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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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一度きりの想い

 オレは正直、混乱してしまったのだ。


 栞の方から腕に触れられて舞い上がっていたところへの水尾さんからの爆弾発言が投下された。


 だから、うっかり変な反応をしてしまったことは認めよう。


「ああ、わたしの初恋の人が父親に似てるかもって話ですか?」

「は?」


 突然、栞の口から飛び出したその言葉に……、オレは理解が遅れてしまった。


 ハツコイノヒト?


 その言葉が頭にうまく入ってこない。


 まるで、自分の中の言語中枢能力が消失してしまったかのように、オレの脳はその言葉の意味を理解することを怠った。


「九十九のその反応は何?」


 そんなオレに対して、栞が訝し気な顔をする。


 その漂ってくる気配が少しだけ不穏な空気を孕んでいる気がした。


「いや、お前……、初恋なんてしてたのか?」


 だが、それに対してこれはないと自分でも思う。


 栞は小柄な上、童顔だから、多少、幼く見えるが、それでも実年齢は18歳の女なのだ。


 しかも、感受性も豊かで、自分以外の人間の良さを素直に認め、それを受け入れる能力はかなり高い。


 だから、そんな彼女が、誰かを好きになることがあってもおかしくはないのだ。


 それでも、オレの思考がそれを認めたがらなかった。

 これは、ただそれだけの話だ。


「なんですと?」


 栞も聞き捨てならなかったのだろう。

 オレにジトリとした目を向ける。


 纏う空気が少しずつひんやりとした冷気を帯びていく気がした。


「わたしにだって、人並みに初恋の一回や二回ぐらいあるよ」

「いや、初恋は一度きりだろう」


 思わず、そう突っ込んでしまった。


 でも、この状況でこの反応もない。


 そこじゃない。

 栞が言いたかったのはそういうことじゃないのも分かっている。


 それでも、どこかで栞の言葉をなんとか否定しようと懸命になっている自分がいるのだ。

 このまま、この話を続けたら、もっと決定的な言葉を栞の口から聞かされてしまう気がして。


「九十九はなかなか酷いやつだな」

「はい?」


 栞ではなく、水尾さんからも呆れたような顔をされる。


 確かにその通りかもしれない。

 だけど、それだけオレが混乱していたし、今もまだ困惑しているのだ。


 恐らくは過去の話だとは思っている。

 今現在、栞にそんな気配は全く感じられないのだから。


 でも、水尾さんがその相手のことを知っている程度には近い過去の話だということも分かってしまった。


 水尾さんは栞と中学校の部活動を通して出会ったと聞いている。


 つまり、栞の初恋の対象者は、中学生以後、水尾さんが知っている人間に限られる。

 そうなると、中学校の同級生など、オレが知らない相手である可能性がかなり高い。


 そのことがかなりもどかしく思えてしまう。

 もしかしたら、今でも心のどこかにその感情が残っていないとも限らないのだ。


「高田だって、人を好きになることはあるよ」

「あるかもしれませんけど……」


 それでも、現在進行形で惚れている相手の過去とはいえ、恋愛歴をいきなり心構えもなく聞かされたこちらの身にもなって欲しい。


 だから、いろいろと否定したいだけなのだ。


「九十九、アウト」

「え?」


 オレは何故か、野球の審判のように手を上げた水尾さんからアウト宣告されてしまった。


 兄貴も昔、これをよくやっていたな。

 これって、野球、ソフト経験者にあるクセのようなものだろうか?


「この一連の流れは、いくら何でも、高田に失礼すぎる。護衛をクビにされてもおかしくないぐらいの言葉だ。私なら、トリプルプレーで即チェンジにするな」

「ええっ!?」


 そこまでのことなのか?

 そう思ったオレは、驚きのあまり栞を見てしまった。


 栞は唇を突き出して少し考え込んでいたようだが……。


「水尾先輩、九十九が女心を(かい)さない、残念男子ってことは百も承知だからわたしは大丈夫ですよ」


 そんな結論を口にする。


「ぐっ!!」


 栞に悪気はないだろうけど、その言葉は奥深くに突き刺さった。


 分かっているんだよ、今の自分が残念なことは。

 先ほどまでの流れだって、あまりよくはないことだって理解はしている。


 栞にだって感情があるのだ。


 初恋だってしていてもおかしくはないのに、オレが認めたくなかったから、ガキのような憎まれ口や、関係のない部分で突っ込んでしまった。


 だけど、オレはどこかで、栞は異性を特別視していないところがあるともずっと感じていたのだ。


 それなのに、いきなり、こんな普通の女のような部分を見せられたら、こうなるのは当たり前だろ?


「高田も結構、酷いよな」

「へ?」


 流石に見かねたのか、水尾さんが助け舟を出してくれた。


 でも、これは仕方のない話でもある。

 栞は、オレの気持ちを知らない。


 だから、今のオレの胸中にある複雑怪奇な気持ちを理解できるはずがないのだ。


 恐らく、想像もしていないだろう。


 過去の、自分の知らない時期にまでくだらん嫉妬心を(いだ)きかけてしまったオレのこの胸の内を。


「まあ、高田の初恋の相手が、父親に似ているのは間違いないと思うよ」

「そうですか?」


 水尾さんの意見と栞の意見は違うらしい。

 そのどちらが正しいのかなんて、栞の初恋相手のことを知らないオレには分からない。


 でも、できれば、水尾さんの言う通り、栞の父親に似ていて欲しいとも思う。

 あの方に似ているのなら、絶対に悪い人間ではないだろうから。


「そして、こんな微妙な空気の中で言うのもどうかと自分でも思うのだけど……」


 水尾さんは気まずそうな顔をしてこう言った。


「先ほどの強化。私に対してもできそう?」


 まあ、そうなるよな。

 水尾さんは、魔法に対する好奇心が抑えられない国の人間だ。


 そんな人間があの栞による強化の効果がどれほどのものかを体感したくなってもおかしくはない。


「多分、できると思いますよ」


 栞は特に気にせずそう答える。


 その言葉に何故か、水尾さんは目を見張った。


「じゃあ、やってくれ!」

「その前に……」


 栞は水尾さんの手を掴む。


「その体内魔気の状態をなんとかした方が良いんじゃないんですか?」

「そ、そりゃ、そうだけど……」


 水尾さんが戸惑ったような声を出す。


「まさか、なんとかできそうなのか?」


 今の栞の言葉はそういうことではないだろうか?


「えっと、わたしが、『ゆめの郷(トラオメルベ)』のお風呂の水で変な状態になった時があったでしょ?」

「お、おお」


 恐らく、女だけが「催淫状態」になってしまう水のことだろう。

 あの「ゆめの郷」の全ての水に含まれていた薬。


 栞は薬効耐性があるため、その効き目は薄かったのだが、それでも様子が変化したことを覚えている。


 あの時の栞はかなり熱っぽくて苦しそうだった。


「その時に九十九が言ってくれたじゃない。『解毒』ができるか? ……って。身体に薬効成分が残っているから、熱が下がらないんだって」

「言ったか?」

「言ったよ」


 オレの言葉に栞が笑った。


 あの時は、栞が自分で「解熱」と「解毒」をしたことは覚えているが、オレがそんなことを言ったかはあまり覚えていない。


 報告書には残しているかもしれないので、後で確認しておこう。


「今の水尾先輩ってその時のわたしの状態に似ている気がするんだよね。体内に変なものが残っているから、体内魔気が上手く流れていない感じ」


 その感覚に誤りはないが……。


「『魔封石(ディエカルド)』の効果は薬や毒とは違うぞ」


 液体や気体、個体として体内に直接吸収、摂取された薬と、魔石は違うだろう。


 そして、「魔封石(ディエカルド)」と呼ばれる魔石の効果が、「解毒魔法」で薄れるなら、苦労はない。


 「解毒魔法」、「中和魔法」はオレでも使うことができるが、それは、身体に入り込んだ薬効や毒素に対して効果が出るものだ。


 魔石に対する効果ではない。

 だからこそ、ほとんどが自然回復を待つしかないと言われているのだ。


「それは分かってるよ。なんとなく、わたしの感覚的な話だから」

「私としては、治せるなら、先に治して欲しいけど、それが、可能なのか?」

「やってみますね」


 そう言って、栞は水尾さんの手をもう一度とって、目を閉じる。


「あ~、右腰に凄く邪魔な塊がありますね」

「は?」


 栞の言葉にオレは間抜けな声を出し……。


「右腰……? ああ、確かにこの辺が一番、気持ちが悪いな」


 と、水尾さんは自分の右の腸骨……骨盤と呼ばれる辺りを撫でながら答えた。


 細身の水尾さんだが、そこの部分はしっかり女性的だった。


 だが、その撫でる動きを男のオレがじっと見ているのは失礼な気がして、少しだけ視線を外す。


 実は、栞だけじゃなくて、オレの周囲にいる女たちは、オレの性別を完全に忘れてねえか?


 なんとなく、そんな気がしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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