主人の眠っている間に
「ミオがツクモと出かけただと!?」
九十九たちが出かけて、数刻経った頃、トルクスタンと真央さんがこの島に戻った。
一週間と経っていないために、思ったよりは早い戻りではあるのだが、彼らがいない間に起こった出来事が多すぎて、かなり長い期間の不在だったような感覚だ。
「お前たちがいない間にいろいろあってな。その調査を頼んでいる」
「ツクモだけでは駄目だったのか?」
「難しいだろうな」
元アリッサム城の調査だ。
九十九だけでは心もとないし、水尾さん自身が納得しなかったことだろう。
そして、もう一人。
そこに向かう権利を持つ人間がいる。
「私は九十九くんがミオと別の場所に向かったことより、彼が高田を置いて行ったことの方が気になるんだけど……」
そう言いながら、眠っている主人の黒髪を撫でていた。
「それもそうだな。シオリの傍にツクモがいないのは、なんだか酷く久しぶりの気がする」
トルクスタンも同じように近付いて、主人を覗き込もうとするので、その襟を掴んで引き止める。
「トルクはあまり見るな」
「俺もマオのようにシオリの寝顔を見たいだけなんだが?」
「その発言は変質者も同然だ」
そんな言葉を罪悪感も無しに口にしている辺り、タチが悪い。
「お前、友人相手にその口の悪さはなんとかならないのか?」
俺の手を振り払いながら、トルクスタンはそんな今更なことを言う。
「いや、今のは誰が見たってトルクが悪いよ。眠っている未婚女性の顔を覗こうとするなんて趣味も悪いし、何より高田に失礼だ」
真央さんも呆れたようにそう言う。
「ユーヤが許されているのに?」
「先輩は護衛でしょう? その上で、適切な距離でちゃんと見守っているからトルクとは全然違うじゃない。まあ、その距離でもたまに聞こえる可愛い寝息と少しだけ甘い寝言ぐらいはこの主人からもらえるでしょうけど」
少しだけ楽しそう笑いながらこちらに顔を向ける魔法国家の王女殿下。
「その通りです、マオリア王女殿下」
俺がそう返答するとにこやかな笑みの中にも少しだけ不満な感情が見える。
だが、一切の嘘はない。
「それ以外に気になるのは、この建物の異常な暑さかな?」
話題を変えるかのように周囲を見回しながら、真央さんはそう口にする。
「確かに暑いな」
トルクスタンが汗を拭った。
それに反して、真央さんはそこまで汗をかいていないようだ。
これは体内魔気による環境適応能力の違いだろう。
意識的に魔法は使えなくても、無意識に自分を護っているようだ。
「それで、そちらの方はどんな話に落ち着いた?」
「抑制石はさっぱり効果なし。まあ、それは分かっていたから別に構わないのだけど」
主人の髪を弄ぶにも飽きたのか、真央さんは対面に座りながらそう答える。
「でも、それ以外の魔石はやっぱりカルセオラリアでは手に入りそうもないかな」
彼女からすれば、一番、話題にしたいのはその話だろう。
それがあったから、トルクスタンを連れてカルセオラリア城へ向かったのだから。
だが、俺が確認したいのはそっちの話の方ではない。
「マオ……。お前はやっぱり、魔石目当てで国に行きたかったのか」
そして、トルクスタンは真央さんの右隣に座った。
「当然でしょう?」
悪びれる様子もなく真央さんは返答する。
「スカルウォーク大陸で上質な魔石を期待する方がおかしい。魔石の最先端はフレイミアム大陸だ」
天然の魔石に拘るのなら、次いで、シルヴァーレン大陸が上質な魔石の産地となる。
勿論、各大陸でしか産出されない魔石もあるので、望む効果のあるものが必ず手に入るとは限らないのだが。
「スカルウォーク大陸には鉱物国家と呼ばれるエラティオールがあるから期待するじゃないか」
「エラティオールの『鉱物』は原産ではなく、産出技術の話だ。その技術者を各国に派遣することで、『鉱物国家』と言われるようになっている」
「それは分かっているのだけど~~~~っ」
そう言いながら、両拳を握って突っ伏した。
彼女の諦めきれない思いは分からなくはない。
ずっと無理だと思っていたことができるようになる可能性が生まれたのだ。
それは暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように見えたことだろう。
「やはり、私はこの島で過ごす方が……」
「それは駄目だと言っただろ?」
そんな決意をする真央さんの言葉にトルクスタンが慌てたように反応した。
完全に手玉にとられているぞ、20歳。
明らかに揶揄われていることがよく分かる。
先ほどの俺の反応の悪さを、幼馴染で補いたいようだ。
もしくは、意外と構われたい願望が強いだけか?
いずれにしても、トルクスタンのこの様子では、カルセオラリアの行く末が本気で心配になってくる。
尤も、この双子と薬のことが絡まなければ、トルクスタンは王族としてもそこまで悪い人間ではない。
王位というものに対して抵抗はあるものの、国のために自分が何をすべきかちゃんと理解をしている。
以前、主人に求婚をしたことについても、気に入ったこともあったのだろうが、あの時点で自国に不利益にならないように計算もされていた。
それはともかくとして……。
「仲睦まじいのは結構なことだが、報告の方はもう終わりか?」
普段なら目の前で仲良くされるのは構わないが、今は報告こそ聞きたいのだ。
そして、それには主人が意識を落としている今が一番良い。
「おや、先輩。珍しく余裕がない?」
「情報は鮮度が命だからね」
今回の出来事で余裕など疾うにない。
これまで積み上げてきたものを吹っ飛ばすほどの衝撃が続いたのだ。
今は一刻も早く次の行動に出たかった。
「情報国家のようなことを言うなよ。たかが数分、ずれたぐらいで何が変わると言うんだ?」
「その数分で戦況が変わることもある」
そのたかが数分で、何かが少しずれただけで奪われるものも、救われるものもある。
「戦況って……。お前は何と戦っているんだ?」
「時間……だな」
「ふ~ん」
そう言いながら、真央さんが俺をじっと見つめた。
それは品定めのようであり、射貫くようでもあった。
「それは、今、ミオがいないことと関係がある?」
「ゼロではないと言っておこうか」
九十九と水尾さんが出掛けてから、既に数刻は経過している。
強化された状態のヤツが使っている上空への「飛翔魔法」が、人一人抱えた状態でどれほどの速度なのかは分からないが、少なくとも、既に目的地には辿り着いているはずだ。
その建物が既に無くなっていれば戻ってくるだろうし、残ったままならそれぞれ行動していることだろう。
「トルク。とっとと済まそう」
真央さんの表情と雰囲気が変わった。
「どういうことだ?」
「多分、ミオは厄介ごとに巻き込まれている」
驚いた。
顔に出したつもりはない。
だが、俺の中の何かで見抜いたのか。
「どういうことだ!?」
先ほどより強い口調で俺にトルクスタンが詰め寄った。
「落ち着け。お前たちの報告が先だ」
「お前っ!!」
「言っておくが、こちらは巻き込まれた側だ。この島でのことも、そして、ミオルカ王女殿下が今、いる場所の方も」
そう言いながら、俺は紙の束を見せつけるように出す。
「ここ数日。お前たちがいなくなったあとの出来事を記した記録書だ。俺視点、九十九視点、ミオルカ王女殿下視点の三種類ある」
「……三種類の割に量が多くないか?」
あまり文字と親しみの無いトルクスタンは目に見えて疲れた顔をする。
「ミオが記録するって珍しいね。あの子、読む専門なのに」
確かに記録慣れはしていないようだった。
「それだけいろいろ整理をしたかったそうだ」
「整理……?」
「ユーヤ。先にそちらを見せろ」
「断る」
トルクスタンが無遠慮に手を伸ばすので、俺は報告書を収納する。
「ま、当然だね」
真央さんが肩を竦める。
「し、しかし……」
「同じ立場なら私でもそう言う」
尚も食い下がろうとするトルクスタンの言葉を一言で止めた。
「先輩が聞きたいのは、トルクの方の戦果……、じゃない、成果だよ。だから、貴方が話しなさい」
「俺はお前たちほど説明向きではないのだが……」
「私も説明向きではないし、直に聞いていない私が話した所でこの先輩が納得してくれると思う?」
「思えない」
わざわざ、「思わない」ではなく、「思えない」と口にする辺り、トルクスタンもよく分かっている。
俺は又聞きの情報よりは、当事者からの言葉を好む。
尤も、又聞きは又聞きで面白いものが含まれたりするが、今回は余計な感情を入れて欲しくはない。
「案ずるには及ばない」
そして……。
「お前が話せば、これらは全て渡す」
俺は嘘を吐く気もないのだ。
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