お互いに大事な物
「ちょっと待て!!」
流石に、真央さんの口から出た「デート」という単語については聞き捨てならなかったらしい。
トルクスタンは、真央さんの肩を掴んだ。
「ちょっと待った結果がこれなんだけど?」
真央さんはトルクスタンの手を払いながらそう答えた。
トルクスタンよ、俺を睨むな。
どう見ても俺は巻き込まれているだけだろう?
いや、この場合は絡まれているのか。
真央さんは、俺の腕に絡みついたまま、もうしばらくは離してくれる気もないようだ。
だが、これぐらいは言わせてほしい。
「真央さん。俺としても、寝ている主人をそのままにして、この男を傍に置いておきたくはないのだが……」
「お前、時々、本当に失礼だよな!?」
事実だから仕方ない。
「大丈夫だよ。もし、高田に危険なことがあれば、この建物内の強力な結界の効果がトルクを襲うだけだから」
さらりと真央さんは答えた。
「何故、俺がシオリに対して何かする前提で話が進んでいくんだ? この建物の中で、阿呆なことができるかよ。設置した人間の性格の悪さが滲み出るような気配しかない。各国の城の結界が可愛く見えるぐらいだ」
トルクスタンからなかなか失礼なことを言われた気がするが、各国の結界のような生温いものではないことは確かだ。
尤も、設置者である俺と、主人、そして、九十九だけはその結界の攻撃的な部分が働かないように設定はしてある。
個人的には、九十九も除外したいところだったが、アレも一応、主人の護衛だ。
少しでも制限が働くことを意識して、動きが鈍っても困る。
だから、俺たちはそれぞれ「嘗血」する時に、主人を傷つけることができてしまったわけだが。
そして、それ以外にもこの建物に入る前に登録した人間以外は、王族であっても選り好みせずに跳ね返すようになっている。
入ろうとした力と同じだけの力で反発するのだ。
暴力的な手段で押し入ろうとすれば、その力がそのまま跳ね返るようになっている。
この結界はストレリチア城下にある「神殿」を参考にさせてもらっている。
必要時以外には誰も立ち寄ることが許されない、神々を祀る空間。
そして、この結界の設定は精霊族に対しても、有効だということはリヒトの協力を仰いで実験済みだった。
設定前に入ろうとゆっくり手を伸ばしてもゆっくりと跳ね除けられることを確認している。
だから、恐らくは、神官であっても、同じように効果が出るだろう。
尤も、機械国家カルセオラリアの王族であるトルクスタンは魔力こそ強くなくても、空属性……、結界などの空間に強い男である。
だが、俺の思いもよらぬ方法でこの結界を無効化したとしても、主人自身が王族クラスも吹っ飛ばす「魔気の護り」を持っている以上、隙はほとんどない。
「それに今の先輩なら、高田に何かあったらすぐに反応できるでしょう? 彼女の護衛だもんね?」
そんな意味深な言葉を俺に向ける。
どうやら、「嘗血」行為をしたことまで露見しているかは分からないが、何らかの状態は伝わっているらしい。
個人的にはどんな形で視えているのかが気になるところだ。
「そんなわけで、翻訳、頑張ってね、トルク」
笑いながら、俺の腕を引いて、扉に向かおうとする。
「いや、お前たち二人はどこに……」
「野暮だね、トルク。二人で仲良くお話し合いに行こうとする男女の行先をわざわざ聞き出そうなんて」
あまり煽るのは止めて欲しい。
この男は単純なのだから。
「マオ!!」
「私は本当に先輩に確認したいことがあるだけ。そして、それはトルクが今、持っている紙と同じ内容について。さらに言うなれば、これは、アリッサムに関わることだから、カルセオラリア王族のトルクスタン=スラフ=カルセオラリアの前では話せない」
俺の腕に絡みついたまま、さらに真央さんはそう突き放した。
「それなら、ユーヤにならば、話す理由を聞いても良いか?」
「先輩は、どう視ても、アリッサムとカルセオラリアの王族じゃないから。ついでに言うと、セントポーリアに属していても、セントポーリアの王族というわけでもないしね」
「つまり、ユーヤは王族じゃないから問題ないと言うことか?」
「王族じゃないから問題がないと言うよりも、この件に関しては先輩の知恵を借りたいと言うのが本音かな。でも、それはアリッサムの機密に触れることだから、他国の王族であるトルクの前では話せない」
当事者であるはずの俺の意見は完全に無視された状態で、話が進められていく。
まあ、別に問題はないのだが。
しかし、アリッサムの機密に触れる相談か。
恐らくは、報告書にあったアリッサム城についてのことだろうが、俺の頭でなんとかなるような話とは思えない。
それに、その話によっては、俺が持つ情報の対価で吊り合うかどうかも分からない。
「じゃあ、通信珠を持て」
そう言って、トルクスタンは観念したのか白い珠を渡す。
「分かった」
「何かあったら、それに向かって叫べ」
まあ、妥当な所だな。
「先輩はトルクじゃないから大丈夫だよ」
「失礼な。俺だって、マオやミオに手を出すつもりなんかない」
「そこはついでに高田のことにも触れて欲しいな。その逆にトルクが高田に手を出したら、分かるよね?」
「そこの腹黒に殺される」
……誰が腹黒だ?
俺は自分の黒さを腹の中に収めた覚えなどない。
「それだけじゃないよ。今、高田に手を出せば恐らく……」
真央さんは妖艶に微笑んだ。
それはまるで、水尾さんが攻撃的な魔法を使う時のような笑み。
「この島のモノたちに殺される」
真央さんの言葉で部屋に重苦しいほどの沈黙が支配した。
先ほどまで聞こえていた主人や精霊族たちの寝息すら全く聞こえなくなってしまうかのように。
いや、耳を澄ませば、継続的に聞こえているのだ。
だが、注意しなければ聞こえないほど微かにしか自分の耳に届かない。
「ま、マオ……?」
沈黙を破ったのはトルクスタンだった。
だが……。
「リヒトくんは、高田のことが大好きだし、その『綾歌族』の子も、リヒトくんが好きみたいだからね」
そんな当たり障りのないことを口にしながら、真央さんが微笑む。
「ああ、そういう……」
だが、トルクスタンは納得してしまう。
そこに含まれた言葉には気付かない。
この辺りは確かにまだまだ甘い。
後に続けられた台詞のために、先の言葉は自分を脅すために大袈裟な表現にしただけだとトルクスタンは捉えただろう。
だが、その前後のどちらにも、真央さんの言葉に嘘の気配は感じられなかった。
それが全てだ。
彼女自身は、ある程度現状を理解した上で、トルクスタンと俺にそのことを伝えたことになる。
あれだけの報告書で、真央さんは何を知り、何に気付いた?
勿論、主人の「祖神変化」や「聖歌」、「聖女の守護」のことについては、全く書いていない。
そして、精霊族たちのことについても、そこまで詳しくは書いていないのだ。
ただ、精霊族たちの所業によって主人が我を失う事態となり、その報復をしたとしかあれらの記録にはなかった。
トルクスタンや真央さんは、水尾さんほど主人に深入りしていないため、知らないことも伝えていないことも多いのだ。
だからこその報告書だったわけだが……。
「とりあえず、トルクはここで、九十九くんたちが残してくれた報告書を読みながら、高田やリヒトくんたちの現状を見守ってくれる?」
真央さんは微笑む。
「ユーヤは、それで良いのか?」
それは、自分に対して大事な主人を預けて良いのかという確認だろう。
「ああ、主人たちを看ていてくれ」
俺がそう答えると、一瞬だけ目を見張り……。
「分かった。トルクスタン=スラフ=カルセオラリアの名において、お前の大事な主人とその友人たちを護ると誓おう」
そう力強く宣言したのだった。
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