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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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王族の威光

「トルク。黙りなさい。そして、先輩を下ろして」

「マオ……。だが……」


 俺の胸倉を掴んで持ち上げた状態で、トルクスタンは真央さんに顔を向けた。


「まずは黙って報告書に目を通す。それでも文句があれば、先輩に言う。既に起きてしまったことをグダグダ言っても時間の無駄だよ」


 水尾さんとは違う種類の王族の威光がそこにあった。


 声を張り上げるでもなく、淡々と感情のない言葉。

 だが、そこに逆らえない確かな威圧も感じる。


「答えろ、ユーヤ。ミオがここにいないのは、そのためか……?」


 そして、ここに王族の威光はもう一つ。


 普段の軽い口調や態度からは想像もできないほどの鋭い琥珀色の眼光が、俺を射抜いている。


「まずは読め。物事には順序というものがある」

「今すぐ言えないのか?」


 さらに掴まれた部分に力が込められた。


「少なくとも、胸倉を掴まれた状態は普通に会話することも儘ならん」


 掴んで持ち上げられたのが胸元であり、襟元ではないため、首は締まってはいないが、足が浮いた状態では落ち着かないし、話すどころではないだろう。


 トルクスタンにあったのは殺意でも、害意でもなく、頭に血が上って咄嗟に引き上げただけだと言うことも分かっている。


 だから、俺の「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」も発生しない。

 それに、これぐらいのことはされるとも予測していた。


 どちらかと言えば、話を聞く姿勢をとる分、甘いぐらいだ。


 俺たちなら、問答する余地もなく吹っ飛ばしている。


 ただ一点。

 主人を怖がらせただろうという部分だけで。


「すまん」


 そう言って、トルクスタンは俺を降ろし、胸元の手を離した。


「お前が謝るな。謝らねばならないのは俺たちの方だ」


 俺は少しだけ乱れた衣服を整える。


「大切な妹君と幼馴染を危険に晒してすまない」


 そう頭を下げた。


「ゆ、ユーヤ!?」


 何故か驚かれる。


 俺は割と頭を下げる立場にあるのだが、言われてみれば、トルクスタン(この男)にはあまり下げた覚えがなかった。


 頭を下げたところで、自分の懐が痛むわけでもないし、主人が傷つけられることもない。

 寧ろ、下げるだけなら無料(ただ)なのだ。


 そこで誰も得にならないような意地を張る理由などない。


「ああ、先輩。良いから、そういうの」


 そんなトルクスタンとは対極にあっさりした反応の真央さん。


 手をひらひらとさせながらそう口にした。


「ここに残ると決めたのもミオでしょう? それに、これって、先輩のせいじゃないと思うよ。相手が悪すぎたみたいだね」


 紙の束をパラパラと捲りながら表情を崩さずにそう続ける。


「ど、どういうことだ?」

「トルクはシルヴァーレン大陸言語を頑張って翻訳しなさい。私と同じようにその紙に全てが書いてあるから。勿論、先輩も教えないでください。トルクの勉強にならないから」


 そう言って、トルクが机上に散らかしている紙を指差す。


 まるで、主人に対する弟のようなことを言いながら。


「ま、マオ~?」

「なかなか手厳しい」

「王族なのにトルクは甘え過ぎだから、少しぐらいは厳しくしないとね」


 甘えることが許されなかった魔法国家の第二王女は笑顔でそう口にする。


 同じ日に数分差で生まれた順番によって決められた姉と妹。


 だが、そこに明確な差があったと、比較的自由が許されていた第三王女である水尾さんは口にしたことがある。


 第一王女ほどではないが、10歳という節目の年代までに、王族の教養を詰め込まれた第二王女は、同じように王族の教養を適度に学んでいた第三王女よりも目に見えて厳しく躾けられたとも聞いている。


 第一王女に何か遭った時のための保険(スペア)


 そんな彼女だから、トルクスタンの多少甘えた言動に腹立たしさを覚えても仕方がないのかもしれない。


 真央さんの読む速度は九十九と変わらない。

 自国の言語はない文字であることを差し引けば、かなり速いものだと言えるだろう。


「意外と先輩も癖のある字なんだね」


 九十九の報告書を読み終わり、俺の報告書に目を通し始める。


 人に見せることが前提の記録ではあるが、それでも、なかなか身に付いた癖というのは簡単に抜けるものではない。


「まあ、味があって私は好きだけど」

「好きだと!?」


 何故かトルクスタンが妙な解釈をした。


「文字の話だよ?」

「文字? ああ、ツクモの文字は面白いな」


 記録書を翻訳しながら読んでいるために頭が混乱しているらしい。


「まあ、私はミオと違って先輩自身のことも好きだけどね」

「それは光栄だね」

「なんだと!?」


 どこまで本気か分からないような言葉だが、トルクスタンは本気と受け取ったようだ。


「意外? 先輩はこんなに良い男なんだよ? 女心を揺らされてもおかしくないでしょう?」

「だ、だが、ユーヤは……、年上好みだぞ?」


 別に俺は困ることではないが、さらりと他人の好みという繊細な情報を異性に提供するのは感心しない。


 どちらに対しても失礼な行為だ。


 お前など、低身長な幼児体型が好きだと言っていたではないか。


 まあ、真央さんの言葉に格別な反論も思い浮かばなかったと前向きに受け取らせていただくが。


「あら、意外。先輩は可愛らしい年下がタイプだと思っていた」


 何故か不思議そうな顔をされる。


「勿論、そんな女性も嫌いではないよ。この世界には魅力的な女性が多いから本当に男は困るね」


 それぞれが個性的な魅力を放つ女性ばかりだから、男側もそれに見合うようにもっと努力するしかないのだ。


「先輩は本当に手強いな~」

「事実だからね」


 そのために、限りなく嘘に近い言葉を気遣って吐く必要がない。


「私としては、これらの記録の詳細について確認したいところなんだけど……」


 そう言いながら、真央さんはトルクスタンを見る。


「トルクが読み終わらないと、詳細を聞けないんだよね?」


 そして、不敵に笑った。


「これをスカルウォーク大陸言語に訳してくれても構わんぞ?」

「甘えるな」


 トルクスタンが情けない顔で真央さんに懇願したが、笑顔で一蹴されてしまう。


 尤も、トルクスタンは日頃から文字に慣れ親しんでいないために、スカルウォーク大陸言語に訳したところで、主人以上に早く読めるとも思えない。


「まあ、シルヴァーレン大陸言語なだけ……、マシか……」


 ようやく観念して、文字に向き合う気になったようだ。


 だが……。


「うううううっ」


 煩い。

 黙っていられないらしい。


「『spirito』……ってなんだ?」


 まるで独り言のような問いかけ。


「『精霊』だな。スカルウォーク大陸言語なら『Geist』だ」


 だが、シルヴァーレン大陸にいた時も、あまり日常的に使う言葉ではなかっただろう。


「このよく出てくる『sacerdote』ってなんだ?」


 さらに、紙を数枚捲って、先読みをした。


 この男、まさか俺を翻訳辞典にする気か?


 因みに答えは「聖職者」……、「神官」のことだ。

 スカルウォーク大陸言語なら、「Geistliche」が適切か?


 これは、シルヴァーレン大陸もスカルウォーク大陸でもそこまでよく使われる言葉ではない。


 よく使うのは法力国家ストレリチアのあるグランフィルト大陸ぐらいだろう。

 「大聖堂」があるためか、「神官」、「聖職者」を表す単語が多い。


「それが駄目なら、この『castello』というのは……」

「トルク? そろそろ、先輩に迷惑をかけるのを止めないかな?」


 暫く見守っていた真央さんが流石に口を挟んだ。


「それに、そのペースではいつまで経っても進まない。私は先輩に確認したいことがいっぱいあるのに」

「お前が意地悪なことを言うからじゃないか」

「意地悪? 貴方に勉強の場を与えることを意地悪? へ~?」


 暑いはずの部屋の空気が急速に冷え込んでいく。


「ま、マオ?」


 流石に空気をあまり読まないトルクスタンの顔も蒼褪めている。


「先輩!!」


 さらに、そんな諍いに俺を巻き込まないで欲しいのだが……。


「ちょっと私に付き合っていただけませんか?」


 そんな誘いを受ければ断り理由はなかった。


「御用命、承りました。マオリア王女殿下」


 俺がわざとらしい言葉とともに一礼すると、真央さんは少しだけ複雑な顔をする。


「お、俺は?」

「トルクはここで、それを唸りながらも翻訳しなさい。その際に、そこで寝ている高田やリヒト、あの綾歌族を起こさないように」

「お前は?」

「先輩とデートしてくる」


 そう言いながら、何故か、そのまま俺の腕に絡んできたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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