあればつつきたくなる。近々、このことで会合を開くことになると思うから、その時に色々と話を聞かせてもらうとするか』

「会合?」

『フレイミアムの中心国の座をいつまでも空位にしておけないだろう?』


 セントポーリア国王の疑問に対し、情報国家の国王は間を置かずに返答する。


『残りの中心国とフレイミアム内の国たちで意見交換して今後のことを決める。日時や場所は追って連絡するから、暫く予定は調整しやすいようにしておけよ。お前、最近、仕事しすぎだ。ついでに休んどけ』

「なるほど、分かった。お気遣いも、感謝する」

『おお。感謝したなら、新たに面白いネタあったらよこせよ。じゃあな』


 バツッという独特の音がして、水晶体からは何も聞こえなくなってしまったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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